第14講 遺言執行者とは何か|誰が遺言を実現するのか
第14講
遺言執行者とは何か|誰が遺言を実現するのか

遺言は、書いてあるだけでは現実には動きません。預貯金を払い戻し、不動産の名義を変え、遺贈を履行し、必要があれば相続人間の抵抗を押さえながら、遺言の内容を具体的な手続に落とし込む主体が必要になります。その役割を担うのが遺言執行者です。裁判所は、遺言執行者とは「遺言の内容を実現する者」であると説明しており、法務局の遺言書保管制度の案内でも、遺言の内容を実現するために必要な手続をする者と整理しています。
遺言執行者は、遺言であらかじめ指定されていることがあります。法務局のガイドブックの記載例でも、「私は、この遺言の遺言執行者として次の者を指定する」という形が明示されています。他方、遺言で指定されていない場合や、指定された遺言執行者が亡くなった場合には、家庭裁判所が申立てにより選任することができます。裁判所によれば、この申立てができるのは利害関係人であり、相続人、遺言者の債権者、遺贈を受けた者などが含まれ、申立先は遺言者の最後の住所地の家庭裁判所です。
遺言執行者の役割を理解するときに重要なのは、この人が単なる連絡係ではないという点です。法務省の改正関係資料では、現行法の整理として、遺言執行者は遺言の内容を実現することを職務とし、相続財産の管理その他、遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有すると説明されています。さらに、同資料群では、遺言執行者がある場合の制度設計として、遺贈の履行や、特定財産承継遺言について受益相続人が対抗要件を備えるために必要な行為を行うことが想定されています。要するに、遺言執行者は「遺言どおりにするために必要な法的手続を前に進める中心人物」です。
そのため、遺言執行者がいる場面では、相続人がそれぞれ好きに動いてよいわけではありません。法務省の令和元年の通達では、遺言執行者がある場合には、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができないという前提で整理されています。実務感覚でいえば、遺言執行者がいるのに、相続人の一人が独断で預金を解約したり、名義変更を妨害したり、遺贈目的物を勝手に処分したりしてよい、ということにはなりません。遺言執行者は、相続人の気分を調整する人ではなく、遺言の実現を担う法的ポジションなのです。
もっとも、遺言執行者がいるからといって、何でも自由に決めてよいわけでもありません。遺言執行者の職務は、あくまで遺言の内容を実現することにあります。したがって、遺言に書かれていない分配を新たに創作したり、相続人の一部に有利な裁量処理をしたりする立場ではありません。この点で、遺言執行者は「公平な裁判官」でも「遺産分割の調整役」でもなく、遺言者の最終意思を手続として実行する存在です。法務省資料が、遺言執行者の権限を「遺言の内容を実現するため」のものとして繰り返し位置付けているのは、そのためです。
実務上、遺言執行者が特に重要になるのは、相続人間の利害が対立している場面です。遺言で特定の相続人に不動産を相続させる、相続人以外に遺贈する、預貯金を特定人に承継させる、といった場合、関係者全員が素直に協力するとは限りません。法務省の改正関係資料でも、特定財産承継遺言があるときは、遺言執行者が受益相続人のために対抗要件を備えるために必要な行為をすることができると整理されています。つまり、遺言執行者は「協力が得られないと遺言が止まる」という事態を防ぐための装置でもあります。
また、遺言執行者がいない、あるいは指定された者が就職できないときに備えて、家庭裁判所による選任制度が置かれています。裁判所の案内によれば、申立人は利害関係人で足り、申立先は遺言者の最後の住所地の家庭裁判所です。費用は、執行対象となる遺言書1通につき収入印紙800円分と、裁判所ごとに定める郵便切手です。必要書類としては、遺言者の死亡の記載のある戸籍、遺言執行者候補者の住民票又は戸籍附票、遺言書の写しや検認調書謄本の写し、利害関係を証する資料などが標準的に求められています。
このように見ると、遺言執行者は、単に「いると便利な人」というより、遺言を現実の権利移転に変えるための実働主体です。遺言で指定しておけば、相続開始後に誰が前に出て手続を進めるのかが明確になりますし、指定がなければ家庭裁判所で補充することもできます。逆にいえば、遺言執行者を置かないまま、内容だけ複雑な遺言を書くと、相続開始後に「誰が動くのか」で止まりやすくなります。遺言を書く段階で執行者まで設計してあるかどうかは、実務上かなり大きな差になります。
結局のところ、遺言執行者とは、遺言の内容を現実化するための法的な実行担当者です。遺言で指定されることもあれば、指定がないときに家庭裁判所が選任することもある。権限は広く、相続財産の管理や執行に必要な行為を行うことが予定されている一方、その職務はあくまで遺言者の意思の実現に限られます。相続実務では、遺言の有無だけでなく、「誰がそれを実行するのか」まで見てはじめて全体像がつかめます。
第15講では、ここからさらに進めて、遺言でどこまで決められるのか|遺産分割方法、認知、相続分指定などを扱います。遺言執行者の役割を理解すると、次はその前提として、遺言そのものに何を書けるのかが問題になります。