第49講 労働審判とは何か|早く結論を出したいときの制度選択

第49講 労働審判とは何か|早く結論を出したいときの制度選択

労働審判は、解雇や未払賃金、残業代、退職勧奨、ハラスメントに伴う金銭請求など、個々の労働者と事業主との間の個別労働関係紛争を、訴訟よりも速く、しかし裁判所の関与の下で解決するための制度です。労働審判法1条は、この制度の対象を「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」と定めており、裁判所も、解雇や給料不払などのトラブルを「迅速、適正かつ実効的に解決するための手続」と説明しています。

この制度のいちばん大きな特徴は、早さです。裁判所によれば、労働審判は原則として3回以内の期日で審理を終える制度であり、平成18年から令和6年までに終了した事件の平均審理期間は82.6日、65.5%の事件が申立てから3か月以内に終了しています。普通訴訟よりも短期間で一定の結論や和解に到達しやすいのが、労働審判の最大の魅力です。

もっとも、労働審判は単なる「早い話合い」ではありません。手続を行うのは、労働審判官である裁判官1名と、労働審判員2名で組織される労働審判委員会です。労働審判員は、雇用関係の実情や労使慣行について知識と経験を持つ者から任命されると裁判所は説明しており、法律だけでなく、現場感覚も踏まえた運営が予定されています。労働審判法7条・8条の建て付けも、この三者構成を前提にしています。

また、労働審判は非公開です。裁判所は、訴訟手続とは異なり非公開の手続だと案内しています。したがって、公開法廷で全面対決する通常訴訟よりは、当事者双方にとって心理的負担がやや小さく、現実的な和解や調整に向きやすい面があります。これは、会社との関係を完全に断ち切る前に一定の解決を探りたい事件では、実務上かなり意味があります。

手続の流れも比較的はっきりしています。まず地方裁判所に申立てを行い、裁判所は、特別の事由がある場合を除いて、申立ての日から40日以内の日に第1回期日を指定します。相手方は答弁書等を提出し、期日では当事者双方の言い分を聴き、必要に応じて本人や会社関係者から直接事情を聴くなどして争点を整理します。そのうえで、話合いによる解決の見込みがあれば調停を試み、まとまらなければ労働審判を示す、という流れです。

ここで重要なのは、労働審判はまず調停を試みる制度だという点です。裁判所は、労働審判委員会がまず話合いによる解決を試み、まとまらない場合に、権利関係と手続の経過を踏まえて事案の実情に即した判断をする、と説明しています。つまり、最初から白黒を断ち切るためだけの制度ではなく、裁判所の関与の下で、現実的な着地点を探りながら、だめなら審判という判断まで進む制度です。この意味で、労働審判は「和解か判決か」の二択ではなく、その中間にある独特の制度だといえます。

そして、労働審判の結論に不服がある場合には、異議申立てができます。裁判所のQ&Aによれば、審判書を受け取った日又は期日で告知を受けた日の翌日から起算して2週間以内に異議を申し立てることができ、適法な異議があれば労働審判は効力を失い、訴訟手続に移行します。この場合、労働審判の申立て時に訴えの提起があったものとみなされます。他方、異議が出なければ、労働審判は確定し、裁判上の和解と同一の効力を持ち、内容によっては強制執行も可能です。

この「異議が出れば訴訟へ移る」という構造は、労働審判の性格をよく表しています。つまり、労働審判は最終的に訴訟へつながり得る前段の迅速手続でもあります。だから、会社側が最後まで争う構えでも、最初に労働審判を使う意味はあります。早い段階で争点が絞られ、相手方の答弁や証拠が出そろい、和解可能性も見えるからです。逆に、どう見ても相手が異議を出して長期訴訟に持ち込むだろうという事案では、最初から訴訟を選ぶ判断もあり得ます。これは条文の明文というより、裁判所が示す手続構造からの実務的な整理です。

では、どんな事件が労働審判に向いているか。裁判所は、トラブルの内容が複雑で、限られた期日の中で審理を終えることが難しそうな事案にはなじまないと明示しています。逆にいえば、解雇、雇止め、退職勧奨、未払賃金、残業代、比較的整理しやすいハラスメント金銭請求のように、争点を早めに絞り込みやすい事件には向いています。証拠の骨格があり、短期間で主張立証をまとめられる事件ほど、この制度の良さが出ます。

他方で、労働審判が向きにくいのは、長年にわたる複雑な人事評価の積み重ね、大量の証拠精査が必要な事件、関係者が多く尋問も重くなる事件などです。裁判所も、手続に適していないと認められる場合には、労働審判委員会が事件を終了させ、訴訟手続に移行することがあると案内しています。したがって、労働審判は万能の近道ではなく、速さと集中審理に向く事件を選ぶ制度だと理解するのが正確です。

実務では、労働審判を使うかどうかは、勝てるかどうかだけでなく、どれだけ早く、どの程度の密度で結論を取りに行きたいかで決まります。裁判所は、3回以内の期日で集中して審理を行うため、申立て段階から十分な準備をし、充実した申立書と必要な証拠を提出することが重要だとしています。つまり、労働審判は手軽だから向いているのではなく、むしろ短期決戦だからこそ、最初から整理された主張と証拠が必要な制度です。準備が甘いまま入ると、速さが逆に不利に働きます。

要するに、第49講で押さえるべきことはこうです。労働審判は、個別労働紛争を、裁判官1名と労働審判員2名の委員会が、原則3回以内の期日で、まず調停を試みつつ、だめなら審判で解決する迅速手続である。異議が出れば訴訟に移行し、異議がなければ裁判上の和解と同じ効力を持つ。したがって、早い解決に向くが、複雑すぎる事件には不向きで、事前準備が極めて重要である。 つまり、労働審判は「簡単な裁判」ではなく、早く結論を取りに行くための濃い手続です。

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