第19講 限定承認とは何か|使いにくいが知っておくべき制度

第19講

限定承認とは何か|使いにくいが知っておくべき制度

相続放棄とよく並べて語られる制度に、限定承認があります。裁判所は、相続開始後の選択肢として、単純承認、相続放棄、限定承認の三つを挙げたうえで、限定承認を、被相続人の債務がどの程度あるか不明であり、財産が残る可能性もある場合等に、相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐものと説明しています。つまり、相続放棄のように全部を切り捨てるのではなく、相続財産の範囲内でだけ責任を負う形で相続を受ける制度です。

この制度の核は、民法922条の考え方にあります。限定承認とは、相続人が、相続によって得た財産の限度でのみ被相続人の債務や遺贈を弁済することを留保して相続を承認する仕組みです。したがって、プラス財産とマイナス財産のどちらが多いか分からないが、もし財産が残るなら全部捨てるのは惜しい、という場面で理屈上は非常に魅力があります。相続放棄だと一切を受け継がない代わりに、後からプラス財産が見つかっても受けられませんが、限定承認なら清算後に残りがあれば受け取る余地があるからです。

もっとも、限定承認が実務で重く見える最大の理由は、相続人全員が共同して行わなければならない点です。裁判所の手続案内でも、申述人について「相続人全員が共同して行う必要があります」と明記されています。相続放棄が各相続人の単独判断でできるのと違い、限定承認は一人でも足並みがそろわなければ前に進みにくいのです。この一点だけでも、制度としては合理的でも、実際には使いにくい理由がよく分かります。

期限も相続放棄と同じく厳格です。裁判所は、限定承認の申述は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければならないと案内しています。しかも、その3か月の中で、相続人全員の意向を調整し、必要書類を集め、財産と負債の全体像もある程度見なければなりません。相続放棄より理屈が繊細な制度なのに、期限は同じだけ短いので、ここでも実務上の負担は大きくなります。

申述先は、被相続人の最後の住所地の家庭裁判所です。費用は、裁判所案内では収入印紙800円分と連絡用の郵便切手とされています。また、添付書類として、被相続人の出生から死亡までのすべての戸籍、住民票除票又は戸籍附票、申述人全員の戸籍などが標準的に求められています。つまり、限定承認は「とりあえず意思表示だけ出せばよい」制度ではなく、相続人調査の土台をきちんと固めたうえで入る手続です。

さらに、限定承認は申述して終わりではありません。e-Gov法令検索の民法の条文表示でも、民法927条は、限定承認者が限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者及び受遺者に対して限定承認をしたことと一定期間内の請求申出を公告しなければならないと定めています。ここから分かるのは、限定承認は家庭裁判所への申述だけの制度ではなく、その後に清算手続が続く制度だということです。私見ではなく条文構造からいえば、これが限定承認を「理屈は良いが重い制度」にしている核心です。

だからこそ、限定承認が向くのは、単に借金が怖いという場面より、むしろ負債額が不明だが、残したい財産や捨て切れない財産がある場面です。裁判所自身も、「債務がどの程度あるか不明であり、財産が残る可能性もある場合等」に限定承認を位置付けています。たとえば、実家や事業用資産など、全面放棄は避けたいが、単純承認で無限に責任を負うのも危険、という場面では、理屈上もっとも適合しやすいのが限定承認です。

他方で、相続人間の関係が悪い、人数が多い、戸籍収集に時間がかかる、財産資料が散逸している、といった事案では、限定承認は一気に扱いにくくなります。なぜなら、全員共同が必要で、3か月以内に判断しなければならず、その後も公告・清算まで進める必要があるからです。これは上の手続要件から導かれる実務的な評価であり、制度の建付け自体が、相続放棄よりはるかに重いことを示しています。

結局のところ、限定承認とは、相続財産の範囲内でのみ責任を負う形で相続を受ける制度です。全部を捨てる相続放棄と違って、残余財産を確保できる可能性がある反面、相続人全員の共同申述、3か月の熟慮期間、戸籍等の整備、その後の公告・清算という重い手続が伴います。だから「知っておくべき制度」ではあるが、「気軽に選べる制度」ではないのです。

第20講では、これと対照的に、単純承認とは何か|知らないうちに相続を承認してしまう場面を扱います。相続では、何もしなくても承認したことになる場面があり、ここを外すと放棄も限定承認も間に合わなくなります。

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