第20講 生前にできる相続対策|遺言・家族信託・整理の第一歩

第20講 生前にできる相続対策|遺言・家族信託・整理の第一歩

相続対策というと、どうしても「大きな資産がある人の話」「節税の話」と思われがちです。
しかし、実際に揉めやすいのは、相続人の範囲が曖昧、遺言がない、財産の所在が分からない、管理していた人しか事情を知らない、といった準備不足の部分です。法務局のエンディングノートも、家族が必要な判断や手続を進めるための情報を残すことに意味があるとしています。

このシリーズ全体を通して見ると、生前にやるべきことは、結局、次の順番にまとまります。
誰にどう渡したいかを決めること。
判断能力が落ちた後の管理を考えること。
財産と資料を家族が分かる形にしておくこと。
不要・難処理の財産を放置しないこと。
以下、その中身を整理します。

1 まず一番効くのは、遺言である

相続でいちばん揉めやすいのは、「誰が何を取るか」が曖昧なまま相続が始まることです。
その意味で、最も基本的で効果が大きいのはやはり遺言です。特に自筆証書遺言については、法務省の遺言書保管制度を使えば、法務局で保管を受けることができ、相続開始後は相続人等に内容が伝わるよう証明書交付や閲覧に対応し、家庭裁判所の検認も不要になります。

生前対策としての遺言の意味は、単に「希望を書く」ことではありません。
誰に何を承継させたいかを明確にし、残された家族の判断負担を減らすことにあります。自筆証書遺言書保管制度は、そのための実務的な受け皿として使いやすい制度です。

2 ただし、遺言だけでは足りない場面がある

遺言は、相続開始後の帰属を決めるには非常に有効です。
ただ、相続が始まる前、つまり本人が高齢になり、判断能力が弱ってきた後の財産管理や処分まで、遺言だけで全部処理できるわけではありません。法務局の相続ノートは、家族信託を、不動産・預貯金・有価証券などの財産を、信頼できる家族等に託し、定めた目的に従って管理・処分・承継する仕組みだと説明しています。

この説明から分かるとおり、家族信託が向いているのは、
**「将来の管理・処分・承継を、本人が元気なうちに設計しておく場面」**です。
たとえば、賃貸不動産の管理、自宅の処分方針、認知症後の資産管理などでは、遺言より前の段階から意味を持ちます。これは、法務局資料の定義から導かれる実務的な整理です。

3 判断能力低下への備えは、相続対策と切り離せない

高齢化した相続対策では、「亡くなった後」だけでなく、「判断能力が落ちた後」をどうするかが大きな問題です。
裁判所の後見ポータルサイトは、成年後見制度として後見・保佐・補助の制度を案内しており、利用を検討する人向けの手続案内を整えています。家庭裁判所は、必要があると判断した場合には鑑定が行われることがあること、申立てから審判までおおむね1~2か月程度かかること、候補者が必ず選ばれるわけではないことなども説明しています。

この点からすると、生前対策としては、
判断能力が十分あるうちに、遺言・家族信託・財産整理を進めておく方が圧倒的に動きやすい
というのが自然な結論です。判断能力が落ちてからは、後見等の家裁手続が必要になり、選択肢が狭くなることがあるからです。これは裁判所の制度説明を踏まえた実務的な推論です。

4 財産を「あるはず」ではなく「分かる状態」にする

相続で実際に困るのは、財産が少ないことだけではありません。
どこに何があるか分からないことです。法務局のエンディングノートは、家族が手続を進める際に必要な情報を残すためのノートだと位置付けており、相続対策が情報整理でもあることを示しています。

したがって、生前にやるべき整理の第一歩は、
預貯金口座、証券口座、不動産、保険、借入れ、連帯保証、会社関係資料、遺言の所在、通帳や権利証の保管場所などを、家族が追える形にしておくことです。
これは派手な制度ではありませんが、相続実務では非常に効きます。法務局がエンディングノートを用意している趣旨も、まさにそこにあります。

5 戸籍の束で苦しみにくくする発想もある

相続開始後の手続では、戸籍・除籍・改製原戸籍の収集がかなり重い作業になります。
法定相続情報証明制度は、必要書類を収集し、法定相続情報一覧図を作成して法務局へ申し出ることで、その後の相続手続に使える制度です。2024年4月1日からは、登記申請書の添付情報欄に法定相続情報番号を記載することで、一覧図の写しの原本添付を省略できる扱いも始まっています。

この制度自体は相続開始後に使うものですが、
生前対策としては、本籍や家族関係、前婚の有無、養子縁組の有無などを家族が把握しやすいようにしておくことに意味があります。相続人確定で迷わないことも、立派な予防策です。これは制度の仕組みからの実務的な帰結です。

6 不要・難処理の土地は、生前から方針を考える

地方の相続では、財産よりもむしろ処分に困る土地が重荷になることがあります。
法務省の相続土地国庫帰属制度は、相続等で取得した土地について、一定の要件のもとで国庫へ帰属させる制度ですが、建物がある土地、担保権が設定されている土地、管理や処分に過分の費用・労力を要する土地などは対象外です。つまり、「要らない土地は全部国に返せる」制度ではありません。

このことから分かるのは、
引き取り手のない土地ほど、生前から処分・整理・承継方針を考えておく必要があるということです。
相続が始まってから慌てても、そもそも制度の対象外で動けないことがあります。これは法務省の制度説明からの、かなり実務的な含意です。

7 家族信託や遺言は、競合ではなく役割分担で考える

生前対策では、「遺言を作るべきか、家族信託を使うべきか」という二者択一で語られがちです。
しかし、公的資料の説明を素直に読むと、役割はかなり違います。遺言は相続開始後の承継指定に強く、家族信託は財産の管理・処分・承継をあらかじめ目的に沿って設計する仕組みです。

したがって、実務的には、
「亡くなった後にどう渡すか」は遺言、
「元気なうちから、判断能力低下後も含めてどう管理するか」は信託、
という役割分担で考える方が整理しやすいです。これは法務省・法務局資料の機能説明を踏まえた実務上のまとめです。

8 対策は、完璧を目指すより「まず一歩」が大事である

相続対策というと、遺言、公正証書、信託、後見、登記、税金と、制度が多すぎて手が止まりがちです。
ただ、法務局のエンディングノートが示す発想はもっと素朴で、まず家族が必要な情報を把握できるようにすることにあります。つまり、最初の一歩としては、財産一覧を作る、通帳や資料の場所をまとめる、希望を書く、遺言を検討するだけでも意味があります。

最初から全部を制度化できなくても、
何も残っていない状態より、
「何があり、どうしたいか」が少しでも見える状態の方が、相続後の混乱は大きく減ります。
これは相続実務全体を通じてかなり確かな結論です。

9 まとめ|相続対策は「家族が迷わない設計」を作ることである

生前にできる相続対策の中心は、
遺言で承継先を明確にすること、
家族信託などで管理の設計を考えること、
判断能力低下に備えること、
財産と資料を見える化すること、
処分困難な財産を放置しないことです。
法務省・法務局・裁判所の公的案内をつなぐと、結局この形に収れんします。

相続対策は、節税テクニックの競争ではありません。
本質は、残された家族が迷わず動けるようにしておくことです。
その意味で、最初の一歩は、難しい制度を全部理解することではなく、まず「自分の財産」と「自分の意思」を整理することです。

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