第14講 生前贈与は相続でどう扱われるか|特別受益の考え方
第14講 生前贈与は相続でどう扱われるか|特別受益の考え方

相続の相談では、「兄だけ家を建てるときに多額の援助を受けていた」「妹だけ結婚のときにまとまった資金をもらっていた」「長年、学費や生活費を多めに出してもらっていた」といった話がよく出てきます。
このような場面で問題になるのが、特別受益です。特別受益とは、相続分の前渡しとみられるような遺贈や生前贈与のことであり、家庭裁判所の案内でもそのように説明されています。つまり、生前にもらった利益の内容によっては、相続のときに「もう先にもらっている分」として取り分調整の対象になり得るのです。
もっとも、ここで大切なのは、生前贈与があれば必ず全部持戻しになるわけではないという点です。
特別受益になるかどうかは、誰が受けたか、何のための贈与か、どの程度の額か、家庭の経済状況や親の意思はどうか、といった事情を踏まえて見ていく必要があります。家庭裁判所も、特別受益は相続分の前渡しと見られる利益でありつつ、すべての利益がそのまま特別受益になるわけではないとしています。
1 特別受益とは何か
民法903条1項の骨格は、共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受けた者、または婚姻若しくは養子縁組のため、若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、その利益を考慮して相続分を調整する、というものです。
法務省の補足説明でも、相続人に対する贈与や遺贈は、通常、特別受益に当たるものとして、その価額を相続分計算に反映させるのが出発点だと説明されています。
ここで重要なのは、特別受益の対象が、まず共同相続人に対するものだという点です。
つまり、相続人ではない第三者への贈与と、相続人に対する贈与とでは、遺産分割の場面での意味が違います。特別受益は、あくまで共同相続人間の具体的相続分を調整するための制度です。これは民法903条の構造と、家庭裁判所の手続案内の説明から明らかです。
2 どういう贈与が問題になりやすいのか
典型例としてよく挙がるのは、住宅取得資金、結婚資金、独立資金、多額の学費援助などです。
法務局の遺言パンフレットでも、「多大な学費の援助や住宅資金、結婚資金、独立資金の援助」などが、特別受益の持戻しとの関係で問題になり得る例として示されています。また、大阪家裁の記載例でも、「住宅建築資金として2000万円」という形で特別受益の主張例が示されています。
ただし、ここで気を付けるべきなのは、名前だけで一律に決まるわけではないということです。
同じ「学費」でも、通常の扶養や教育の範囲内とみるべきものなのか、それとも相続分の前渡しとみるべきほどの多額の援助なのかで評価が分かれます。京都家裁の案内でも、進学費用の差額が当然に特別受益になるわけではなく、子の能力や意向に応じて適切だと考えて負担した教育費は、特別受益にならないと判断される例が多いと説明されています。
3 学費や生活費は一律に特別受益にはならない
相続の現場で誤解が多いのが、学費や生活費の扱いです。
親が子に学費や生活費を出していたとしても、それが直ちに特別受益になるとは限りません。京都家裁の案内では、教育費の差額が特別受益にならない例が多いことや、親による生活費支援も当然に特別受益とはいえないことが示されています。
この点は、日常的な扶養の延長なのか、それとも相続分を先に渡したとみるべき程度の特別な援助なのか、という線引きの問題です。
したがって、「弟だけ私立大学だったから全部特別受益だ」「妹だけ実家から生活費をもらっていたから全部持戻しだ」といった単純な話にはなりません。むしろ、通常の扶養の範囲を超えるかどうか、家庭の資力、援助の継続性や金額、他の兄弟との比較など、具体的事情の検討が必要になります。これは家庭裁判所の案内の趣旨から導かれる実務的な整理です。
4 特別受益があると、相続分はどう調整されるのか
特別受益が認められると、相続分の計算では、その贈与や遺贈の価額をいったん相続財産に加えたものを基礎にして各相続人の取り分を考え、そのうえで、その利益を受けた相続人の相続分から控除する、という持戻し計算をします。
法務省の補足説明でも、相続人に対する贈与の目的財産を相続財産とみなした上で、贈与又は遺贈によって取得した財産の価額を当該相続人の相続分から控除する、と明確に説明されています。
この計算の意味は、「すでに前渡しを受けた分を考慮して、残りの遺産の分け方を公平にしよう」ということです。
