第8講 遺産の調べ方|通帳、不動産、証券、保険、借金をどう洗うか
第8講
遺産の調べ方|通帳、不動産、証券、保険、借金をどう洗うか

相続実務では、法定相続人や法定相続分の理解ができていても、肝心の財産調査が雑だと、事件全体が一気に不安定になります。相続は「何を分けるのか」が確定しなければ前に進みませんが、現実には、被相続人が生前に財産目録を残していることは少なく、家族の把握も断片的です。そのため、財産調査は「思い当たるものを何となく探す」のではなく、資料の種類ごとに順番を決めて洗っていく必要があります。裁判所の遺産分割手続案内でも、不動産については固定資産評価証明書や登記事項証明書、預貯金については残高証明書や通帳、株式・投資信託・保険等については証書や残高証明書等を提出資料として挙げており、実務上もこの発想で調査を進めるのが基本です。
財産調査の順番としては、まず家の中に残っている資料を押さえるのが出発点になります。通帳、キャッシュカード、金融機関からの郵便物、証券会社の取引残高報告書、保険証券、固定資産税納税通知書、登記済権利証や登記識別情報通知、借入関係の書類、請求書、納税通知書などは、外部照会の糸口になります。裁判所や国税庁の資料でも、通帳、残高証明書、証券・保険関係資料、固定資産税関係資料、借用書や請求書等が典型的な確認資料として挙げられています。したがって、死亡直後の片付けを先行させるのではなく、まず「何が見つかったか」を一覧化して、資料の散逸を防ぐことが重要です。
そのうえで、実務的には、預貯金から先に洗うことが多いです。理由は、預貯金は金額が見えやすく、かつ生活費・葬儀費用・使込みの疑いなど、紛争の火種になりやすいからです。裁判所の提出資料案内でも、相続人であれば金融機関に申請して残高証明書を取得できるとされており、通帳や証明書には口座名義人、金融機関名、支店名、口座種別、口座番号、直近日の残高が分かる形になっていることが求められています。相続税の資料でも、預貯金・金銭信託等について残高証明書や通帳の写しが典型的な確認資料とされています。
預貯金調査で特に重要なのは、残高だけで終わらせず、必要に応じて取引履歴まで取ることです。最高裁平成21年1月22日判決は、共同相続人の一人が、被相続人名義の預金口座について、他の共同相続人全員の同意がなくても取引経過の開示を求める権利を単独で行使できると判示しています。したがって、相続開始前後に大きな出金がある、長年介護していた相続人が口座管理をしていた、使込みが疑われるといった場面では、単なる残高証明書だけでは足りず、一定期間の入出金履歴を確認する発想が必要です。
次に、不動産調査です。不動産は、相続財産の中で金額が大きいだけでなく、「存在は知っているが中身を正確に把握していない」ということが非常に多い財産です。法務局の相続登記ガイドブックでは、登記事項証明書で権利関係を確認し、固定資産課税明細書や固定資産評価証明書で価格を確認することが案内されていますし、国税庁も、固定資産税の納税通知書に添付される課税明細書や固定資産評価証明書で固定資産税評価額を確認できるとしています。したがって、不動産については、まず固定資産税納税通知書から所在地を拾い、次に登記事項証明書で名義・地番・家屋番号・持分を確認し、さらに評価証明書や課税明細で価格を押さえる、という流れが基本になります。
ここで気を付けたいのは、自宅だけを見て終わらないことです。固定資産税関係資料には、土地、建物、共有持分、賃貸用不動産などが一覧で載っていることがありますし、課税されていない私道や山林、非課税資産、未登記建物などは別途注意が必要です。法務局も、相続登記前に登記事項証明書を取って確認することを勧めています。したがって、被相続人が住んでいた家だけを遺産と決め打ちせず、固定資産税資料と登記資料を突き合わせて、不動産の全体像を拾う必要があります。これは相続税申告の要否判断だけでなく、遺産分割で「後から別の土地が出てきた」という事故を防ぐ意味でも重要です。
