第27講 特別受益とは何か|生前贈与や援助は相続でどう調整されるのか
第27講
特別受益とは何か|生前贈与や援助は相続でどう調整されるのか

相続でしばしば起きる不満に、「兄だけ家を建てるときに何千万円も出してもらっていた」「妹だけ生前に不動産をもらっていた」「結局、親から先にもらっていた人が、相続でも同じだけ取るのはおかしい」というものがあります。この不公平感を、遺産分割の中で一定程度調整するための仕組みが、特別受益です。家庭裁判所の実務案内でも、特別受益とは、相続人が被相続人から遺贈や多額の生前贈与を受けた場合のその利益をいうと説明されており、その相続人は相続分の前渡しを受けたものとして扱われると整理されています。
民法903条1項は、共同相続人の中に、被相続人から遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、その受けた利益を考慮して相続分を算定するという考え方を取っています。法務省の改正関係資料でも、特別受益に当たる贈与について、民法903条1項の贈与として整理しています。つまり、特別受益は「何らかの援助があったら全部そうなる」というものではなく、法律上は、遺贈や、婚姻・養子縁組・生計の資本にあたる贈与が中心になります。
ここでいう「相続分の前渡し」という感覚が重要です。京都家庭裁判所は、特別受益がある場合、その特別受益分を遺産に持ち戻して、具体的相続分を算定する場合があると説明しています。山口家庭裁判所のQ&Aも、特別受益を受けた相続人は遺産の先渡しを受けたものとみなされ、その分が相続分から減らされることがあるとしています。つまり、特別受益は「その贈与を無効にする制度」ではなく、「すでにもらっていた分を考慮して、残りの遺産の取り分を調整する制度」です。
この計算を一般に持戻しと呼びます。発想としては、まず生前贈与や遺贈を含めた全体像を仮に一つの相続財産として見直し、そのうえで各相続人の具体的相続分を考え、既にもらっていた人についてはその分を控除するという構造です。法務省の改正資料でも、民法903条1項の計算を「持戻し計算」と呼び、その結果、贈与等があっても全体として具体的相続分を調整する仕組みだと説明しています。
もっとも、実務では「生前に何かしてもらっていた」ことのすべてが特別受益になるわけではありません。家庭裁判所は、特別受益について「被相続人から遺贈や多額の生前贈与を受けた人」がいる場合と説明しており、京都家庭裁判所も、共同相続人が同程度の利益を受けている場合には持戻しをしないことが多いとしています。つまり、日常的な扶養、通常の学費援助、家族としてよくある範囲の経済的支援まで、直ちに特別受益になるとは限りません。争点になるのは、あくまで「相続分の前渡しと見られるような、まとまった利益かどうか」です。
また、特別受益として問題になるのは、原則として相続人本人に対する贈与です。京都家庭裁判所は、持戻しの対象となるのは相続人に対する贈与のみであり、相続人の妻や子に対する贈与があって、その相続人が間接的に利益を得ていたとしても、原則として特別受益には該当しないと明示しています。ここは実務で非常に大きな線引きです。たとえば「兄の妻に不動産を買ってあげていた」「孫の学費を出していた」という事情があっても、それだけで直ちに兄の特別受益になるとは限りません。
さらに、特別受益は当然に裁判所が拾ってくれる論点ではないことにも注意が必要です。山口家庭裁判所は、特別受益による相続分の調整は当然に行われるものではなく、その事実を証拠によって証明しなければならないとしています。京都家庭裁判所も、特別受益を主張する側は、誰から誰に対するものか、いつ、いくら、どのような内容かを具体的に主張し、裏付け資料を提出しなければならず、資料がなければ話合いの席でも取り上げられないことがあると案内しています。つまり、「きっとたくさんもらっていたはずだ」という感覚だけでは足りず、贈与契約書、送金記録、通帳、登記資料、領収書などの証拠が必要になります。
実務で特によく問題になるのは、住宅取得資金です。大阪家庭裁判所の申立書記載例でも、「住宅建築資金として2000万円」といった生前贈与が特別受益の典型例として挙げられています。これは、住宅資金の援助がまさに「生計の資本」に当たりやすいからです。逆にいえば、特別受益を主張する際には、単に「お金をもらった」ではなく、それが住宅取得や事業資金、独立資金など、民法903条1項の類型に当てはまる性質のものかを意識して整理する必要があります。
一方で、被相続人が「その贈与については持戻しをしなくてよい」と考えていた場合もあります。法務省の改正関係資料は、民法903条3項について、被相続人が持戻しの免除の意思表示をした場合には、特別受益の持戻し計算をする必要がなくなると説明しています。つまり、被相続人が生前贈与をしつつ「これは相続分の前渡しとして調整しない」という意思を示していたなら、その意思が優先される余地があります。特別受益は常に機械的に調整される制度ではなく、被相続人の意思との関係でも動く制度です。
この点に関連して、2019年施行の改正では、婚姻期間20年以上の夫婦間で、居住用不動産又はその取得資金が贈与・遺贈された場合には、持戻し免除の意思表示があったものと推定する仕組みが入りました。法務省は、この改正の趣旨を、被相続人の意思を尊重した遺産分割ができるようにする配偶者保護策だと説明しています。したがって、長年連れ添った配偶者に自宅やその購入資金を渡していた場面では、従来よりも「それを特別受益として持ち戻す」方向が抑えられやすくなっています。
もっとも、特別受益は、相続で何でも調整できる万能鍵ではありません。まず、主張と立証が必要ですし、共同相続人が同程度の援助を受けているなら、実質的不平等是正という制度趣旨から、持戻しをしない方向になることもあります。京都家庭裁判所も、特別受益は共同相続人間の不平等を是正し、実質的平等を図ることが目的だとしており、同程度の利益がある場合には持戻しをしないことが多いと案内しています。つまり、特別受益論は、単に「誰かだけ得をしていた」という感情をそのまま数字に変える制度ではなく、全体の公平を見る制度です。
結局のところ、特別受益とは、相続人の中に、被相続人から遺贈や婚姻・養子縁組・生計の資本としての贈与など、相続分の前渡しと見られる利益を受けていた者がいる場合に、その利益を持戻して具体的相続分を調整する仕組みです。ですが、当然に認められるわけではなく、誰が、いつ、何を、どのように受けたのかを具体的に主張立証する必要がありますし、被相続人の持戻し免除の意思や、配偶者保護の特則も関わります。相続で「昔あれをもらっていただろう」という話が出たときは、感情論の前に、それが民法903条の特別受益に当たるのかを丁寧に仕分けることが重要です。
第28講では、これと対になる論点として、寄与分とは何か|介護や家業貢献はどこまで評価されるのかを扱います。特別受益が「先にもらっていた分」の調整なら、寄与分は「多く尽くしていた分」の調整です。