第9講 相続人調査はどう進めるか|戸籍をどこまでたどればよいのか

第9講

相続人調査はどう進めるか|戸籍をどこまでたどればよいのか

相続では、財産調査と並んで、いや場合によってはそれ以上に重要なのが相続人調査です。預貯金や不動産の存在が分かっていても、誰がその相続の当事者なのかが確定していなければ、遺産分割協議は有効にできませんし、家庭裁判所の手続にも乗せにくくなります。裁判所の遺産分割調停案内でも、共通の添付書類として、被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍、相続人全員の戸籍、代襲がある場合の追加戸籍などが明示されています。つまり、相続人調査は「念のためやる作業」ではなく、手続の土台そのものです。

まず、なぜ戸籍をそこまで集める必要があるのかという点です。理由は単純で、家族の記憶や現在の付き合いだけでは、法定相続人を確定できないからです。前婚の子、認知した子、養子、代襲相続人、既に亡くなっている相続人の枝などは、見た目の家族関係からは抜け落ちやすい一方で、法律上は決定的に重要です。裁判所は、被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍を求めていますし、子や代襲者に死亡者がいる場合は、その者についても出生から死亡までのすべての戸籍を求めています。これは、「今分かっている相続人」だけでは足りず、「他に相続人がいないこと」まで確認しなければならないからです。

したがって、相続人調査の基本は、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍をそろえることです。ここでいう戸籍には、現在戸籍だけでなく、除籍謄本や改製原戸籍も含まれます。法務局の相続登記ガイドブックでも、相続登記の必要書類として「出生から死亡までの連続した戸籍・除籍謄本」が必要であることが示されています。相続実務でよくある誤りは、死亡時点の戸籍だけ取って安心してしまうことですが、それでは前婚の子や認知の有無などが分からず、相続人調査としては不十分です。

この「出生から死亡まで」というのは、単なる形式ではありません。被相続人が本籍を移していれば戸籍は連続しませんし、法改正や電算化の過程で改製原戸籍が存在することもあります。そのため、現在戸籍だけを見ても、途中の身分関係の変動が抜けることがあります。相続人調査は、現在の戸籍を一枚取って終わるのではなく、その前の戸籍、その前の除籍、その前の改製原戸籍という形で、連続的にさかのぼっていく作業です。裁判所が「出生時から死亡時までのすべての戸籍」と書いているのは、この連続性を要求しているからです。

次に、相続人全員の現在戸籍を取る必要があります。裁判所の案内でも、共通の添付書類として相続人全員の戸籍謄本が挙げられています。これは、被相続人側の戸籍を追って「誰が相続人候補か」を見つけるだけでは足りず、その相続人候補が現在も生存しているか、氏名や本籍に変動がないかを確認する必要があるからです。遺産分割協議書に署名押印する当事者が誰なのかを確定するうえでも、この現在戸籍の確認は欠かせません。

さらに、代襲相続があるときは、戸籍収集の範囲が広がります。裁判所は、被相続人の子やその代襲者で死亡している者がいる場合、その子や代襲者についても出生から死亡までのすべての戸籍を求めています。つまり、被相続人の戸籍だけで足りるのは、子の枝や兄弟姉妹の枝に死亡がない比較的単純な事案だけです。誰かが先に死亡していて、その子や甥姪が関わる可能性があるなら、その枝についても戸籍を連続して追わなければ、代襲相続人の有無が確定しません。

第二順位や第三順位の相続になる場合は、さらに注意が必要です。裁判所の案内では、直系尊属が相続人になる場合には、被相続人の直系尊属に死亡者がいるときの死亡記載のある戸籍が必要とされ、兄弟姉妹や甥姪が相続人になる場合には、被相続人の父母の出生から死亡までのすべての戸籍、直系尊属の死亡記載のある戸籍、さらに死亡している兄弟姉妹の出生から死亡までの戸籍まで求められています。要するに、第三順位相続では「子がいない」「親もいない」ことを戸籍で証明しなければならず、そのために被相続人本人の戸籍だけでは足りなくなるのです。