証券、投資信託、出資金等については、郵便物と残高報告書から追うのが実務的です。裁判所の添付資料案内では、株式、社債、投資信託、保険、出資金等について、証書・証券の写し又は残高証明書等の現状・存在が分かるものを証券会社、保険会社、金融機関等から取得する想定になっています。したがって、家に届いている取引残高報告書、配当通知、特定口座年間取引報告書、証券会社名の封筒などを手掛かりに、各社に照会をかけていくことになります。預貯金と違って、証券は口座が複数社に分散していることも多いため、「通帳がないから金融資産はない」と判断するのは危険です。
保険についても、保険証券や支払通知だけでなく、契約者・被保険者・受取人の関係を確認する必要があります。裁判所の資料でも、保険については証書や内容の分かる資料の提出が想定され、国税庁も相続税関係書類として生命保険金関係書類を挙げています。相続実務では、「保険がある」だけでは足りず、その保険金が遺産分割の対象外の受取人固有財産なのか、解約返戻金相当額のある契約なのか、契約者と保険料負担者は誰かまで見なければなりません。前講で扱ったように、死亡保険金は民事上と税務上で扱いがずれることがあるので、ここでも資料の読み方が重要です。
そして、見落とすと危険なのが負債の調査です。国税庁のチェックシートでは、借入金等(連帯債務を含む)、未納の所得税・固定資産税などの税金、電気料金等の公共料金の未払の有無を確認すべきものとして挙げ、借用書、請求書、金銭消費貸借契約書、納付書、納税通知書、領収書等を確認資料としています。裁判所の財産目録例でも、負債(借金)について、債権者、借入先、返済方法、残高を記載し、ローン契約書や借用書等を添付する前提になっています。したがって、財産調査はプラスの財産集めではなく、借金、税金、未払費用、預り金、保証関係まで含めて全体を洗う作業だと理解しておくべきです。
この負債調査で特に注意すべきなのは、住宅ローンや事業性借入れを表面的に見るだけでは足りないという点です。国税庁は、団体信用生命保険に加入していたことにより返済不要となった住宅ローンを、そのまま債務控除してはいけないと注意しています。つまり、帳簿上はローンがあるように見えても、死亡によって実質的に消えるものがある一方、逆に連帯保証や事業上の偶発債務のように、表から見えにくい負担もあります。したがって、借入金は「契約書があるか」だけでなく、「死亡後も本当に支払義務が残るのか」まで確認しなければなりません。
以上を踏まえると、財産調査の実務的な順番は、①家の中の資料を保全する、②預貯金の残高と必要に応じた取引履歴を取る、③固定資産税資料と登記事項証明書で不動産を洗う、④証券・保険を郵便物と残高資料から追う、⑤負債・未払費用まで含めて裏取りする、という流れで考えると整理しやすいです。これは裁判所や法務局、国税庁が求める確認資料の並びを、実務の動線に置き直したものです。
相続でよくある失敗は、最初から完璧な財産目録を作ろうとして手が止まることです。実際には、最初は「見つかった資料ベースの仮目録」で十分です。通帳何冊、不動産何筆、証券会社何社、保険何件、借入何本、という形でまず棚卸しし、その後に証明資料で確定させていく方が現実的です。裁判所実務でも、残高証明書、通帳写し、登記事項証明書、評価証明書、保険証券等の資料を集めて遺産の中身を固めていく前提になっています。財産調査は、一度で完成させる作業ではなく、資料を積み上げて精度を上げていく作業です。
結局のところ、遺産調査で重要なのは、「思い付き」で探すのではなく、「資料の所在」と「証明の取り方」を意識して順番に洗うことです。通帳だけ見て終わらず、取引履歴まで見る。不動産は住所の記憶だけで済ませず、登記と評価資料で固める。保険や証券は郵便物を手掛かりに契約単位で追う。借金は最後に余力があればではなく、最初から同時並行で確認する。これができると、相続の話合いも、放棄の検討も、税務判断も、一気に現実的になります。
第9講では、この財産調査と並ぶ土台として、相続人調査はどう進めるか|戸籍をどこまでたどればよいのかを扱います。財産が見えても、当事者が確定していなければ、やはり相続は前に進みません。
