第8回 うつ病・適応障害と会社対応|休職・復職・退職をめぐる法的問題
第8回 うつ病・適応障害と会社対応|休職・復職・退職をめぐる法的問題

うつ病や適応障害などのメンタル不調が生じたとき、労働者側では「もう辞めるしかないのではないか」と考えてしまいがちです。しかし、法律実務では、すぐに退職の話になるとは限りません。まず問題になるのは、就業継続が可能か、休職制度があるか、休職中の取扱いはどうなっているか、そして復職の可否をどう判断するかです。使用者には安全配慮義務があり、労働安全衛生法上も、職場における労働者の安全と健康を確保すべき責務があります。
1 メンタル不調が出たとき、最初に切り分けるべきこと
この場面で最初に切り分けるべきなのは、今の症状が業務外の私傷病として扱われるのか、それとも長時間労働、ハラスメント、強い業務負荷など業務との関係が疑われるのか、という点です。後者であれば、休職・復職だけでなく、労災や会社の安全配慮義務違反も視野に入りますし、前者であっても、直ちに退職が当然視されるわけではありません。会社は、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮をする立場にあります。
2 休職は、法律で自動的に決まる制度ではない
実務上かなり重要なのは、私傷病休職が法律で一律に定められた制度ではない、という点です。厚生労働省資料でも、休職制度の根拠は就業規則等にあり、傷病休職の内容や期間、休職中の賃金、勤続年数への算入などは企業ごと・制度ごとに様々だと整理されています。したがって、まず確認すべきなのは、診断名それ自体よりも、自社の就業規則に休職制度があるか、あるとして休職期間・復職要件・期間満了時の扱いがどう書かれているかです。
3 休職中の賃金と生活保障は別に考える必要がある
私傷病休職では、会社から当然に満額の賃金が出るとは限りません。厚生労働省資料でも、休職期間中の賃金の扱いは制度ごとに様々で、本人都合・本人側事情による休職では賃金不支給とされる例が一般的だと整理されています。その代わり、健康保険の被保険者であれば、業務外の傷病による療養のために働けず、連続する3日間を含み4日以上就業できず、給与支払がない等の要件を満たすと、傷病手当金の対象になり得ます。傷病手当金は、原則として標準報酬日額相当額の3分の2で、支給開始日から通算1年6か月までが対象です。
4 復職は、主治医の「復職可」の一言だけでは終わらない
復職場面で誤解されやすいのは、主治医が「復職可能」と書いたら、それだけで会社が直ちに元どおり働かせなければならない、あるいは逆に、会社がそれを無視して自由に退職扱いできる、という両極端な理解です。厚生労働省の「職場復帰支援の手引き」は、職場復帰支援を5つのステップで整理しており、第2ステップで主治医による職場復帰可能の判断、第3ステップで職場復帰の可否判断と支援プラン作成、第4ステップで最終的な職場復帰の決定を行う構成を示しています。また同手引きでは、主治医の診断は日常生活上の回復を中心に判断していることが多く、必ずしも職場で求められる業務遂行能力まで回復しているとの判断と一致しないことがあるとされています。
したがって、実務では、診断書の有無だけでなく、どの業務なら可能か、勤務時間の短縮が必要か、対人負荷や残業の制限が必要か、配置転換や軽減業務での復帰が可能か、といった具体的な就業上の配慮が問題になります。厚生労働省は、主治医に勤務情報を提供したり、主治医から就業継続や復職可否について意見を求めたりするための様式例も公表しており、2026年2月10日公表の「治療と就業の両立支援指針」でも、事業主の取組の努力義務化に合わせて実務運用が進められています。
5 会社がすぐ退職を迫ってよいわけではない
メンタル不調が出た場面では、会社が休職や就業上の配慮を十分に検討しないまま、すぐに「もう辞めてもらうしかない」と話を進めることがあります。しかし、少なくとも業務上の傷病で療養のために休業している場合には、労働基準法19条により、原則として休業期間中およびその後30日間の解雇が禁止されています。これはメンタル不調であっても、業務起因性が認められる場面なら重要なルールです。
一方で、私傷病については、この労基法19条の直接適用はありません。ただ、それでも会社が自由に処理できるわけではありません。厚生労働省の基礎講座でも、私傷病休職について就業規則で休職期間満了による退職を定めること自体はあり得る一方、その満了判断が合理的でない場合には、裁判上、権利濫用として退職が無効となる場合があると整理されています。つまり、私傷病だから自動的に会社が勝つ、という構造ではありません。
6 業務が原因なら、労災の問題も切り離せない
うつ病や適応障害の背景に、長時間労働、パワハラ、顧客からの著しい迷惑行為、事故や感染リスクの高い業務などがある場合には、労災の可能性も検討すべきです。厚生労働省は2023年9月1日付で精神障害の労災認定基準を改正し、カスタマーハラスメントや感染症等の危険性が高い業務を評価表に追加し、パワーハラスメント6類型の具体例も拡充しました。さらに、業務外で既に発病していた精神障害についても、悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がなくても、「業務による強い心理的負荷」により悪化したと医学的に判断される場合には、業務起因性を認め得る方向に見直されています。
7 初動でやっておきたいこと
この場面で労働者側がまずやるべきなのは、退職届を急いで出すことではなく、資料を集めることです。診断書、就業規則、休職規程、会社から渡された文書、面談記録、メール、チャット、勤怠記録、業務量が分かる資料、ハラスメントの記録などを確保し、いつから不調が出て、何をきっかけに悪化し、会社がどう対応したのかを時系列で整理しておくことが重要です。厚生労働省の職場復帰支援の手引きや両立支援資料も、主治医意見、勤務情報、支援プランなどを往復させながら整理する前提を示しています。これはそこから導かれる実務上の要点です。
また、主治医の診断書が出たから終わり、ではなく、診断書に「どの程度の勤務が可能か」「残業可否」「対人負荷や出張の可否」「復職に必要な配慮」がどこまで具体的に書かれているかも重要です。復職可否の争いでは、単に「復職可能」とだけ書かれた診断書より、就業上の配慮を具体的に示した資料の方が役に立つことが多いです。これも、厚生労働省が主治医への情報提供様式や意見照会様式を公開していることからみて、現在の実務運用に沿った理解です。