第12講 公正証書遺言の強みと限界|争いにくいが万能ではない理由

第12講

公正証書遺言の強みと限界|争いにくいが万能ではない理由

公正証書遺言は、相続実務において最も「安定しやすい」遺言方式です。もっとも、それは「どんな場合でも争えない」という意味ではありません。自筆証書遺言よりはるかに崩れにくいのは確かですが、なお残る争点もあります。したがって、公正証書遺言を理解するときは、「強い方式」であることと、「無敵ではない」ことを同時に押さえる必要があります。

まず、公正証書遺言の出発点は、遺言者が一人で紙を書く方式ではなく、公証人が法定方式に従って作成する方式だということです。民法969条は、公正証書遺言について、証人2人以上の立会いがあること、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授することなどを要件として置いています。法務省も、公正証書遺言は公証人が法定の方式に従って作成するものであり、自筆証書遺言より安全・確実だと説明しています。つまり、公正証書遺言の強みは、最初から第三者である公証人と証人が関与し、方式の土台が外れにくいところにあります。

この方式面の強さは、自筆証書遺言と比べると非常に大きいです。自筆証書遺言では、全文自書、日付、署名、押印、訂正方式など、細かい方式違反がそのまま無効主張につながります。これに対し、公正証書遺言では、公証人が関与するため、少なくとも「本人が書き忘れた」「押印が抜けた」「日付が曖昧だった」といった初歩的な形式事故は起こりにくくなります。法務局の比較資料でも、公正証書遺言は形式不備等により無効になるおそれがなく、原本保管の点でも紛失・隠匿・偽造のおそれがないと整理されています。

さらに、公正証書遺言の大きな強みは、原本保管です。法務局の案内では、公正証書遺言の原本は公証役場で厳重に保管されるとされています。自宅保管の自筆証書遺言のように、「見つからない」「誰かが破ったのではないか」「書き換えられたのではないか」といった物理的な争いが生じにくいのは、この原本保管があるからです。相続実務では、内容そのものの争い以前に、現物の所在や真正をめぐって消耗することが少なくありませんから、この点は非常に実務的な強みです。

また、公正証書遺言は検認が不要です。裁判所は、遺言書の保管者又はこれを発見した相続人は原則として家庭裁判所に検認を請求しなければならないが、公正証書遺言のほか法務局保管の自筆証書遺言については検認不要であると案内しています。したがって、公正証書遺言は、相続開始後の初動でもたつきにくく、遺言執行や不動産登記、金融機関手続に入りやすいという利点があります。実務上、「強い遺言」と言われる理由のかなりの部分は、この検認不要と原本保管にあります。

しかも、公正証書遺言では、公証人が遺言能力や遺言内容の有効性の確認、内容の助言等を行うと法務局資料で案内されています。つまり、公正証書遺言は、単に紙をきれいに作る制度ではなく、作成段階である程度の法的チェックが入る仕組みでもあります。このため、財産の特定が曖昧すぎる、文言が不自然である、方式に重大な齟齬があるといった問題は、自筆証書遺言より前段階で修正されやすいといえます。ここも、公正証書遺言が「争いにくい」大きな理由です。

もっとも、公正証書遺言にも弱点はあります。まず、費用と手間がかかりますし、証人2名が必要である以上、内容を完全に一人だけの秘密にしたまま作る方式ではありません。法務局の比較資料でも、公正証書遺言は証人2名が必要で、内容を秘密にできないとされています。したがって、「安全性は高いが、手軽さや秘匿性では自筆証書遺言に劣る」というのが基本的な見方です。

そして何より重要なのは、公正証書遺言でも無効確認訴訟や争いは起こり得るという点です。実際、裁判所公表の事案でも、公正証書遺言について、遺言能力を欠いていたのではないか、口授がなかったのではないか、方式に違反があるのではないかと争われた例があります。その事件では最終的に無効主張は退けられていますが、逆にいえば、公正証書遺言であっても「方式面の争いが減る」だけで、遺言能力や作成状況をめぐる争いがゼロになるわけではないことを示しています。

また、公正証書遺言が有効でも、遺留分の問題は別に残ります。法務省の相続法改正資料でも、遺留分制度は遺言の内容を一部無効にする効力を有するものとして整理されています。つまり、「公正証書にしておけば全財産をそのまま特定の一人に確定的に渡せる」とは限りません。方式としては完璧でも、兄弟姉妹以外の法定相続人に遺留分がある場面では、後に遺留分侵害額請求が問題になる余地があります。公正証書遺言は、遺言そのものを強くはしますが、遺留分制度まで消すわけではありません。

さらに、公正証書遺言でも、内容の設計が甘ければ実務で詰まります。たとえば、財産の特定が粗い、将来の事情変更を織り込んでいない、予備的な受遺者・相続人の指定がない、といった場合には、方式が整っていても執行段階で解釈問題が生じやすくなります。これは公正証書遺言の制度自体の欠陥というより、「公正証書にした」ことと「内容設計が十分である」ことは別問題だという意味です。公証人の関与があるため自筆証書遺言よりは整理されやすいものの、内容の周到さまで自動的に保証されるわけではない、という理解が実務的です。これは、公証人が内容の有効性確認や助言を行う一方で、最終的な紛争可能性自体を制度が消してはいないことから導かれる整理です。

結局のところ、公正証書遺言の強みは明確です。公証人と証人が関与し、法定方式が外れにくい。原本が公証役場に保管され、紛失・改ざんの危険が小さい。検認が不要で、相続開始後の執行に乗せやすい。こうした点で、自筆証書遺言より一段強いのは間違いありません。けれども、その強さは「争点を減らす強さ」であって、「すべての争いを封じる強さ」ではありません。遺言能力、作成時の状況、内容解釈、遺留分といった論点は、なお残り得ます。だからこそ、公正証書遺言は万能だから作るのではなく、「争点をなるべく方式面から減らすために作る」のだと理解するのが適切です。

第13講では、ここから一歩進めて、遺言書を見つけたら開けてよいのか|検認が必要な場合と不要な場合を扱います。遺言の方式ごとの違いが、発見後の初動にどう影響するかを整理します。

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