第33講  会社員の逸失利益|給与所得者では何が問題になるか

第33講
会社員の逸失利益|給与所得者では何が問題になるか

後遺障害の逸失利益を考える場面で、もっとも典型的なのが会社員、つまり給与所得者のケースです。事故前に安定した給与収入があり、源泉徴収票や給与明細などで現実の収入が把握しやすいため、一見すると計算しやすい類型に見えます。しかし、実務では会社員特有の難しさがあります。

まず、基礎収入については、事故前の現実収入が出発点になります。通常は、事故前年の年収や症状固定前後の収入状況をもとに判断します。賞与を含めた総支給額ベースで検討されることが多く、各種手当の性質も問題になります。たとえば、恒常的に支給されていた手当であれば基礎収入に含める方向で考えやすい一方、一時的・例外的な支給は慎重に扱われます。

もっとも、会社員の逸失利益は、「今いくらもらっていたか」だけで終わりません。現時点では復職できていたり、事故後も収入が大きく下がっていなかったりする場合でも、それだけで逸失利益がないとはいえません。事故後、周囲の配慮でなんとか現職にとどまれているにすぎない場合、昇進や昇給で不利益を受けるおそれがある場合、配置転換や業務制限によりキャリア形成が阻害される場合など、将来的な不利益が問題になります。

実務でよく争いになるのは、「現実収入に減少がないのだから逸失利益は認められないのではないか」という点です。しかし、裁判所は、現実に減収がないことだけで直ちに逸失利益を否定するわけではありません。たとえば、本人の努力や勤務先の温情的配慮によって収入が維持されているにすぎないとき、同じ収入を得るために事故前以上の苦労を強いられているとき、将来の転職や再就職で不利益が顕在化すると見込まれるときには、逸失利益が肯定されることがあります。

他方で、収入が維持されている事実は、やはり重要な反対事情でもあります。とくに、事故後長期間にわたって同水準の収入を維持し、業務内容にも大きな支障が見られない場合には、労働能力喪失率や喪失期間が抑制される傾向があります。つまり、会社員の逸失利益では、「働けている」という事実をどう評価するかが最大のポイントになります。

また、昇給可能性も重要です。若年の会社員であれば、事故時点の収入だけでなく、将来的な昇給や昇進の蓋然性をどうみるかが問題になります。もっとも、これを過度に楽観的に見積もることはできず、学歴、勤務先の規模、職種、勤続年数、過去の昇給実績など、客観的な裏付けが必要です。

休職・復職との関係も見逃せません。事故後に長期休職し、その後復職した場合、休業損害の問題と逸失利益の問題が連続します。復職したとしても、元の業務に戻れていない、時短勤務になっている、役職から外れている、残業や出張ができなくなっているといった事情があれば、後遺障害による将来不利益として評価すべき余地があります。

結局のところ、会社員の逸失利益では、源泉徴収票だけ見れば足りるわけではありません。仕事内容、事故後の配置、勤務先の配慮、将来の昇進可能性、転職市場での不利益など、「給与の数字の裏にある現実」を具体的に示すことが重要です。

次回は、同じ収入の問題でも、給与所得者とは大きく構造が異なる自営業者の逸失利益を扱います。

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