したがって、特別受益があるからといって、その財産を現物で返還させるという話ではなく、遺産分割の中で最終的な取り分を調整する方向で問題になるのが基本です。家庭裁判所の案内も、特別受益分だけその人の相続分を減らして具体的相続分を算定することがあるとしています。
5 持戻し免除とは何か
もっとも、被相続人が「その贈与は相続分の前渡しとしては扱わないでほしい」という意思を示していたときは、持戻し計算をしないことがあります。
民法903条3項の考え方であり、法務省の補足説明でも、被相続人が特別受益の持戻し免除の意思表示をした場合には、持戻し計算をする必要がなくなると説明されています。法務局の遺言パンフレットでも、「特別受益の持戻し」は遺言によって免除できると案内されています。
この持戻し免除は、相続人間の公平よりも、被相続人の個別の意思を優先させる場面です。
たとえば、結婚時の住宅資金について、「これは長男夫婦の生活基盤のために与えるもので、相続の前渡しとしては扱わない」という趣旨が明確なら、持戻しをしない方向が問題になります。法務局のパンフレットが、住宅資金などについて遺言で持戻し免除を記しておく方法を紹介しているのは、そのためです。
6 長年連れ添った配偶者への自宅贈与は特則がある
2019年7月施行の改正では、配偶者保護のため、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方が、他方配偶者に対して居住用不動産を遺贈又は贈与したときは、持戻し免除の意思表示があったものと推定するという規律が設けられました。
法務省の改正説明資料は、この場合、原則として当該居住用不動産の持戻し計算を不要とし、遺産分割における配偶者の取り分が増える方向になると説明しています。
この規定の実務的な意味は大きいです。
従前は、長年連れ添った配偶者に自宅を生前贈与しても、持戻し計算をすると、結局は最終取得額があまり増えないことがありました。改正は、その不都合を避け、老後の生活保障を厚くする方向を目指したものです。法務省の資料も、その立法趣旨を、配偶者の生活保障と一般的な被相続人意思への適合性として説明しています。
7 特別受益は、遺産分割調停でも主要な争点になる
当事者間でまとまらない場合、特別受益の有無や金額は、遺産分割調停・審判で主要な争点になります。
東京家裁や名古屋家裁の案内でも、遺産分割調停は、どの遺産があり、相続人の間でどう分けるかについて話し合いを進める手続とされており、大阪家裁の申立書記載例でも、特別受益の有無・内容を記載する欄が設けられています。
つまり、特別受益は理屈だけの問題ではなく、実際の家裁手続で正面から整理される論点です。
住宅資金の援助があったのか、いくらなのか、学費援助は通常の範囲を超えるのか、生活費支援は扶養か前渡しか、といったことが、遺産分割の具体的な取り分に直結します。大阪家裁の書式例が、住宅建築資金をそのまま特別受益の記載例にしているのは、その典型性を示しています。
8 実務で大事なのは「全部特別受益」でも「全部無関係」でもないという視点
特別受益の問題では、感情的には「兄だけ得をしている」「妹だけずるい」という形で語られがちです。
しかし、法律実務では、贈与の趣旨、金額、時期、家族の資力、他の相続人との比較、被相続人の意思などを踏まえて、相続分の前渡しとみるべきかを丁寧に見ます。京都家裁の案内が、教育費や生活費の例で「直ちに特別受益とはならないことが多い」と説明しているのは、この慎重さが必要だからです。
逆に、住宅建築資金や独立資金のように、まとまった額が特定の子に渡っている場面では、特別受益として整理される方向が現実的です。
法務局のパンフレットや大阪家裁の申立書例が、住宅資金や独立資金を典型例として挙げているのは、まさにそのためです。
9 まとめ|生前贈与は「先にもらった分」として調整されることがある
特別受益とは、共同相続人の一部が、被相続人から遺贈や、生計の資本などに当たる生前贈与を受けていた場合に、その利益を相続分の前渡しとして考慮し、具体的な取り分を調整する制度です。
住宅取得資金、結婚資金、独立資金、多大な学費援助などが問題になりやすい一方、通常の教育費や生活費まで当然に特別受益になるわけではありません。
また、被相続人が持戻し免除の意思を示していたときは、その贈与を持戻し計算から外すことがあり、婚姻期間20年以上の配偶者への居住用不動産の贈与・遺贈については、その意思表示があったものと推定されます。
したがって、生前贈与がある相続では、「贈与があった」という事実だけで結論を決めるのではなく、何のための、どの程度の、誰への贈与かを整理することが大切です。