第12講 遺留分とは何か|遺言があっても守られる最低限の取り分
第12講 遺留分とは何か|遺言があっても守られる最低限の取り分

相続では、被相続人の意思を反映するため、遺言が大きな意味を持ちます。
しかし、遺言があるからといって、常にどのような内容でもそのまま通るわけではありません。日本の相続法には、一定の相続人について、最低限これだけは確保されるべきだという仕組みがあり、これを遺留分といいます。裁判所は、遺留分を「一定の相続人について、被相続人の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分」と説明しています。
つまり、遺留分は、「遺言があるかないか」とは別に、一定の近親者に残される法律上の下限です。
被相続人が、全財産をある一人に与える遺言をしていたり、生前に大きな贈与をしていたりしても、遺留分権利者は、その侵害された限度で救済を求めることができます。現行法では、その救済は原則として金銭請求の形で行います。
1 遺留分が問題になる典型場面
遺留分が問題になるのは、典型的には、遺言や贈与によって財産の承継が大きく偏っている場合です。
たとえば、「全財産を長男に相続させる」という遺言がある場合や、生前に一人の子へ多額の贈与がされ、他の相続人にほとんど財産が残らない場合などです。裁判所も、被相続人が財産を遺留分権利者以外に贈与又は遺贈し、遺留分相当の財産を受け取ることができなかったときに、遺留分侵害額請求が問題になると案内しています。
ここで大事なのは、遺留分は「平等に分ける制度」ではないということです。
あくまで最低限の保障であって、法定相続分そのものを必ず確保する制度ではありません。したがって、遺言で偏りがあっても直ちに全部が無効になるわけではなく、問題になるのは最低限の取り分まで侵害されているかどうかです。
2 誰に遺留分があるのか
遺留分があるのは、兄弟姉妹以外の相続人です。
民法1042条は、兄弟姉妹以外の相続人に遺留分を認めており、裁判所も、遺留分侵害額請求調停の申立人を「遺留分を侵害された者(兄弟姉妹以外の相続人)」と整理しています。したがって、典型的には、配偶者、子、直系尊属が遺留分権利者になり得ます。
逆にいうと、兄弟姉妹には遺留分がありません。
そのため、被相続人に子も親もおらず、兄弟姉妹が相続人になる場合でも、「法定相続人ではあるが遺留分はない」という整理になります。これは相続人であることと、遺留分権利者であることが一致しない典型例です。
3 遺留分の割合はどのくらいか
遺留分の割合は、民法1042条で大きく二つに分かれています。
直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1です。e-Gov掲載の民法でもそのように示されており、これがいわゆる「総体的遺留分」の基本です。
この割合は、相続人全体に保障される枠です。
そして実際の各人の遺留分は、そこから法定相続分に応じて考えていくことになります。法定相続分そのものは、配偶者と子なら配偶者2分の1・子全体で2分の1、配偶者と直系尊属なら配偶者3分の2・直系尊属全体で3分の1、配偶者と兄弟姉妹なら配偶者4分の3・兄弟姉妹全体で4分の1とされています。
したがって、たとえば配偶者と子1人が相続人なら、全体の遺留分は2分の1で、その内訳は法定相続分どおりに按分されるので、配偶者4分の1、子4分の1という理解になります。
また、配偶者と子2人なら、全体2分の1を法定相続分で分けるため、配偶者4分の1、子は各8分の1ずつという整理になります。これは民法1042条の総体的遺留分と、法定相続分の組合せから導かれる計算です。
さらに、子がいないため配偶者と父母が相続人である場合には、全体の遺留分は2分の1であり、法定相続分が配偶者3分の2・直系尊属3分の1ですから、配偶者の個別的遺留分は3分の1、父母全体では6分の1となります。
直系尊属のみが相続人である場合には、総体的遺留分自体が3分の1に下がるため、子がいる場合などより保障の幅は小さくなります。
4 遺留分は「法定相続分そのもの」ではない
ここは誤解が非常に多いところです。
遺留分は、法定相続分と同じではありません。法定相続分は、遺産分割の基準線となる通常の持分ですが、遺留分は、その中でもさらに絞られた「最低限の保障」です。したがって、法定相続分が2分の1ある相続人でも、遺留分として当然に2分の1を請求できるわけではありません。
