第18講 相続放棄の期限はいつまでか|3か月の熟慮期間をどう考えるか
第18講
相続放棄の期限はいつまでか|3か月の熟慮期間をどう考えるか

相続放棄の実務で最も事故が多いのは、放棄できるかどうかそのものより、いつまでにしなければならないのかの理解を誤ることです。裁判所は、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月の熟慮期間内に、単純承認、限定承認又は相続放棄をしなければならないと案内しています。したがって、相続放棄は「そのうち考えればよい」制度ではなく、最初から期限管理を要する制度です。
ここで大事なのは、3か月の起算点が、単純に被相続人の死亡日そのものとは限らないということです。裁判所の案内や裁判所資料では、申述期間は、相続開始の原因事実である被相続人の死亡を知り、かつ、それによって自分が法律上相続人になったことを知ったときから進むと整理されています。したがって、死亡の事実だけを知っていても、自分が相続人になる立場だと認識していなかった特殊事情がある事案では、そこが問題になります。他方で、通常の近親者相続では、死亡の認識と相続人性の認識はほぼ同時に生じることが多いため、実務上は死亡を知った時点から急いで動くのが安全です。
さらに重要なのは、この3か月は、財産や負債の全貌を知ってから始まる期間ではないということです。最高裁判例として裁判所に掲載されている資料でも、相続財産の全部又は一部の存在を認識した時から起算すべきではないという考え方が示されており、裁判所の一般案内も、まず3か月の熟慮期間を置き、その間に調査して判断する構造を前提にしています。つまり、「まだ借金の有無が分からないから、3か月は始まっていない」と安易に考えるのは危険です。原則は、相続開始を知ったら3か月が進み、その間に調査し、必要なら放棄や期間伸長を申し立てる、という流れです。
もっとも、3か月で決め切れない案件があることは、裁判所も制度として予定しています。裁判所は、熟慮期間内に相続財産の状況を調査しても、なお承認・放棄・限定承認のいずれをするか決定できない場合には、家庭裁判所が申立てによりこの3か月の期間を伸長できると案内しています。申立先は被相続人の最後の住所地の家庭裁判所で、費用は収入印紙800円分と郵便切手が基本です。したがって、借金の有無が怪しい、資料が散逸している、遠方の不動産や事業関係があって調査に時間がかかる、といった事案では、「まだ分からないのに3か月が過ぎた」という事態を避けるため、放棄の前にまず期間伸長を使う発想が極めて重要です。
実務上は、期限ぎりぎりでも、何もしないより先に申述や申立てを出す方がはるかに重要です。裁判所の相続放棄案内資料には、熟慮期間の末日が迫っている場合は、添付書類が全部そろっていなくても、申述書とその時点でそろえられた書類を先に提出して受付手続を済ませるよう案内しているものがあります。もちろん最終的には必要書類を補う必要がありますが、期限徒過を避けるという意味では、この実務感覚は非常に大きいです。相続放棄では、「書類が全部そろってから出そう」と考えているうちに期間を過ぎるのが一番危険です。
また、後から債務が発覚した場合の扱いも、完全に一律ではありません。裁判所の相続放棄案内資料には、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じるにつき相当な理由があると認められるときは、相続人が相続財産の全部又は一部の存在を知った時又は通常であれば知り得た時から3か月以内であれば申述できるとする最高裁判例の考え方が紹介されています。したがって、「死亡から3か月経過後に債権者から突然請求が来たら、もう絶対に無理」とまでは言い切れません。ただし、これは例外的な判例運用が問題になる領域であって、誰でも当然に使える一般ルールではありません。裁判所資料も、そのような場合はできるだけ早く家庭裁判所の手続案内に相談するよう促しています。
結局のところ、相続放棄の期限を考えるときは、三つの層で整理すると分かりやすいです。第一に、原則は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月」であること。第二に、調査が終わらないなら、3か月の中で期間伸長を申し立てること。第三に、例外的に後発債務の発覚などで判例運用が問題になる余地はあるが、それに期待して漫然と放置しないことです。相続放棄は、制度としてはシンプルでも、期限管理を誤ると一気に難しくなります。だからこそ、死亡後しばらくは「放棄するかどうかまだ分からない」という段階でも、時計だけは止まっていないと理解しておくべきです。
第19講では、ここでよく比較対象になる限定承認とは何か|使いにくいが知っておくべき制度を扱います。放棄と承認の中間にある制度ですが、実務では独特の難しさがあります。