第10講 預金はどう動かすか|銀行口座凍結と払戻しの実務

第10講 預金はどう動かすか|銀行口座凍結と払戻しの実務

相続が始まったとき、もっとも身近で、しかも早く困りやすいのが預金口座です。
生活費の引落し、葬儀費用の支払い、入院費や施設費の精算など、亡くなった直後にもお金が必要になる場面は少なくありません。ところが、口座名義人が亡くなった場合、金融機関に死亡の連絡をすると、その口座の入出金等は原則として制限されます。全国銀行協会はそのように案内しており、ゆうちょ銀行も相続手続の流れの中で、相続確認表の提出、必要書類の準備、書類提出、相続払戻金の受取りという順序を示しています。

そのため、相続実務では、「口座があるかどうか」だけでなく、いつ、どういう書類で、誰が、どこまで払戻しを受けられるかを見ていく必要があります。
現在は、遺産分割が終わる前でも一定の払戻しが認められる制度があり、昔のように「協議が終わるまで一切動かせない」とは限りません。他方で、仮払いが使える場面にも限界があり、結局は相続手続全体の中で整理する必要があります。

1 名義人が亡くなると、口座はどうなるのか

金融機関は、名義人が亡くなったことを把握すると、通常、その口座の取引をそのまま続けさせるのではなく、相続手続に切り替えます。
全国銀行協会は、死亡の連絡と同時に、被相続人の口座での入出金等は原則として制限されると説明しています。ゆうちょ銀行も、相続手続の入口として、まず相続確認表の提出を求め、その後に必要書類案内が行われる流れを示しています。

ここで大事なのは、「死亡したから自動的に全国一律で完全凍結」というより、金融機関が死亡を把握した段階で相続手続に入ると理解することです。
したがって、相続の現場では、どの銀行・信用金庫・ゆうちょに口座があるのかを早めに洗い出し、各金融機関に連絡したうえで、必要書類の案内を受けるのが実務的です。全国銀行協会も、まず取引金融機関へ連絡し、その後、具体的な相続手続の案内を受ける流れを示しています。

2 払戻しまでの基本的な流れ

預金相続の基本的な流れは、大きく分けて四段階です。
全国銀行協会は、①手続のお申出、②必要書類の準備、③書類の提出、④払戻し等の手続、という流れを案内しています。ゆうちょ銀行でも、相続確認表の提出後、必要書類の案内が行われ、書類提出を経て、相続払戻金の受取りに進む構造になっています。

つまり、預金相続は、窓口で「亡くなりました、下ろしてください」と言ってすぐ終わる類いのものではありません。
相続人の範囲、遺言の有無、遺産分割協議の有無、誰が払戻しを受けるか、といった前提を資料で確認したうえで、金融機関が払戻しや名義変更に応じる仕組みになっています。

3 必要書類は遺言の有無と相続形態で変わる

預金の払戻しに必要な書類は、遺言書があるかないか遺産分割協議書があるかないか家庭裁判所の調停・審判があるかなどで変わります。
全国銀行協会は、この違いに応じて必要書類の類型を分けて案内しています。また、必要書類は相続の方法や内容、金融機関によって異なることがあるとも明記しています。

ゆうちょ銀行の例では、遺言書がない場合の書類例として、被相続人の婚姻から死亡までの連続した戸籍謄本、預金通帳等、相続人の印鑑登録証明書、遺産分割協議書がある場合はその書類、払戻しを受ける相続人の実印などが挙げられています。
遺言書がある場合には、遺言書、自筆証書遺言・秘密証書遺言なら検認済みのもの、相続人や遺言執行者の印鑑登録証明書などが例示されています。

したがって、実務では、まず遺言書の有無相続人全員で協議がまとまっているかを確認することが重要です。
この二つで必要書類の束がかなり変わるからです。預金相続は、結局、相続全体の整理状況がそのまま反映される手続だといえます。

4 戸籍は預金手続でも中心資料になる

預金払戻しの実務で特に重いのが、戸籍関係書類です。
ゆうちょ銀行は、被相続人について、婚姻から死亡までの連続した戸籍謄本が必要だと案内しており、相続手続ではその戸籍の連続性が重要になると説明しています。さらに、戸籍法改正により複数の本籍地にまたがる戸籍でも、2024年3月1日からは最寄りの市区町村役場でまとめて請求できるようになったと案内しています。

これは、銀行が単に「身分証明」を見ているのではなく、誰が相続人なのかを確認しているからです。
前婚の子、代襲相続人、養子などがいると、見た目の家族関係と法定相続人の範囲がずれることがあります。預金の相続手続でも、相続人確定が土台になる点は、不動産相続や遺産分割調停と同じです。

5 遺産分割が済んでいれば、払戻しは進めやすい

遺産分割協議がまとまり、誰がどの預金を取得するかが書面化されていれば、預金払戻しは比較的進めやすくなります。
全国銀行協会は、「遺言書がなく、遺産分割協議書がある場合」を代表的な手続類型として案内しており、ゆうちょ銀行も、遺言書がない場合の提出書類の一つとして遺産分割協議書を挙げています。

