第6講  消費貸借契約|貸した金を返せという事件で本当に必要な主張は何か

第6講
消費貸借契約|貸した金を返せという事件で本当に必要な主張は何か

金銭消費貸借の事件は、依頼者の感覚では「お金を貸したのに返してくれない」という一言で済みそうに見えます。しかし、訴訟実務では、そこで直ちに勝負が決まるわけではありません。消費貸借は、単に金銭の移動があったというだけでなく、返還を予定した交付だったのかが問われる契約です。民法587条が、返還約束と目的物の受領によって契約が効力を生ずると定めている以上、通常の貸金返還請求では、原告である貸主側は、少なくとも返す約束のある交付だったことを押さえなければなりません。ここが曖昧だと、「贈与だったのではないか」「出資だったのではないか」「立替払いや預り金にすぎないのではないか」という反論にさらされやすくなります。

要件事実的にみると、通常の金銭消費貸借で原告側がまず立てるべきなのは、誰が誰に、いつ、いくらを、返還の約束のもとで交付したのかという骨格です。借用書があれば分かりやすいのですが、実務では、親族間、知人間、取引先間の貸し借りほど書面が曖昧になりやすく、振込履歴だけが残っているという事案も少なくありません。しかし、振込みがあったという事実だけでは、直ちに「貸付け」とは言い切れません。メール、LINE、メッセージ、送金前後のやり取り、返済約束の表現、分割返済の合意、利息や期限に関する会話などを積み重ねて、その送金が返還義務を伴うものだったことを具体化する必要があります。これは、587条が単なる金銭交付ではなく、「同種同量の返還を約した受領」を消費貸借の本体としていることからも導かれます。

ここで実務上とても重要なのが、実際の交付が必要な場面と、書面合意だけで足りる場面を切り分けることです。法務省の説明資料によれば、改正民法は、原則として587条の要物的な構造を維持しつつ、書面でする消費貸借については合意だけで成立を認めました。そして、その内容を記録した電磁的記録も書面と同様に扱われます。したがって、通常の口頭貸付けでは、やはり現実の交付が中核的事実になりますが、契約書や電子契約、少なくとも法的に評価できる書面・電磁的記録がある場面では、貸主側は「まだ交付していない段階であっても契約は成立している」という構成を採り得ます。もっとも、同資料は、書面による消費貸借の借主には、目的物を受け取る前なら解除権があるとも整理していますから、書面があるだけで常に貸主側が安泰というわけでもありません。

貸金返還請求で次に問題になるのは、いつ返さなければならないのかです。返還時期が契約で明確に定められていれば、その期限到来を主張すれば足ります。しかし、友人間・親族間の貸付けでは、「落ち着いたら返して」「そのうち返す」といった曖昧な合意しかないことが珍しくありません。この点、民法591条は、返還時期を定めなかったときは、貸主は相当の期間を定めて返還を催告することができると定めています。つまり、期限の定めがない貸金では、貸主側は「貸した事実」だけで直ちに勝てるわけではなく、相当期間を付した返還請求をしたことを押さえる必要がある、というのが条文の建て付けです。内容証明郵便、メール、LINE、SMS、録音等の形で、いつ、どのような返還催告をしたのかが、実務上かなり重要になります。

これに対して借主側は、さまざまな抗弁を出してきます。最も典型的なのは、もちろん弁済済みです。現金で返した、別口座に振り込んだ、別件債権と相殺した、第三者への支払で清算済みだ、という形です。また、前段で触れたように、そもそも貸金ではなく贈与、出資、共同事業への拠出、預り金、立替金だったという争いも頻出します。要件事実的な視点に立つと、貸主側にとって本当に重要なのは、「金を渡したこと」それ自体よりも、返還を予定した法律関係として渡したことを崩されないようにすることです。貸付けの趣旨が不明確なままだと、金銭移動の事実があっても、事件全体の骨格が弱くなります。これは587条の構造からみても自然な帰結です。

さらに、貸金返還請求では、既存債務が本当に「貸金」に切り替わっているのかも争点になります。民法588条の準消費貸借は、すでに金銭その他の給付義務を負っている者がいる場合に、当事者がその債務を消費貸借の目的とすることを約したときに成立するものです。たとえば、もともとは売買代金、工事代金、立替金、未払精算金だったものを、後になって「借入金」という整理に変える場面がこれに当たります。実務では、原告が「貸した」と思っていても、法的には準消費貸借として組み立てる方が正確なことがあり、この発生原因の切替えを意識しているかどうかで主張の精度がかなり変わります。

また、利息を請求する場面では、元本返還とは別に注意が必要です。法務省の通達資料では、改正民法により、貸主は特約がなければ利息を請求できないことが明文化されたと整理されています。したがって、貸主側が元本だけでなく利息も請求するのであれば、単に「普通は利息を取るはずだ」という感覚では足りず、利息の合意があったことを主張立証する必要があります。金銭消費貸借事件では、元本返還請求自体は認められても、利息部分だけは合意立証不足で崩れる、ということが十分あり得ます。

反対に、借主側からみると、返還時期の定めがある場合でも、民法591条2項・3項の整理上、借主はいつでも返還することができ、貸主に損害が生じたときだけ損害賠償が問題になります。法務省の説明資料も、期限前弁済は原則として認められ、その結果貸主に損害が出た場合に限って限定的に損害賠償があり得ると説明しています。したがって、返済を受けた事実があるのに、貸主側が「期限前だから無効だ」と単純に言うことはできません。貸金事件では、支払の法律上の意味づけも、条文に即して整理し直す必要があります。

結局のところ、貸金返還請求で本当に必要なのは、「お金が動いた」という一事ではありません。返還約束のある交付だったこと、返還時期が来ていること、返還されていないことを、証拠に即してきちんと積み上げることが必要です。逆に被告側は、弁済、相殺、贈与・出資・預り金性、期限未到来、準消費貸借への切替えの有無といった論点で争ってきます。消費貸借は典型契約の中では一見単純に見えますが、実務では、交付の意味づけと返還時期の処理でかなり勝敗が分かれる契約類型だといえるでしょう。

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