第11講 自筆証書遺言の見方|有効・無効が分かれるポイント

第11講

自筆証書遺言の見方|有効・無効が分かれるポイント

自筆証書遺言は、相続実務で最もよく出てくる遺言方式である一方、最も揉めやすい方式でもあります。理由は単純で、本人だけで作れる反面、方式違反がそのまま無効主張の入口になりやすいからです。民法968条は、自筆証書遺言について、全文、日付、氏名を遺言者が自書し、押印することを基本形として定めています。また、財産目録は自書でなくてもよいが、その場合は各頁に署名押印が必要であり、さらに加除その他の変更には別の厳格な方式が置かれています。したがって、自筆証書遺言を見るときは、まず内容の善し悪しより前に、方式が整っているかを点検する必要があります。

まず最初に見るべきなのは、遺言本文そのものが本人の自書かという点です。法務省や法務局の案内でも、自筆証書遺言は、全文、日付、氏名を遺言者が自書するのが原則とされています。ここでいう「全文」は重く、本文部分を他人が代筆してしまうと、方式違反が問題になります。もっとも、2019年の改正以降は、財産目録については自書でなくてもよく、パソコンで作成したり、通帳や登記事項証明書のコピーを添付したりすることができるようになりました。したがって、本文と財産目録を分けて見ないと、どこが自書必須部分で、どこが例外なのかを見誤ります。

次に重要なのが、日付の記載が特定可能かという点です。法務省は、遺言の作成日付は、日付が特定できるよう正確に記載すべきであり、「令和3年3月吉日」のような記載は不適当だと明示しています。自筆証書遺言では、いつ作られたものかが非常に重要です。複数の遺言がある場合の先後関係、遺言能力の有無の判断時点、方式の存在時期などに直結するからです。したがって、日付は単なる飾りではなく、曖昧だと無効主張の有力な入口になります。

そして、署名と押印も外せません。法務省・法務局の案内はいずれも、全文、日付、氏名の自書に加えて押印が必要であることを明示しています。実際、裁判所の公表裁判例でも、遺言書本体に押印がなく、封筒の封じ目の印だけでは足りないとして、自筆証書遺言が無効とされた事例が紹介されています。つまり、「名前は書いてあるからよい」「封筒に印があるから足りるだろう」という発想は危険です。自筆証書遺言は、見た目には簡単でも、最後の署名押印が崩れると一気に不安定になります。

もっとも、ここで注意すべきなのは、方式違反がありそうに見えても、直ちに全部無効とは限らない場面があることです。たとえば、数枚にわたる自筆証書遺言について、すべての頁に日付・署名・押印がなくても、数葉が一通の遺言書として作成されたことが確認できれば、その一部に適法な日付・署名・押印があれば有効となり得る、という最高裁昭和36年6月22日判決の考え方が、裁判所公表裁判例でも確認されています。つまり、形式だけを頁単位で機械的に見るのではなく、全体として一通性が認められるかも見なければなりません。

この「一通性」は、実務上かなり重要です。裁判所公表裁判例では、複数枚の用紙について、同じ便箋、同じ筆記具、内容の連続性、封筒での一体保管などを踏まえて、一通の遺言書として認めています。逆に言えば、紙がばらばらで、内容の連続性も弱く、どの紙がどの遺言に属するのか判然としない場合には、方式を満たしているように見えても争われやすくなります。自筆証書遺言では、条文だけでなく、現物の作り方・綴じ方・保管のされ方までが後で効いてきます。

2019年改正後に特に増えた論点が、自書でない財産目録の各頁に署名押印があるかです。法務省・法務局は、パソコン作成の目録や通帳コピー等を添付する場合、各頁に署名押印が必要であり、両面に記載があるときは両面にまたがって必要になる旨を案内しています。したがって、本文はきれいに整っていても、別紙目録の末尾だけに一度署名押印して終わっているような遺言は、その目録部分の方式不備が問題になります。ここは改正後の実務で最も見落とされやすい落とし穴の一つです。

ただし、この財産目録の不備も、常に遺言全部を無効にするとは限りません。裁判所公表の令和3年の裁判例では、ワープロ打ちの財産目録に署名押印がなく、目録自体は無効としつつも、その目録が付随的・付加的意味にとどまり、目録を除外しても遺言の趣旨が十分理解できる場合には、遺言全体が当然に無効となるものではないと整理されています。その判断過程では、最高裁令和3年1月18日判決が指摘した「必要以上に方式を厳格に解すると、かえって遺言者の真意の実現を阻害する」という発想も引用されています。つまり、財産目録の方式不備は重大ですが、遺言全体への波及は、本文との関係次第です。

さらに実務でよく問題になるのが、書き間違い後の訂正や書き足しです。民法968条3項について、法務省・法務局は、加除その他の変更をするには、その場所を示し、変更した旨を付記して署名し、変更箇所に押印する必要があると案内しています。単に二重線で消しただけ、横に書き足しただけ、余白に矢印を引いただけでは足りないことがあります。自筆証書遺言は、書きながら内容を直したくなるのが自然ですが、訂正方法が条文どおりでないと、後から「その修正は有効か」が大きな争点になります。

したがって、自筆証書遺言を見るときは、本文だけでなく、訂正痕、追記、削除線、押印位置まで見る必要があります。家庭裁判所の検認手続が、遺言書の形状、日付、署名、加除訂正の状態を確認対象としているのも、このためです。検認は有効・無効を決める手続ではありませんが、まさにどこにどう直しが入り、どのような現物状態にあるかを明らかにする手続です。訂正が多い自筆証書遺言ほど、現物確認の意味は大きくなります。

また、法務局保管制度を使っているから内容まで安全というわけではない点も重要です。法務局は、自筆証書遺言書保管制度について、紛失・隠匿・改ざん防止の効果や、検認不要のメリットを案内する一方で、保管所は遺言内容そのものの有効性や適否について審査しないと明示しています。つまり、保管制度は「なくなる」「書き換えられる」「見つからない」といった物理的リスクを減らす制度であって、遺言能力や内容の明確性、実体法上の有効性を保証する制度ではありません。保管されているから安心、で思考停止すると危険です。

実務感覚でいえば、自筆証書遺言の有効性チェックは、まず①本文が本人の自書か、②日付が特定可能か、③氏名の自書と押印があるか、④別紙目録があるなら各頁に署名押印があるか、⑤訂正・追加が方式どおりか、⑥複数枚なら一通性が認められるかという順番で見ると整理しやすいです。これらのどこかが崩れると無効主張が入りやすくなりますが、他方で、形式不備があっても本文部分だけで趣旨が明確に読めるときは、全部無効とまではいえない場合もあります。つまり、自筆証書遺言の判断は、厳格さと真意尊重の両方をにらみながら進みます。

結局のところ、自筆証書遺言は「手軽だから強い」のではなく、方式を外すと一気に弱くなるが、方式を押さえれば非常に強いという性質のものです。しかも、争いは条文の抽象論ではなく、現物の紙面、日付の書き方、印影、訂正痕、別紙目録の署名押印といった細部から始まります。自筆証書遺言を見たときは、まず内容の公平不公平を論じる前に、この方式面の点検を丁寧にするべきです。

第12講では、これと対照的に、公正証書遺言の強みと限界|争いにくいが万能ではない理由を扱います。公正証書遺言は自筆証書遺言より安定しやすいものの、それでも残る争点があります。

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