第36講 遺言無効と遺留分はどう違うのか|争い方の選び方

第36講

遺言無効と遺留分はどう違うのか|争い方の選び方

遺言が気に入らないとき、法的な攻め方は大きく二つあります。ひとつは、遺言そのものを無効だと主張する方法。もうひとつは、遺言は有効だとしても、遺留分を侵害している限度で金銭請求をする方法です。この二つは、似ているようで、目的も、前提も、手続の進み方もかなり違います。大阪家庭裁判所の遺産分割手続案内でも、遺言の効力に意見が分かれる場合には、原則として遺産分割の前に民事訴訟で遺言の有効・無効を確定させるべき場合があるとされる一方、遺留分侵害額請求については家庭裁判所の調停手続が用意されています。つまり、最初に「遺言自体を倒したいのか」「遺言は残したまま最低保障だけ取り返したいのか」を見極めることが重要です。

まず、遺言無効の主張は、遺言そのものの効力を問題にする戦い方です。典型的には、自筆証書遺言なら方式違反、公正証書遺言でも遺言能力や作成状況の問題などが争点になります。大阪家庭裁判所の案内でも、遺言書が遺言者の意思に基づいて作成されたものかどうか等、遺言書の効力に争いがあるときは、遺産分割の前提問題として先に解決すべきことがあると整理されています。つまり、遺言無効を争う場面では、「この遺言に従って分ける」という前提自体が崩れるかどうかが問題になります。

これに対して、遺留分は、遺言の効力そのものを争う制度ではありません。裁判所は、遺留分とは、一定の相続人について被相続人の財産から法律上取得することが保障されている最低限の取り分であり、被相続人の生前の贈与又は遺贈によっても奪われないものだと説明しています。そして、遺留分侵害額請求とは、遺留分権利者が、贈与又は遺贈を受けた者に対し、侵害額に相当する金銭の支払を請求する制度です。したがって、遺留分の主張は、「その遺言は無効だ」と言うのではなく、「その遺言は有効でも、私の最低保障を侵害しているから、その分を金銭で払ってください」と言う構造です。

この違いは、結論にも大きく影響します。遺言無効が認められれば、その遺言は前提として使えなくなり、遺言がなかった場合の法定相続や、別の遺言があればその遺言に従う、という話になります。つまり、相続全体の枠組み自体が変わる可能性があります。これに対し、遺留分侵害額請求では、現行法上、原則として金銭請求にとどまり、遺言で取得した財産そのものの帰属を当然にひっくり返すわけではありません。裁判所も、令和元年7月1日以後開始の相続では、遺留分侵害額の請求は金銭の支払請求であると案内しています。つまり、遺言無効は「土台を崩す戦い」、遺留分は「土台は残したまま不足分だけ取る戦い」と言えます。

だから、手続の向き先も違ってきます。遺言無効は、少なくとも大阪家庭裁判所の案内が示すように、遺産分割の前提問題として民事訴訟で確定させるべき場合があります。他方、遺留分侵害額請求は、家庭裁判所で調停を利用することができ、裁判所もその手続を案内しています。さらに、調停が不成立であれば訴訟に移ることはありますが、出発点としては家庭裁判所の家事調停ルートが用意されています。したがって、「とりあえず家庭裁判所に行けばどちらも同じように扱ってくれる」という理解は正確ではありません。

争点の立て方も違います。遺言無効では、方式、遺言能力、作成経緯、意思能力、真正などが中心になります。要するに、「この遺言はそもそも法的な遺言として成立していない」という話です。これに対し、遺留分では、誰が遺留分権利者なのか、基礎財産に何を入れるのか、生前贈与をどこまで算入するのか、侵害額をいくらとみるのか、という計算と評価が中心になります。つまり、遺言無効は成立論、遺留分は不足額の算定論に近いのです。

さらに、使い分けを考えるうえで重要なのが、誰に遺留分があるかです。裁判所の遺留分調停案内は、申立人を「遺留分を侵害された者(兄弟姉妹以外の相続人)」としています。したがって、兄弟姉妹には遺留分がありません。兄弟姉妹が遺言の内容に不満を持つ場合、遺留分というルートは原則使えず、遺言無効の方向で争うか、そもそも争う余地が乏しいかの問題になります。逆に、配偶者や子、直系尊属であれば、遺言が有効でも遺留分という別ルートが残ることがあります。ここは、争い方を選ぶうえでかなり決定的です。

実務感覚でいえば、遺言の方式や能力に強い疑義があるなら遺言無効遺言の有効性を崩すのは難しいが配偶者や子の最低保障を確保したいなら遺留分、という整理が基本になります。遺言無効は通れば効果が大きい反面、前提争点が重くなりやすいです。遺留分は遺言を全面的に倒す必要がない分、争点が絞りやすい反面、取れるのは原則として金銭であり、しかも兄弟姉妹には使えません。これは制度の構造からそのまま導かれる違いです。

また、期限の面でも差があります。遺留分侵害額請求権は、裁判所の案内によれば、相続開始と侵害事実を知った時から1年、相続開始から10年で消滅します。しかも、調停申立てだけでは足りず、相手方に対する意思表示が必要です。他方、遺言無効については、少なくとも遺留分のようなこの1年・10年の特則で動く制度ではありません。したがって、「まず遺留分だけでも通知しておくべきか」という期限管理の発想が重要になる場面があります。つまり、同じく遺言に不満がある事案でも、遺留分は時間との勝負になりやすいのです。

結局のところ、遺言無効と遺留分は、似た不満から出発しても、まったく別の戦い方です。遺言無効は、遺言自体の効力を争って相続の前提を崩す方法です。遺留分は、遺言の効力は前提にしつつ、兄弟姉妹以外の相続人に認められた最低保障を金銭で回復する方法です。だから、実務では「遺言が気に入らない」だけでは足りず、何を崩したいのか、誰に権利があるのか、どのルートが現実的かを先に見定める必要があります。

第37講では、遺言無効になりやすい場面|認知症・筆跡・押印・作成経緯の問題を扱います。ここからは、遺言無効の側をもう少し具体的に見ていきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA