第20講 単純承認とは何か|知らないうちに相続を承認してしまう場面

第20講

単純承認とは何か|知らないうちに相続を承認してしまう場面

相続では、「承認する」と明言しなくても、法律上は単純承認したものとみなされる場面があります。ここが相続放棄や限定承認との分水嶺です。民法は、相続人が単純承認をしたとみなされる場合を定めており、代表的には、相続財産の全部又は一部を処分したとき熟慮期間内に限定承認又は相続放棄をしなかったとき、さらに放棄や限定承認の後でも相続財産の全部又は一部を隠匿し、私に消費し、又は悪意でこれを財産目録中に記載しなかったときが挙げられています。裁判所の案内でも、3か月以内に相続放棄や限定承認をしなければ単純承認になるという構造が示されています。 (laws.e-gov.go.jp) (courts.go.jp)

まず、単純承認の意味そのものを押さえる必要があります。単純承認とは、被相続人の権利義務をそのまま無限定に承継することです。相続放棄のように一切を受け継がないわけでもなく、限定承認のように相続財産の限度で責任を負うわけでもありません。したがって、単純承認になると、被相続人に積極財産があればそれも受け継ぎますが、負債もそのまま引き受ける前提になります。だからこそ、放棄や限定承認を考える局面では、「もう単純承認したことになっていないか」を先に点検しなければなりません。 (laws.e-gov.go.jp)

もっとも典型的なのは、3か月の熟慮期間を過ぎてしまう場合です。民法915条1項と921条2号の組合せにより、相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなければ、原則として単純承認したものとみなされます。裁判所も、相続開始後に取り得る選択肢として放棄や限定承認を挙げつつ、これらは3か月以内に家庭裁判所へ申述する必要があると案内しています。つまり、何もしないことは「保留」ではなく、原則として単純承認に近づいていく行為です。 (laws.e-gov.go.jp) (courts.go.jp)

次に問題になるのが、相続財産の処分です。民法921条1号は、相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときは単純承認したものとみなす一方で、保存行為及び民法602条に定める期間を超えない賃貸は除くとしています。つまり、すべての行為が直ちに処分になるわけではありませんが、財産を自分のものとして動かすような行為は、放棄や限定承認と両立しにくいのです。 (laws.e-gov.go.jp)

この「処分」は、実務では非常に広く事故の原因になります。典型例は、被相続人名義の預金を解約して生活費に回す、不動産を売却する、遺産を持ち帰って自分の所有物として使う、といった場面です。裁判所公表の名古屋高裁平成26年9月18日判決でも、亡B名義不動産について所有権移転登記を経た上で売却した行為は、民法921条1号本文の相続財産の処分行為に当たり、単純承認の効果が生じると判断されています。しかも同判決は、相続財産の処分行為があった以上、熟慮期間中であってもその後に相続放棄をすることはできないとしています。つまり、「まだ3か月以内だから大丈夫」とは限らず、その前に処分してしまえば、もう放棄の道が閉じることがあるのです。 (courts.go.jp)

他方で、何らかの行為をしたらすべて処分になるというわけでもありません。民法が明文で保存行為を除外しているとおり、相続財産の現状維持や価値保全のための行為まで一律に単純承認に結び付くわけではありません。実際、裁判所公表の大阪高裁平成14年7月3日判決では、別件確認訴訟の提起について、権利関係を防衛的に確認するためのものであり、一般的に管理行為ないし保存行為と見るべきであって、単純承認事由たる処分行為には当たらないと判断されています。したがって、重要なのは「何かしたか」ではなく、「それが保存・管理の範囲を超えて、相続財産を自己のものとして動かす行為か」という見極めです。 (laws.e-gov.go.jp) (courts.go.jp)

さらに厳しいのが、放棄や限定承認の後でも単純承認とみなされる場合があることです。民法921条3号は、相続人が限定承認又は相続放棄をした後でも、相続財産の全部又は一部を隠匿し、私に消費し、又は悪意でこれを財産目録中に記載しなかったときは、単純承認したものとみなすと定めています。つまり、放棄したからもう終わり、限定承認をしたから安全、というわけではなく、その後の振る舞い次第では、自らその効果を壊してしまうことがあります。これは、制度の濫用や債権者・他の利害関係人に対する不誠実を防ぐための厳しいルールです。 (laws.e-gov.go.jp)

相続放棄との関係で実務上ありがちなのは、「放棄はしたいが、通帳の残金だけは先に引き出しておきたい」「形見分けのつもりで高価な物だけ持って帰りたい」という発想です。しかし、単純承認の問題は、本人の主観的な言い訳より、外形的に相続財産を自分のために処分したかで問われやすい面があります。前記名古屋高裁判決も、遺産の構成について錯誤があったという主張を退けています。実務的には、「自分ではちょっと動かしただけのつもり」が、後で放棄不能の原因になることがある、という理解でいた方が安全です。 (courts.go.jp)

だからこそ、相続開始後しばらくは、相続人として振る舞い過ぎないことが重要です。放棄や限定承認の可能性が少しでもあるなら、預金解約、売却、名義変更、高額動産の持ち帰り、遺産の私的消費といった行為は慎重に考えるべきです。逆に、建物の腐敗防止、最低限の保管、権利を失わないための防衛的措置など、保存行為にとどまるものは、条文上も処分から除外されています。したがって、相続開始直後の実務では、「何をしてよいか」を考えるより、「どこから先が危険か」を先に知っておく方が重要です。 (laws.e-gov.go.jp)

結局のところ、単純承認とは、明示の意思表示だけで成立するものではなく、期限徒過相続財産の処分、さらには隠匿・私消費・悪意の目録不記載といった行為によっても法定されるものです。相続放棄や限定承認を検討している場面では、「今はまだ何も決めていない」と本人が思っていても、法律上は既に単純承認の方向へ進んでしまっていることがあります。相続の初動で大切なのは、何を受け取るかを考える前に、知らないうちに承認したことになっていないかを常に意識することです。 (laws.e-gov.go.jp)

第21講では、ここから相続の本流に戻って、遺産分割とは何か|相続人全員で話し合うとはどういうことかを扱います。放棄や限定承認をしない場合、共同相続人は共有状態に立つことになり、そこから分割の問題が始まります。

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