第10講  使用貸借・寄託その他無償契約|軽く見られがちな契約ほど要件事実が効いてくる

第10講
使用貸借・寄託その他無償契約|軽く見られがちな契約ほど要件事実が効いてくる

使用貸借や寄託のような無償契約は、当事者の感覚では「善意で貸しただけ」「ちょっと預かっただけ」という話として処理されがちです。しかし、民法は、使用貸借については593条以下、寄託については657条以下で、成立要件、返還時期、費用負担、保管義務、解除の可否をそれぞれかなり細かく定めています。無償であることは、直ちに「法的な争点が少ない」ことを意味しません。むしろ、対価がない分だけ契約書が曖昧になりやすく、何をどこまで約束していたのかが不明確になりやすいため、要件事実的な整理が強く効いてくる類型だといえます。

まず使用貸借は、民法593条により、当事者の一方がある物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物について無償で使用・収益をし、契約終了時に返還することを約することによって効力を生ずる契約です。ここで重要なのは、使用貸借が、賃貸借のような有償契約ではなく、無償で使わせる代わりに返してもらう契約だという点です。したがって、訴訟で返還請求を立てる側は、単に「こちらの物だ」と言うだけでは足りず、少なくとも、使用貸借として目的物を引き渡したこと、相手方が返還義務付きで使用収益する関係に入ったことを押さえる必要があります。

使用貸借で特に争点になりやすいのは、いつ返さなければならないのかという点です。民法597条は、期間を定めたときはその満了で終了し、期間を定めなくても使用収益の目的を定めたときは、その目的に従った使用収益が終われば終了すると定めています。また、借主の死亡によっても終了します。さらに598条は、期間の定めがなく、目的だけが定められている場合には、貸主は、借主がその目的に従い使用収益するのに足りる期間を経過した後に解除でき、期間も目的も定めていない場合には、貸主はいつでも解除できるとしています。つまり、使用貸借の返還請求では、契約終了原因をどう立てるかが中心であり、賃貸借のように毎月の対価不払いを軸にする話とはかなり違います。

この点は、実務上かなり誤解されやすいところです。たとえば、親族や知人に「しばらく住んでいていい」「使っていていい」と言って物や不動産を使わせた場合、貸主の側は感覚的には「自分の物なのだからすぐ返せる」と思いがちです。しかし、民法597条・598条の構造では、期間や目的の定め方によって、直ちに返還請求できるかどうかが変わるため、無償だからといって常に自由に回収できるわけではありません。逆に借主側も、「無料だからいつまでも使える」ということにはなりません。契約の目的が尽き、あるいは貸主が解除し得る状態に入れば、返還義務が正面から問題になります。

また、使用貸借では、借主の使い方にも制約があります。民法594条は、借主が契約又は目的物の性質によって定まった用法に従って使用収益しなければならないこと、貸主の承諾なく第三者に使用・収益させてはならないことを定め、これに違反した場合には貸主が解除できるとしています。さらに595条は、借主が借用物の通常の必要費を負担すると定めています。したがって、使用貸借の紛争は、「返す・返さない」だけでなく、目的外使用、無断転貸的な利用、通常費用の負担まで含めて立体化しやすい契約です。無償だから管理責任も曖昧、という整理にはなりません。

これに対し、寄託は、民法657条により、当事者の一方がある物を保管することを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって効力を生ずる契約です。使用貸借が「使わせて返してもらう契約」であるのに対し、寄託は「保管して返してもらう契約」です。この違いは大きく、寄託では、受寄者は原則として寄託物を使うことができず、658条は、寄託者の承諾がなければ使用できないこと、第三者保管も原則として承諾又はやむを得ない事由が必要であることを定めています。つまり、寄託物を預かった側は、そこにある物を自分のために利用する契約関係には入っていません。

寄託でさらに重要なのは、無償の受寄者の注意義務です。民法659条は、無報酬の受寄者について、自己の財産に対するのと同一の注意をもって寄託物を保管する義務を負うと定めています。これは、委任一般の善管注意義務より一段軽い基準ですが、「無償だから適当に預かってよい」という意味ではありません。少なくとも、自分の財産を扱うのと同程度の注意は必要であり、預かった物の滅失・毀損が問題になった場合には、どのような保管状況だったのか、どの程度の注意を尽くしたのかが争点になります。無償契約では責任がゼロになるのではなく、責任水準の条文上の置き方が違うのです。

寄託の返還請求は、使用貸借以上に特徴的です。民法662条は、当事者が返還時期を定めたときであっても、寄託者はいつでも返還請求できるとしています。他方、663条は、返還時期を定めなかったときは受寄者もいつでも返還できるが、返還時期の定めがあるときは、やむを得ない事由がなければ期限前返還はできないとしています。つまり、寄託では、保管の都合上、寄託者の返還請求権がかなり強く置かれている一方、受寄者の側には一定の返還時期の制約があるという非対称な構造です。使用貸借で貸主が直ちに返還請求できるかが期間・目的に左右されるのと比べると、この違いはかなり大きいです。

さらに、寄託では665条により、委任の646条から650条まで(650条3項を除く。)が準用されます。そのため、受寄者は受け取った物や果実の引渡義務、処理状況の説明義務に関わるルールの影響を受けますし、必要費や有益費、債務負担に関する場面では委任類似の処理が問題になります。また、666条は消費寄託を定め、受寄者が契約により寄託物を消費できる場合には、同種・同品質・同数量の物で返還すること、そして消費貸借の規定を準用することを明らかにしています。預金や貯金に係る契約で金銭を寄託した場合にも、返還時期について消費貸借のルールが準用されます。したがって、「預かったが使ってよい」関係は、通常の寄託ではなく、消費寄託ないし消費貸借に近い構造として整理すべきことがあります。

ここまでみると、使用貸借と寄託はどちらも無償契約ですが、訴訟での組み立てはかなり違うことが分かります。使用貸借では、使用収益を許した関係であること、終了原因が何か、目的外使用や無断使用があったかが中心になります。これに対し寄託では、保管委託関係であること、受寄者に使用権限がないこと、どの水準の注意義務を負うか、寄託者がいつ返還を請求できるかが中心になります。どちらも「無料だから軽い」と考えて雑に処理すると、請求原因も抗弁もずれやすくなります。

結局のところ、使用貸借・寄託その他の無償契約でいちばん大切なのは、対価がないことと、法的な枠組みが曖昧でよいことは別問題だと理解することです。無償契約ほど、契約書がなく、期間も目的も曖昧で、当事者の感覚的理解だけで関係が進みがちです。そのため、後で紛争化すると、何を貸したのか、何を預かったのか、いつ返す約束だったのか、どこまで使ってよかったのか、どの水準の注意義務を負うのかを、一つずつ条文に引き直して整理する必要があります。無償契約は軽く見られがちですが、要件事実的には、むしろ事実認定の精度が勝敗を左右しやすい類型だといえるでしょう。

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