第10講 遺言書があるかもしれないとき|自筆証書・公正証書・秘密証書の違い

第10講

遺言書があるかもしれないとき|自筆証書・公正証書・秘密証書の違い

相続の流れは、遺言があるかないかで大きく変わります。相続人や法定相続分が分かっていても、遺言があれば、その内容が出発点になる場面があるからです。他方で、遺言があるといっても、どの方式で作られているかによって、発見後の動き方、検認の要否、紛争の起こりやすさはかなり違います。民法は、遺言の方式として自筆証書、公正証書、秘密証書の三つを定めています。したがって、「遺言書があった」という一点だけでは足りず、まずその遺言がどの方式なのかを見極める必要があります。

まず、自筆証書遺言は、遺言者本人が作成する方式です。法務省・法務局の案内でも、自筆証書遺言は一人で作成でき、手軽で自由度が高いことが特徴とされています。他方で、自分で作る方式である以上、方式違反で無効になったり、紛失・隠匿・破棄といった危険が生じやすいという弱点があります。したがって、自筆証書遺言は「作りやすいが、残し方と見つかった後の扱いを誤ると不安定になりやすい方式」だと理解しておくのが実務的です。

これに対し、公正証書遺言は、公証人が関与して作成する方式です。法務省の公証制度の説明や法務局の比較資料では、遺言者が公証人に遺言の趣旨を述べ、公証人が法定の方式に従って書面化するものであり、証人二名以上の立会いが必要とされています。原本が公証役場に保管されるため、紛失や改ざんの危険が小さく、自筆証書遺言より安全性が高いのが大きな特徴です。その代わり、費用や手間がかかり、内容を完全に一人だけの秘密にしたまま作る方式ではありません。

秘密証書遺言は、法律上は今も認められている方式です。民法は自筆証書、公正証書、秘密証書の三方式を置いており、法務局の資料でもその三つが並べて示されています。秘密証書遺言の特徴は、内容を第三者に秘密にしたまま遺言書の存在について公証人と証人の関与を受ける点にあります。したがって、方式としては存在するものの、日常相談ではまず自筆証書遺言と公正証書遺言を中心に考えることが多く、秘密証書遺言は「法律上あり得るが、最初に思い浮かべるべき中心類型ではない」という位置付けで理解しておくと整理しやすいです。

相続の現場で最も大事なのは、方式ごとの優劣を抽象的に覚えることではなく、見つけた後に何が違うかを押さえることです。ここで決定的なのが検認です。裁判所は、遺言書の保管者又はこれを発見した相続人は、遺言者の死亡を知った後、遅滞なく家庭裁判所に提出して検認を請求しなければならないと案内しています。ただし、公正証書遺言のほか、法務局で保管されている自筆証書遺言について交付される「遺言書情報証明書」は、検認が不要です。つまり、自宅保管の自筆証書遺言と、公正証書遺言・法務局保管の自筆証書遺言とでは、死亡後の初動が変わるのです。

この検認についても、誤解が多いところです。裁判所は、検認とは、相続人に遺言の存在と内容を知らせ、遺言書の形状や日付、署名、加除訂正の状態などを明確にして、偽造・変造を防止するための手続であり、遺言の有効・無効を判断する手続ではないと明示しています。したがって、「検認を受けたから有効」「検認を受ければ内容が正しいと裁判所が認めた」という理解は誤りです。検認はあくまで保全と現状確認の手続であって、遺言能力や方式違反、内容の有効性そのものは別の問題です。

また、自宅で見つかった遺言書をどう扱うかも重要です。裁判所は、封印のある遺言書は家庭裁判所で相続人等の立会いの上で開封すべきであると案内しています。したがって、「中身が気になるからとりあえず家族で開けてみる」という対応は避けた方がよい場面があります。特に自筆証書遺言は、誰がどう発見し、どの状態で保全したのかがその後の紛争に直結しやすいため、遺言らしいものを見つけた時点で、まず方式を見極め、勝手に手を入れないという姿勢が大切です。

ここで、自筆証書遺言の扱いを安定させる制度として重要なのが、法務局の自筆証書遺言書保管制度です。法務省は、この制度について、法務局で適正に管理・保管されるため、紛失や亡失のおそれがなく、相続人等による破棄・隠匿・改ざんの防止が期待できると案内しています。また、法務局保管の自筆証書遺言は、相続開始後、相続人等が証明書の交付や閲覧を請求でき、裁判所の検認も不要になります。つまり、自筆証書遺言は不安定だという一般論だけで終わるのではなく、保管制度を利用しているかどうかで、実務上の安全性はかなり変わります。

他方で、公正証書遺言だから何も争いが起きない、というわけでもありません。法務省は、公正証書遺言について、自筆証書遺言よりも安全性が高いと説明していますが、それは主として方式面や保管面の話です。遺言能力があったのか、内容が他の法理に照らして問題ないのか、遺留分の問題が残らないのかといった争点は、公正証書遺言でも別途生じ得ます。したがって、公正証書遺言は「方式の争いを減らしやすい方式」ではあっても、「紛争を完全に消す方式」ではありません。

実務での見方をまとめると、自筆証書遺言は、本人だけで作りやすい反面、方式・保管・発見後の扱いに弱点がある方式です。公正証書遺言は、公証人と証人の関与、原本保管という点で安定性が高い方式です。秘密証書遺言は、法律上の選択肢として存在するが、内容を秘密にしたいという特質を持つ特殊な位置の方式です。そして、相続開始後の動き方としては、自宅保管の自筆証書遺言は検認を要し、公正証書遺言と法務局保管の自筆証書遺言は検認不要、という違いがまず重要になります。

相続の初動で遺言がありそうなときに必要なのは、内容にすぐ飛びつくことではありません。まず、どの方式かを確認すること。次に、自宅保管の自筆証書遺言なら、検認を前提に保全すること。公正証書遺言なら、公証役場での確認可能性も視野に入れること。法務局保管の自筆証書遺言なら、遺言書情報証明書や閲覧手続を利用すること。この順番が分かっていると、発見直後の混乱をかなり減らせます。

第11講では、このうち実務で最も紛争になりやすい自筆証書遺言の見方|有効・無効が分かれるポイントに進みます。日付、署名、加除訂正、財産目録、保管状況など、細部がそのまま有効性の争点になりやすい分野です。

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