実務感覚でいうと、戸籍収集は「今見えている相続人を証明する作業」であると同時に、「そのほかに優先する相続人がいないことを証明する作業」でもあります。たとえば兄弟姉妹相続であれば、兄弟姉妹が相続人だと言う前に、被相続人に子がいなかったこと、直系尊属もいないことを確認しなければなりません。だからこそ、第三順位の事案ほど戸籍が増え、調査が重くなります。

戸籍収集の実務で覚えておきたい変化として、戸籍証明書の広域交付があります。法務省は、令和6年3月1日施行の改正により、本籍地以外の市区町村窓口でも戸籍証明書・除籍証明書を請求できるようになったと案内しています。これにより、本籍が各地に散っている案件でも、従来より取り寄せの負担は軽くなりました。もっとも、法務省の案内では、広域交付では顔写真付き身分証明書の提示が必要であり、代理請求は認められていないとされています。つまり、便利にはなったが、誰でも何でも自由に取れるわけではない、ということです。

もっとも、広域交付が使えるようになったからといって、相続人調査が簡単になったわけではありません。取るべき戸籍の範囲が広いこと自体は変わりませんし、どこまで追えば足りるかを見誤ると、結局取り直しになります。相続実務で大事なのは、「取得しやすくなった」ことよりも、「どの枝まで追う必要があるか」を最初に見立てることです。配偶者・子だけの単純相続なのか、代襲があるのか、第二順位なのか、第三順位なのかによって、戸籍の必要範囲はかなり変わります。

そこで実務上有用なのが、法定相続情報証明制度です。法務局は、この制度について、戸除籍謄本等の束と相続関係を一覧にした図を提出すると、登記官の認証文付き一覧図の写しを交付し、その写しを各種相続手続に利用できると案内しています。家庭裁判所も、申立前に戸籍等に代えて「法定相続情報一覧図の写し」を提出できる場合があるとし、名古屋家庭裁判所などは、できる限り認証文付き法定相続情報一覧図の提出をお願いしていると案内しています。つまり、戸籍収集そのものが不要になるわけではありませんが、一度きちんとそろえて一覧図を取れば、その後の銀行、登記、裁判所対応で束ごとの戸籍提出を繰り返す負担を減らせます。

相続人調査でありがちな失敗は、戸籍を集めること自体が目的になってしまうことです。本来の目的は、法定相続人を確定し、相続関係説明図や法定相続情報一覧図に落とせる状態にすることです。したがって、戸籍を取ったら終わりではなく、誰が被相続人のどの身分関係に当たり、誰が死亡しており、どこで代襲が発生し、最終的に誰が現在の相続人なのかを図にして整理する必要があります。相続人調査は、戸籍の束を作る作業ではなく、相続関係を可視化する作業です。

また、相続人調査は早い段階でやるほど効果があります。相続人の一部が不明なまま財産調査だけ先に進めると、「話がまとまりかけたところで別の相続人が見つかった」「実は前婚の子がいた」「甥姪の代襲が必要だった」という形でやり直しになりやすいからです。裁判所も、申立前に入手できない戸籍は申立後に追加提出して差し支えないとしていますが、それはあくまで手続上の救済であって、相続人調査が後回しでよいという意味ではありません。むしろ、全体の見通しを立てるためには、戸籍の射程を早めに見切ることが重要です。

結局のところ、相続人調査の基本はこう整理できます。まず、被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍をそろえる。次に、現在の相続人全員の戸籍を取る。代襲があれば、その枝の出生から死亡までを追う。第二順位・第三順位になりそうなら、直系尊属や兄弟姉妹の枝まで広げる。そして、最終的には相続関係説明図や法定相続情報一覧図に落として、誰が当事者かを一枚で見える形にする。これができると、遺産分割協議、相続登記、預金解約、家庭裁判所手続まで、一気に進めやすくなります。

第10講では、相続人と財産の土台が見えてきたところで、遺言書があるかもしれないとき|自筆証書・公正証書・秘密証書の違いに進みます。相続の流れは、遺言の有無で大きく分かれます。

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