相続実務では、法定相続人や法定相続分の理解ができていても、肝心の財産調査が雑だと、事件全体が一気に不安定になります。相続は「何を分けるのか」が確定しなければ前に進みませんが、現実には、被相続人が生前に財産目録を残していることは少なく、家族の把握も断片的です。そのため、財産調査は「思い当たるものを何となく探す」のではなく、資料の種類ごとに順番を決めて洗っていく必要があります。裁判所の遺産分割手続案内でも、不動産については固定資産評価証明書や登記事項証明書、預貯金については残高証明書や通帳、株式・投資信託・保険等については証書や残高証明書等を提出資料として挙げており、実務上もこの発想で調査を進めるのが基本です。
財産調査の順番としては、まず家の中に残っている資料を押さえるのが出発点になります。通帳、キャッシュカード、金融機関からの郵便物、証券会社の取引残高報告書、保険証券、固定資産税納税通知書、登記済権利証や登記識別情報通知、借入関係の書類、請求書、納税通知書などは、外部照会の糸口になります。裁判所や国税庁の資料でも、通帳、残高証明書、証券・保険関係資料、固定資産税関係資料、借用書や請求書等が典型的な確認資料として挙げられています。したがって、死亡直後の片付けを先行させるのではなく、まず「何が見つかったか」を一覧化して、資料の散逸を防ぐことが重要です。
そのうえで、実務的には、預貯金から先に洗うことが多いです。理由は、預貯金は金額が見えやすく、かつ生活費・葬儀費用・使込みの疑いなど、紛争の火種になりやすいからです。裁判所の提出資料案内でも、相続人であれば金融機関に申請して残高証明書を取得できるとされており、通帳や証明書には口座名義人、金融機関名、支店名、口座種別、口座番号、直近日の残高が分かる形になっていることが求められています。相続税の資料でも、預貯金・金銭信託等について残高証明書や通帳の写しが典型的な確認資料とされています。
預貯金調査で特に重要なのは、残高だけで終わらせず、必要に応じて取引履歴まで取ることです。最高裁平成21年1月22日判決は、共同相続人の一人が、被相続人名義の預金口座について、他の共同相続人全員の同意がなくても取引経過の開示を求める権利を単独で行使できると判示しています。したがって、相続開始前後に大きな出金がある、長年介護していた相続人が口座管理をしていた、使込みが疑われるといった場面では、単なる残高証明書だけでは足りず、一定期間の入出金履歴を確認する発想が必要です。
次に、不動産調査です。不動産は、相続財産の中で金額が大きいだけでなく、「存在は知っているが中身を正確に把握していない」ということが非常に多い財産です。法務局の相続登記ガイドブックでは、登記事項証明書で権利関係を確認し、固定資産課税明細書や固定資産評価証明書で価格を確認することが案内されていますし、国税庁も、固定資産税の納税通知書に添付される課税明細書や固定資産評価証明書で固定資産税評価額を確認できるとしています。したがって、不動産については、まず固定資産税納税通知書から所在地を拾い、次に登記事項証明書で名義・地番・家屋番号・持分を確認し、さらに評価証明書や課税明細で価格を押さえる、という流れが基本になります。
ここで気を付けたいのは、自宅だけを見て終わらないことです。固定資産税関係資料には、土地、建物、共有持分、賃貸用不動産などが一覧で載っていることがありますし、課税されていない私道や山林、非課税資産、未登記建物などは別途注意が必要です。法務局も、相続登記前に登記事項証明書を取って確認することを勧めています。したがって、被相続人が住んでいた家だけを遺産と決め打ちせず、固定資産税資料と登記資料を突き合わせて、不動産の全体像を拾う必要があります。これは相続税申告の要否判断だけでなく、遺産分割で「後から別の土地が出てきた」という事故を防ぐ意味でも重要です。
