第1講 契約類型別にみる一般民事事件の考え方|要件事実で何を立て、どこで崩されるのか
第1講
契約類型別にみる一般民事事件の考え方|要件事実で何を立て、どこで崩されるのか

一般民事事件の多くは、結局のところ「ある契約が成立していたのか」「その契約に基づいてどのような権利義務が発生したのか」「相手方はなぜ支払わなくてよい、あるいは履行しなくてよいのか」という形で整理することができます。日常の法律相談では、「お金を払ってもらえない」「工事が途中で止まった」「部屋を明け渡してくれない」「貸した金を返してくれない」といった言い方で持ち込まれることが多いのですが、訴訟実務の場面では、それをそのまま感覚的に処理することはできません。どの契約類型なのかを見極め、その契約に即した請求原因を立て、相手方から想定される抗弁を見込み、さらにそれに対する再反論まで含めて、争点を組み立てていく必要があります。
このとき有用なのが、要件事実的な視点です。要件事実というと、裁判実務や司法試験の勉強のための技術論という印象を持たれることもありますが、実際には、事件を整理し、見通しを立て、勝敗を分けるポイントを早い段階で把握するための非常に実務的な道具です。どの事実を主張しなければ請求が立たないのか、どの事実が出てくると請求が遮断されるのか、逆に相手方の抗弁をもう一度切り返すには何が必要なのか。この順番を外さないことが、一般民事事件では非常に重要になります。
契約事件では、まず原告側が請求原因事実を主張します。たとえば、売買契約であれば、売買契約の成立、目的物の特定、代金額、弁済期の到来といった事実が問題になりますし、消費貸借であれば、単に「貸した」という抽象的な表現では足りず、金銭の交付があったこと、返還の合意があったこと、返還時期が到来したことなどが問題になります。請負であれば、契約の成立だけでなく、仕事が完成したか、どの範囲まで完成したのかが中核的な争点になりますし、賃貸借であれば、賃貸借契約の成立、賃料額、賃料支払時期、占有使用の継続、解除原因の有無などが問題になってきます。同じ「お金を払ってほしい」という請求でも、どの契約類型に乗せるかによって、原告が最初に立てるべき事実はかなり異なります。
次に、被告側は抗弁を出してきます。典型的なのは弁済です。「たしかに契約はあったが、もう払った」という主張です。あるいは、解除、相殺、同時履行の抗弁、消滅時効、契約不適合、債務不履行、仕事未完成など、契約類型ごとに典型的な抗弁があります。売買代金請求に対しては、目的物に契約不適合がある、あるいは解除したという抗弁が出やすいですし、請負代金請求に対しては、仕事が未完成である、あるいは完成していても重大な不具合があるという形で争われやすいです。賃料請求では、相殺や弁済、賃貸人側の債務不履行、明渡請求では解除の有効性や信頼関係破壊の有無が争点になりやすいでしょう。消費貸借では、そもそも贈与だったのではないか、返還時期の定めがない、既に一部弁済している、といった主張が現れます。
さらに、原告側は再抗弁や再反論を検討しなければなりません。被告が解除を主張してきたとしても、その解除は無効ではないか、解除原因が存在しないのではないか、催告が欠けているのではないか、といった点が問題になります。相手方が弁済を主張しても、その弁済は別件に充てられたものであるとか、弁済の事実自体が存在しないとか、受領権限のない者に対する支払いであったなどという切り返しがあり得ます。要件事実的な視点の重要なところは、単に自分の請求原因を並べるだけで終わらず、相手の抗弁のどこが弱いのか、その弱点に対して自分はどの事実を用意すればよいのか、というところまで視野に入る点にあります。
ここで注意したいのは、契約事件では「どの契約か分からないまま話が進んでしまう」ことが少なくないということです。実務では、当事者が「仕事を頼んだ」「お金を預けた」「とりあえず払ってもらう話だった」「知り合いだから契約書はない」と説明することがよくあります。しかし、訴訟では、売買なのか請負なのか委任なのか準委任なのか、消費貸借なのか寄託なのかといった契約評価が極めて重要です。契約類型を誤ると、立てるべき請求原因がずれ、必要な証拠の集め方も狂ってしまいます。たとえば、成果物の完成が必要な請負なのか、事務処理それ自体が目的となる準委任なのかで、報酬請求の構造は大きく異なります。建物の修繕費を請求する場面でも、工事完成を中心にみるのか、委託事務の遂行を中心にみるのかによって、事件の組み立てはかなり変わります。
また、契約事件では、契約書があるかどうかだけで勝負が決まるわけでもありません。もちろん契約書は重要な証拠ですが、契約書がなくても、メール、LINE、見積書、請求書、領収書、振込記録、納品書、工事写真、録音データ、やり取りの経過などから契約の成立や内容を認定できることは少なくありません。他方で、契約書があっても、実際の履行状況や当事者の運用が契約書どおりでない場合には、条文の文言だけでは割り切れない争点が出てきます。要件事実的な視点は、こうした証拠の評価とも相性がよく、どの事実をどの証拠で埋めるかという形で事件を立体的に把握する助けになります。
一般民事事件を依頼者の側から見ると、「相手がひどい」「納得できない」「約束が違う」という感覚からスタートすることが通常です。しかし、裁判所に対しては、それだけでは足りません。どの契約に基づくどの権利を行使しているのか、その権利発生の要件事実は何か、被告から予想される抗弁は何か、その抗弁に対する再構成はどうなるのか、というかたちで事件を言語化し直す必要があります。この作業を丁寧に行うことで、争点は絞られ、証拠の取捨選択もしやすくなり、結果として交渉でも訴訟でも有利な立場を築きやすくなります。
本シリーズでは、売買、請負、賃貸借、消費貸借、保証、委任・準委任、和解契約など、実務で頻出する契約類型を順に取り上げながら、それぞれの契約で何が請求原因となり、どのような抗弁が出やすく、どこで争点が崩れやすいのかを整理していきます。契約書の解説にとどまらず、実際に紛争になったときに何を主張し、何を証明し、どこで勝負が決まるのかという観点から、一般民事事件の基本構造を確認していきたいと思います。