この違いを意識しておかないと、遺留分の相談で「本来の相続分全部を取り戻せる」と誤解しやすくなります。
実際には、まず法定相続分を見て、その上で遺留分の総体割合をかけて、個々人の最低限度を出すという発想になります。
5 なぜ今は「金銭請求」なのか
現在の制度で特に重要なのは、遺留分侵害があっても、原則として物そのものの返還を求める制度ではなく、金銭請求の制度になっていることです。
裁判所は、遺留分を侵害された者は、その侵害額に相当する金銭の支払を請求できると説明していますし、法務省も相続法改正の説明で、遺留分に関する権利の行使によって「遺留分侵害額に相当する金銭債権」が生ずるものとしたと整理しています。
この改正の実務的な意味は大きいです。
旧制度では、遺留分減殺請求によって不動産や株式が共有状態になるなど、権利関係が複雑化しやすいという問題がありました。法務省は、改正により、遺留分制度の利用によって事業承継や居住の安定が妨げられにくくなる方向を志向しています。だから今は、「その不動産の持分を直接返せ」ではなく、「侵害額相当の金銭を払え」という形で整理するのが原則です。
もっとも、請求を受けた側に直ちに現金が用意できないこともあります。
そのため民法上、裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、その金銭債務の全部又は一部の支払について相当の期限を許与することができます。法務省も、この点を改正の内容として説明しています。
6 遺留分の計算は「亡くなった時の財産」だけでは終わらない
遺留分を考えるときの基礎財産は、単純に「死亡時に残っていた遺産」だけではありません。
民法1043条は、遺留分を算定するための財産の価額を、相続開始時の財産の価額に、贈与した財産の価額を加え、そこから債務の全額を控除した額と定めています。つまり、一定の生前贈与が計算に入る一方、借金は差し引かれます。
もっとも、この第12講では、まず制度の骨格だけ押さえれば足ります。
生前贈与のどこまでが算入対象になるか、評価額争いをどう考えるか、時効や内容証明をどう扱うかといった実務は、次の第13講で掘る方が分かりやすいです。
7 遺留分が問題になるのは、遺言が「無効」だからではない
遺留分の相談では、「遺言が不公平だから無効なのではないか」という受け止め方がよくあります。
しかし、遺留分の問題は、通常、遺言全体の有効・無効とは別です。遺言が有効でも、その内容が一定の相続人の遺留分を侵害していれば、侵害額に応じた金銭請求が認められるという構造です。裁判所の説明も、遺贈や生前贈与があって遺留分相当を受け取れなかった場合に、侵害額に相当する金銭請求をするという整理です。
この点を押さえると、相談の入口で整理しやすくなります。
争点は、「遺言が全部無効か」ではなく、まず誰に遺留分があるのか、いくら侵害されているのか、相手は誰かという順に立てるべきだ、ということです。
8 2019年7月1日が一つの境目である
実務上、日付の確認も重要です。
裁判所は、令和元年7月1日より前に被相続人が亡くなった場合は、現在の「遺留分侵害額の請求調停」ではなく、改正前民法に基づく遺留分減殺による物件返還請求等の問題になると案内しています。つまり、現在の金銭請求ルールは、死亡日が2019年7月1日以降の相続を前提に考える必要があります。
したがって、古い相続案件では、「遺留分=金銭請求」と短絡せず、まず被相続人の死亡日を確認すべきです。
この点は、制度を誤って適用しないための基本です。
9 まとめ|遺留分は、遺言があっても残る「下限」である
遺留分とは、兄弟姉妹以外の一定の相続人に法律上保障された最低限の取り分です。
総体的遺留分は、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1、それ以外は2分の1であり、各人の具体的な遺留分は、その枠を法定相続分に応じて考えていくことになります。
そして、現在の制度では、遺留分侵害がある場合の救済は、原則として侵害額に相当する金銭の支払請求です。
不動産そのものの持分返還を当然に求める制度ではない点が、現行法の大きな特徴です。
次回の第13講では、**「遺留分侵害額請求の実務|請求の流れと注意点」**として、内容証明、時効、請求相手、評価額争い、家庭裁判所の調停まで、実務の動き方を整理します。