証券、投資信託、出資金等については、郵便物と残高報告書から追うのが実務的です。裁判所の添付資料案内では、株式、社債、投資信託、保険、出資金等について、証書・証券の写し又は残高証明書等の現状・存在が分かるものを証券会社、保険会社、金融機関等から取得する想定になっています。したがって、家に届いている取引残高報告書、配当通知、特定口座年間取引報告書、証券会社名の封筒などを手掛かりに、各社に照会をかけていくことになります。預貯金と違って、証券は口座が複数社に分散していることも多いため、「通帳がないから金融資産はない」と判断するのは危険です。
保険についても、保険証券や支払通知だけでなく、契約者・被保険者・受取人の関係を確認する必要があります。裁判所の資料でも、保険については証書や内容の分かる資料の提出が想定され、国税庁も相続税関係書類として生命保険金関係書類を挙げています。相続実務では、「保険がある」だけでは足りず、その保険金が遺産分割の対象外の受取人固有財産なのか、解約返戻金相当額のある契約なのか、契約者と保険料負担者は誰かまで見なければなりません。前講で扱ったように、死亡保険金は民事上と税務上で扱いがずれることがあるので、ここでも資料の読み方が重要です。
そして、見落とすと危険なのが負債の調査です。国税庁のチェックシートでは、借入金等(連帯債務を含む)、未納の所得税・固定資産税などの税金、電気料金等の公共料金の未払の有無を確認すべきものとして挙げ、借用書、請求書、金銭消費貸借契約書、納付書、納税通知書、領収書等を確認資料としています。裁判所の財産目録例でも、負債(借金)について、債権者、借入先、返済方法、残高を記載し、ローン契約書や借用書等を添付する前提になっています。したがって、財産調査はプラスの財産集めではなく、借金、税金、未払費用、預り金、保証関係まで含めて全体を洗う作業だと理解しておくべきです。
この負債調査で特に注意すべきなのは、住宅ローンや事業性借入れを表面的に見るだけでは足りないという点です。国税庁は、団体信用生命保険に加入していたことにより返済不要となった住宅ローンを、そのまま債務控除してはいけないと注意しています。つまり、帳簿上はローンがあるように見えても、死亡によって実質的に消えるものがある一方、逆に連帯保証や事業上の偶発債務のように、表から見えにくい負担もあります。したがって、借入金は「契約書があるか」だけでなく、「死亡後も本当に支払義務が残るのか」まで確認しなければなりません。
以上を踏まえると、財産調査の実務的な順番は、①家の中の資料を保全する、②預貯金の残高と必要に応じた取引履歴を取る、③固定資産税資料と登記事項証明書で不動産を洗う、④証券・保険を郵便物と残高資料から追う、⑤負債・未払費用まで含めて裏取りする、という流れで考えると整理しやすいです。これは裁判所や法務局、国税庁が求める確認資料の並びを、実務の動線に置き直したものです。
相続でよくある失敗は、最初から完璧な財産目録を作ろうとして手が止まることです。実際には、最初は「見つかった資料ベースの仮目録」で十分です。通帳何冊、不動産何筆、証券会社何社、保険何件、借入何本、という形でまず棚卸しし、その後に証明資料で確定させていく方が現実的です。裁判所実務でも、残高証明書、通帳写し、登記事項証明書、評価証明書、保険証券等の資料を集めて遺産の中身を固めていく前提になっています。財産調査は、一度で完成させる作業ではなく、資料を積み上げて精度を上げていく作業です。
結局のところ、遺産調査で重要なのは、「思い付き」で探すのではなく、「資料の所在」と「証明の取り方」を意識して順番に洗うことです。通帳だけ見て終わらず、取引履歴まで見る。不動産は住所の記憶だけで済ませず、登記と評価資料で固める。保険や証券は郵便物を手掛かりに契約単位で追う。借金は最後に余力があればではなく、最初から同時並行で確認する。これができると、相続の話合いも、放棄の検討も、税務判断も、一気に現実的になります。
第9講では、この財産調査と並ぶ土台として、相続人調査はどう進めるか|戸籍をどこまでたどればよいのかを扱います。財産が見えても、当事者が確定していなければ、やはり相続は前に進みません。