逆に、遺産分割協議がまだ整っていない場合には、通常の払戻しはそこで止まりやすくなります。
だからこそ、現場では「まず遺産分割協議をまとめる」のか、「協議前でも仮払い制度を使う」のかを切り分けて考える必要があります。預金は生活に直結するため、ここを曖昧にしたまま放置すると実務上かなり困ります。

6 遺産分割前でも使える「仮払い制度」がある

現在は、遺産分割前でも、一定の場合に相続預金の払戻しを受けることができます。
全国銀行協会の案内によれば、2019年7月1日施行の改正により、遺産分割前の相続預金の払戻し制度が設けられ、生活費や葬儀費用の支払いなどのために、一定額の払戻しが可能になりました。

この制度には、二つのルートがあります。
一つは、家庭裁判所に遺産分割の調停・審判が申し立てられている場合に、家裁の判断によって預金の全部または一部を仮に取得して払戻しを受ける方法です。もう一つは、家庭裁判所の判断を経ずに、金融機関窓口で一定額の単独払戻しを受ける方法です。

7 家裁を通さない単独払戻しの上限

家庭裁判所を経ずに金融機関から単独で払戻しを受けられる額には、計算式と上限があります。
全国銀行協会の案内では、口座ごと(定期預金は明細ごと)に、相続開始時の預金額 × 3分の1 × 払戻しを行う相続人の法定相続分で求められる額について、単独で払戻しを受けられるとされています。また、同一金融機関の全支店を通じた払戻しの上限は150万円です。

たとえば、相続人が長男・次男の2人で、相続開始時の普通預金が600万円なら、長男が単独で払戻しを受けられる額は、600万円 × 3分の1 × 2分の1 = 100万円になります。
全国銀行協会の案内でも、この計算例がそのまま示されています。

ここで注意すべきなのは、これは「好きに取り分を先食いできる制度」ではないということです。
同案内では、この制度で払い戻された預金は、後日の遺産分割で、払戻しを受けた相続人が取得したものとして調整が図られるとされています。つまり、仮払いは最終分割とは切り離された臨時の生活資金制度ではなく、後で遺産分割の中に織り込まれる仕組みです。

8 家裁を通じた仮取得は、必要性と他の相続人の利益の調整が前提

もう一つのルートである家裁経由の仮取得は、より広い払戻しを可能にし得ますが、条件があります。
全国銀行協会の案内では、家庭裁判所に遺産分割の調停や審判が申し立てられている場合に、相続人は家裁へ申し立てて仮取得の審判を得ることができる一方、生活費の支弁等の事情により仮払いの必要性が認められ、かつ、他の共同相続人の利益を害しない場合に限られるとされています。

したがって、実務上は、単独払戻しの上限を超える資金がどうしても必要で、しかも遺産分割調停等が進行中である場合に検討する制度です。
すぐに銀行窓口で完結する話ではなく、家裁手続とセットで考える必要があります。

9 必要書類は仮払いでも一定程度必要になる

仮払い制度を使う場合でも、身一つで窓口へ行けば足りるわけではありません。
全国銀行協会の案内では、本人確認書類に加え、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本等、相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書、払戻しを希望する人の印鑑証明書などが概ね必要とされています。家裁の判断による払戻しでは、さらに家庭裁判所の審判書謄本等が必要になります。

つまり、仮払い制度は「遺産分割前でも使える」が、相続人確認そのものを省略できる制度ではないということです。
ここでもやはり戸籍と本人確認が土台になります。

10 実務でよくある誤解

預金相続では、いくつか典型的な誤解があります。
一つは、「葬儀費用に使うのだから家族が自由に下ろしてよい」という誤解です。実際には、金融機関が死亡を把握すれば口座取引は原則制限され、払戻しには相続手続が必要です。もう一つは、「仮払い制度があるから遺産分割は後回しでよい」という誤解です。仮払いで動かせる額には上限があり、払戻し分は後の遺産分割で調整されます。

さらに、「必要書類はどこも同じ」という理解も危険です。
全国銀行協会も、必要書類は金融機関ごとに異なることがあるとしていますし、ゆうちょ銀行も、具体的な相続形態に応じて書類案内を出す仕組みを取っています。一般論を押さえつつ、最後は取引先ごとの案内に従う必要があります。

11 まとめ|預金は「止まる」が、「一定範囲では動かせる」

口座名義人が亡くなった場合、金融機関が死亡を把握すると、その口座の入出金等は原則として制限され、通常は相続手続に切り替わります。
その後は、遺言書や遺産分割協議書の有無に応じて、戸籍、通帳、印鑑登録証明書などの必要書類を整えて、払戻しや名義変更を進めることになります。

もっとも、現在は、遺産分割前でも相続預金の仮払い制度があり、金融機関窓口で一定額を単独払戻しできる場合や、家庭裁判所の判断によって仮取得できる場合があります。
ただし、単独払戻しには「相続開始時の預金額 × 3分の1 × 法定相続分」という計算式と、同一金融機関150万円の上限があり、払い戻された金額は後の遺産分割で調整されます。

結局のところ、預金相続で大切なのは、口座が止まることを前提に、必要書類を早めにそろえ、通常払戻しで進めるのか仮払いを使うのかを見極めることです。
相続の中でも預金は実生活への影響が早く出るため、初動の質がそのまま困りごとの大きさに直結します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA