第16講 メンタルヘルス不調者への対応|休職命令、復職判断、安全配慮義務
第16講
メンタルヘルス不調者への対応|休職命令、復職判断、安全配慮義務

メンタルヘルス不調者対応で使用者側が最も避けるべきなのは、問題を「本人の気分」や「勤務態度」の話としてだけ処理してしまうことです。法的にも実務的にも、この領域は単なる人事管理ではなく、安全配慮義務、健康情報の取扱い、休職制度運用、復職判断、職場復帰後の再発防止までを含む総合対応になります。労働契約法5条は、使用者に対し、労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をする義務を定めています。
まず、使用者側の出発点は、不調の兆候を人事上の評価問題と切り分けて把握することです。遅刻、欠勤、業務ミス、反応の鈍さ、感情の不安定さ、対人トラブルの増加などは、能力不足や規律違反として見えることがありますが、背景にメンタルヘルス不調がある場合があります。厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、事業者に対し、相談体制の整備や、管理監督者・産業保健スタッフ等による相談対応を求めています。
この段階で重要なのは、直ちに懲戒や退職勧奨に向かわないことです。会社としては業務支障が強く意識されるため、つい処分方向に傾きがちですが、体調不良が疑われる段階では、まず面談、就業状況の確認、受診勧奨、産業医面談の要否判断など、健康配慮のルートを優先すべき場面があります。厚生労働省の職場復帰支援の手引きは、休業から職場復帰までの支援を事前にプログラム化し、組織的・計画的に行うことを求めています。
次に問題となるのが、休職命令をどう位置づけるかです。私傷病休職制度は法律上当然に存在する制度ではなく、通常は就業規則や休職規程で定めて運用されます。そのため、使用者側としては、まず自社の就業規則に休職事由、命令手続、休職期間、復職基準、自然退職又は退職扱いの規律がどこまで整っているかを確認する必要があります。厚生労働省の職場復帰支援パンフレットでも、各事業場が実態に合った職場復帰支援プログラムや就業規則の整備を行うことが重要とされています。
休職命令の実務では、働けない状態なのか、どの程度の就業制限が必要なのかを見極める必要があります。ここで会社がやりがちなのは、主治医の診断書だけで即断するか、逆に診断書を軽視して現場感覚だけで判断するかの両極です。しかし、厚生労働省の資料は、休業開始や復職判断に際して主治医の診断書が考慮情報になる一方、事業者側では職場の実情や規程も踏まえて判断すべきこと、可能であれば主治医にも勤務先の規程やルールを確認してもらうことが望ましいとしています。つまり、主治医意見は重要ですが、それだけで会社の最終判断が機械的に決まるわけではありません。
この点で、主治医意見と産業医意見の使い分けが実務上重要です。主治医は治療の専門家であり、患者本人の症状改善や日常生活能力を中心に判断する傾向があります。他方、産業医は職場環境、業務内容、勤務負荷、配慮可能性を踏まえて就業適否を見る立場にあります。厚生労働省の職場復帰支援の手引きは、職場復帰支援において、労働者、管理監督者、事業場内産業保健スタッフ、主治医等が十分連携することの重要性を示しています。使用者側としては、「診断書に復職可と書いてあるから即復職」でも、「会社が不安だから認めない」でもなく、業務内容との対応関係を詰めることが必要です。
復職場面では、厚生労働省の手引きが示す5つのステップの発想が実務上参考になります。すなわち、病気休業開始・継続中のケア、主治医による職場復帰可能の判断、職場復帰の可否判断と職場復帰支援プランの作成、最終的な職場復帰決定、職場復帰後のフォローアップという流れです。厚生労働省は、復職を一回の判断で終わらせるのではなく、復職後のフォローアップまで含めたプロセスとして示しています。
したがって、会社としては、復職可否をゼロか百かで決めないことが重要です。いきなりフルタイム・通常業務に戻すのではなく、短時間勤務、軽減業務、残業禁止、対人負荷の少ない配置、定期面談など、段階的復帰の設計が必要になることがあります。厚生労働省の手引きや関連パンフレットは、職場復帰支援プランの作成や、復職後の業務上の配慮、管理監督者・同僚への理解促進を重視しています。
また、使用者側がしばしば見落とすのが、復職判断の記録化です。後で紛争になると、会社がどの資料を見て、何を理由に、どのような条件で復職を認めたか、又は認めなかったかが問われます。したがって、提出診断書、産業医意見書、面談記録、業務内容の整理表、配慮案、最終判断メモを残しておくべきです。厚生労働省の手引きも、職場復帰支援を組織的・計画的に行い、規程や体制を整備し、教育等により周知する必要性を示しています。これは裏返せば、属人的・口頭ベースの運用では足りないということです。
さらに、復職後は再発防止と継続観察が必要です。形式的に復職させて終わりにすると、業務負荷の再増大や人間関係ストレスで再燃する危険があります。厚生労働省の資料は、復職後のフォローアップ、職場環境の改善、支援する管理監督者や同僚のストレス軽減まで含めた対応を求めています。使用者側としては、復職後しばらくは定期面談、業務量確認、残業管理、産業医フォローを組み合わせていくのが安全です。
要するに、メンタルヘルス不調者対応では、会社が問われるのは「辞めさせるかどうか」ではなく、不調の把握、受診・相談への接続、休職制度の適正運用、主治医・産業医との連携、復職判断の具体化、復職後フォローをどこまで丁寧に行ったかです。安全配慮義務の観点からも、休職命令や復職判断は人事裁量だけで雑に処理できる領域ではありません。使用者側労働法務としては、問題社員対応の延長で考えるのではなく、健康配慮義務を中心に据えて制度運用を組み立てるべきです。