第9講  和解契約・示談契約|成立したのか、どこまで含むのかが争われるとき

第9講
和解契約・示談契約|成立したのか、どこまで含むのかが争われるとき

和解契約・示談契約の事件でいちばん重要なのは、**「そもそも和解が成立したのか」という問題と、「成立したとして、その和解はどこまでの争いを片付けたのか」**という問題を分けて考えることです。民法695条は、和解を、当事者が互いに譲歩をして、その間に存する争いをやめることを約することによって効力を生ずる契約と定めています。つまり、和解は単なる確認書でも受領証でもなく、①当事者間に争いがあり、②その争いをやめる趣旨があり、③そのために互いの譲歩がある、という構造を持つ契約です。ここを外すと、「支払の約束があった」ことと「和解が成立した」ことを取り違えやすくなります。

まず、成立したのかという点については、和解も契約ですから、原則として民法522条の一般ルールに従います。すなわち、契約は、内容を示した申込みに対して相手方が承諾したときに成立し、また、法令に特別の定めがある場合を除き、書面その他の方式を要しません。したがって、和解契約や示談契約も、理論上は、署名押印のある示談書がなくても、口頭、メール、メッセージアプリ、やり取りの連続から成立し得ますし、隔地者間の契約については民法526条が成立時期のルールを置いています。結局、和解の成否で本当に争われるのは、「紙があるかどうか」よりも、何が申込みで、何が承諾だったのか、そして合意内容がどこまで具体化されていたのかです。

このため、実務では、「一応まとまった」「金額の話はついた」「あとは文案だけだった」という場面が非常に厄介です。和解契約が成立したと言うためには、少なくとも、誰がいくら支払うのか、いつ支払うのか、その支払によって何をもって終局とするのかといった中核部分が、申込みと承諾のレベルで一致している必要があります。和解は695条上、単なる給付合意ではなく、「争いをやめる」合意ですから、金額だけ合っていても、清算条項、謝罪条項、秘密保持、今後の接触禁止、訴訟取下げの有無などで食い違いが残っていれば、なお最終合意に達していないという整理が成り立ち得ます。これは695条の「争いをやめること」と522条の「内容を示した申込み・承諾」という要件を合わせて読むと自然です。

逆に、支払条件や終局性まで具体的に合意されていれば、後から正式な示談書に署名していないという一事で直ちに和解不成立になるわけではありません。民法522条2項は方式自由を明記しているからです。したがって、メールで「この条件で最終解決とします」「了解しました」と往復している、メッセージ上で金額・支払期限・今後請求しないことまで確認されている、といった事情があれば、書面未作成でも和解成立を主張する余地があります。もっとも、その場合は、成立そのものよりも、その文言からどこまでの合意が読み取れるかが次の争点になります。

次に、どこまで含むのかという問題です。ここで民法696条が重要になります。同条は、和解によって一方に権利があるものと認められ、又は相手方に権利がないものと認められた場合に、後から従前の真実がそれと逆だったことが判明しても、その権利は和解によって移転し、又は消滅したものとすると定めています。要するに、和解は、「本当はどちらが法的に正しかったか」を後から蒸し返してひっくり返すための制度ではなく、争いの対象となっていた権利関係を、譲歩によって最終的に作り替える制度だということです。和解が強い終局効を持つと言われるのは、この条文構造によります。

もっとも、696条が強いのは、あくまで和解の対象に入っていた争いについてです。したがって、実務で最も大事なのは、和解条項の射程を丁寧に読むことです。たとえば、「本件交通事故に関し、甲乙間に何らの債権債務がないことを相互に確認する」と書いてあれば広く清算する方向に働きやすい一方、「治療費及び休業損害については本件支払をもって解決する」といった書き方なら、その範囲に限定された和解と読む余地が出てきます。これは条文にそのまま書いてあるわけではなく、695条の「その間に存する争い」と696条の終局効から導かれる解釈上の帰結ですが、実務ではここが最重要です。つまり、和解契約の事件は、成立の有無以上に、何を争いの対象として片付けた契約なのかという解釈戦になることが少なくありません。

この観点からすると、清算条項の文言は非常に重くなります。和解書・示談書に「本件に関し」「本件債務について」「本件事故から生じる一切の請求について」「当事者間には今後何らの債権債務がない」といった表現が入っているかどうかで、後日の追加請求の可否が大きく変わり得ます。696条のもとでは、和解の対象に入った権利関係は、たとえ後に真実が別であったと分かっても、原則として和解内容に従って処理されるからです。したがって、和解条項を作る側は、広く終わらせたいのか、特定項目だけ終わらせたいのかを、文言のレベルで明示しておく必要があります。

では、和解は一度成立したら絶対に崩せないのかというと、そこまでは言えません。和解も契約ですから、一般の意思表示の瑕疵に関するルールが問題になり得ます。現行民法95条は、重要な錯誤がある意思表示は取り消すことができると定め、96条は、詐欺又は強迫による意思表示は取り消すことができると定めています。そして121条は、取り消された行為は初めから無効であったものとみなすとしています。したがって、和解の対象外の重要事実についての錯誤、相手方の欺罔、脅迫などがあれば、一般法理によって和解の効力が争われる余地はあります。

ただし、ここで注意すべきなのは、単に「後で新しい資料が見つかった」「やはりこちらの言い分の方が正しかった」だけでは、直ちに和解を崩せるわけではないということです。まさにその「どちらが正しいか」が争いの対象として和解で処理されたのであれば、696条が予定しているのは、真実の発見よりも紛争の終局です。したがって、後日の覆しが許されやすいのは、和解の対象外にある重要な前提について錯誤があった場合や、相手方による詐欺・強迫があった場合などであって、和解そのものが引き受けたリスクの範囲内の後悔や再評価ではありません。これは696条と95条・96条の関係から導かれる実務上の整理です。

結局のところ、和解契約・示談契約の事件では、まず申込みと承諾が一致していたのか、次にその合意は695条のいう「争いをやめる」合意としてどこまで具体化されていたのか、そして最後に696条によりどの範囲の権利関係が終局的に処理されたのかを順番にみる必要があります。和解は、感覚的には「話がついたかどうか」の問題に見えますが、要件事実的にみれば、成立の認定、対象範囲の解釈、そして錯誤・詐欺・強迫による覆しの可否が交差する、かなり実務色の強い契約類型です。

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