第19講 事業承継と相続|自社株・会社経営をどう引き継ぐか
第19講 事業承継と相続|自社株・会社経営をどう引き継ぐか

中小企業オーナーの相続では、不動産や預金よりも、自社株がいちばん重い財産になることがあります。
しかも、自社株は金額が大きいだけでなく、誰が持つかによって会社の意思決定そのものが左右されます。だから、事業承継の相続は「遺産をどう分けるか」だけでなく、「会社を誰が動かすのか」を同時に考えなければなりません。中小企業庁の事業承継ガイドラインも、後継者への自社株集中と遺留分・相続紛争の調整が重要課題だと位置付けています。
1 事業承継で本当に問題になるのは「株の値段」だけではない
相続で自社株が問題になると、つい「相続税評価が高い」「税金が重い」という話に目が向きます。
もちろんそれも重要です。しかし、実務でより本質的なのは、株式が分散すると経営権が不安定になりやすいことです。中小企業庁は、後継者に自社株式を集中して承継させようとしても、他の相続人から遺留分侵害額に相当する金銭の支払を求められた結果、自社株式を処分せざるを得ず、株式が分散してしまうおそれがあると説明しています。これは、株の価格の問題であると同時に、会社支配の問題でもあります。
したがって、事業承継では、
後継者に株を集めること、
後継者以外の相続人にどう配慮するか、
税負担をどう処理するか、
この三つを同時に設計する必要があります。中小企業庁も、事業承継税制、遺留分に関する民法特例、会社法上の工夫を組み合わせる発想を示しています。
2 自社株は「分けにくい財産」である
非上場会社の株式は、市場価格がある上場株とは違い、評価も移転も簡単ではありません。
国税庁は、取引相場のない株式について、原則的評価方式または特例的な評価方式である配当還元方式により評価すると案内しています。つまり、自社株は、相続時に「一株いくらか」が自明ではない財産です。
しかも、その評価は株主の立場や会社の状況によって大きく変わり得ます。
国税庁の説明では、同族株主以外の少数株主が取得した場合には、原則的評価方式ではなく配当還元方式が使われる場面があります。ここからも、自社株は「誰が持つか」によって評価の見え方まで変わり得る、かなり特殊な財産だと分かります。
3 相続で自社株を平等に割ると何が起きるか
自社株を法定相続分どおりに複数人へ分散させると、一見公平に見えます。
しかし、後継者以外の相続人も株主になるため、将来の議決権行使、配当、株式売却、役員選任などで利害がずれる可能性があります。中小企業庁は、まさにこの「株式の分散」を事業承継の障害として位置付け、後継者に集中承継させる必要性を強調しています。
この意味で、自社株の相続は、預金のように「とりあえず頭数で分ける」という発想と相性が悪いです。
実務的には、株は後継者へ寄せ、他の相続人には預金・不動産・保険金・代償金などで調整する方向が基本線になりやすいです。これは中小企業庁が示す「自社株集中承継」と「他の相続人との調整」が必要だという枠組みに沿う考え方です。
4 まず考えるべきは、後継者を誰にするかである
事業承継では、制度論の前に、誰が本当に会社を引き継ぐのかを決める必要があります。
中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、後継者を定め、その者に株式や事業用資産を集中的に承継させることが基本的な発想として置かれています。逆に、後継者が曖昧なまま相続だけが先行すると、自社株が分散しやすくなります。
ここでの実務感覚はかなり単純で、
経営を担う者に株を寄せる、
株を持たない者には別の形で公平を図る、
これが基本です。
この順番を逆にして「まず相続分を平等に」と考えると、後で会社の統治が不安定になりやすい、というのが事業承継案件の特徴です。これは中小企業庁資料の趣旨からの実務的な整理です。
5 遺言と生前贈与は、事業承継の基本手段である
後継者に自社株を集中させる手段として、まず基本になるのは遺言と生前贈与です。
中小企業庁のパンフレットでも、先代経営者が生前贈与や遺言によって後継者へ自社株式・事業用資産を集中承継させる場面を前提に制度説明がされています。つまり、事業承継では「何も準備せず、相続発生後に協議で何とかする」より、生前から承継先を決めて動かす発想が制度上も前提になっています。
ただし、遺言や贈与だけでは十分でないことがあります。
それが、次に触れる遺留分と税負担の問題です。自社株を全部後継者に渡しても、他の相続人から遺留分侵害額請求が来れば、結局、後継者が現金を用意するために株や事業用資産を処分する危険があります。中小企業庁は、この点を事業承継の大きなリスクとして明示しています。
6 遺留分が、事業承継の大きな壁になる
中小企業庁は、推定相続人が複数いる場合、後継者に自社株式や事業用資産を集中承継させても、遺留分侵害額請求により、その支払のために自社株式や事業用資産を処分せざるを得なくなることがあると説明しています。
つまり、事業承継では、遺留分は単なる相続法の論点ではなく、会社を守れるかどうかに直結する論点です。
そこで使われるのが、遺留分に関する民法特例です。
中小企業庁の説明によれば、先代経営者の推定相続人全員の合意を前提に、後継者が取得した自社株式や事業用資産について、①遺留分算定財産から除外する「除外合意」、②算入価額を合意時の時価に固定する「固定合意」を利用できます。
さらに、この特例は、単に家族内で紙を書けば成立するものではありません。
中小企業庁資料では、推定相続人及び後継者全員の合意を前提に、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を受けて効力が生じるとされています。会社向けパンフレットでも、確認後1か月以内に家庭裁判所へ申立てをし、家裁が当事者全員の真意に基づく合意かを確認した上で許可すると説明されています。
7 税金面では、事業承継税制が非常に大きい
自社株の承継では、相続税・贈与税の負担が重くなりやすいため、法人版事業承継税制が実務上重要です。
中小企業庁は、非上場会社の株式に係る相続税・贈与税について納税猶予・免除の制度があると案内しており、国税庁も「非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除」の制度を説明しています。
2026年3月28日現在で特に重要なのは、特例措置の計画提出期限です。
中小企業庁の案内では、法人版事業承継税制の特例措置について、特例承継計画の提出期限は2026年3月31日までとされ、対象となる贈与・相続は2018年1月1日から2027年12月31日までです。国税庁の税務回答でも、特例承継計画の提出期間は平成30年4月1日から令和8年3月31日、適用期限は平成30年1月1日から令和9年12月31日と整理されています。
また、この特例措置は一般措置よりかなり強力です。
国税庁は、特例措置では対象株数が全株式、納税猶予割合が**相続等も100%**であるのに対し、一般措置では対象株数が総株式数の最大3分の2まで、相続等の納税猶予割合が80%と説明しています。
したがって、事業承継案件では、
承継先の決定、
遺留分対策、
事業承継税制の適用可否、
この三つを分けずに同時に考える必要があります。どれか一つだけ進めても、全体は安定しません。
8 会社法上の工夫もある
事業承継では、相続そのものだけでなく、会社法・定款の設計も使います。
法務省の定款等記載例には、譲渡制限株式について、相続、合併その他の一般承継によりその株式を取得した者に対し、会社が当該株式を会社に売り渡すことを請求できる旨の条項例が示されています。これは、望まない相続人へ株式が分散するリスクへの会社法上の備えとして理解できます。
また、中小企業庁の古いが制度説明としてなお参考になるパンフレットでも、
株式を相続した者に対し会社から株式の売渡請求をできる旨の定款変更、
後継者以外には議決権制限株式を取得させる旨の遺言
といった工夫が紹介されています。実際には会社の規模や定款の現状によって使い方は変わりますが、少なくとも「相続だけでなく、会社法の設計も使う」という視点は重要です。
9 実務での基本形はどうなるか
実務の基本形は、かなりはっきりしています。
後継者に自社株を集中させる。
後継者以外の相続人には、預金・不動産・保険・代償金などで調整する。
必要に応じて、遺留分特例や事業承継税制を使う。
中小企業庁資料を通して見ると、まさにこの方向で制度が組まれています。
逆に危ないのは、
後継者未定のまま相続発生、
遺言なし、
株式評価も税負担も未検討、
他の相続人への配慮もなし、
という状態です。
この場合、自社株の分散、遺留分請求、納税資金不足が同時に出て、一気に会社経営が不安定になりやすいと推測されます。これは中小企業庁が繰り返し警告しているリスクをまとめた実務上の見方です。
10 まとめ|事業承継相続は「平等な分配」より「会社を残す設計」が先に立つ
事業承継と相続では、自社株は単なる財産ではなく、会社経営そのものを左右する資産です。
そのため、後継者に自社株を集中させる必要が高く、遺留分や税負担への対応を同時に考える必要があります。中小企業庁は、遺留分特例として除外合意・固定合意の仕組みを案内し、国税庁と中小企業庁は、法人版事業承継税制による相続税・贈与税の納税猶予制度を案内しています。
結局のところ、事業承継の相続で大切なのは、
相続が起きてから分け方を考えることではなく、起きる前から承継の設計をしておくことです。
遺言、生前贈与、遺留分対策、税制活用、定款整備まで含めて、初めて「会社を残す相続」になります。