第42講 同一労働同一賃金とは何か|正社員と非正規の待遇差をどうみるか
第42講 同一労働同一賃金とは何か|正社員と非正規の待遇差をどうみるか

「同一労働同一賃金」という言葉は強いので、「同じ職場なら全員まったく同じ待遇にしなければならない」という印象を持たれがちです。ですが、法の中身はそこまで単純ではありません。厚生労働省は、この制度を、同一企業・団体の中で、いわゆる正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差の解消を目指すものだと説明しています。つまり、出発点は「差を一切なくす」ことではなく、不合理な差をなくすことにあります。
この点を条文でみると、パートタイム・有期雇用労働法8条は、事業主が、短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇について、通常の労働者との間に、職務の内容、職務内容・配置変更の範囲、その他その待遇の性質・目的に照らして適切な事情を考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならないと定めています。ここで重要なのは、比較の軸が「雇用形態が違うかどうか」だけではなく、仕事内容、責任、将来の配置変更範囲、その待遇の趣旨まで含めて見るという点です。したがって、「正社員と非正規だから違って当然」という発想も、「同じ職場にいるのだから全部同じでなければならない」という発想も、どちらも雑すぎます。
さらに、同法9条は、職務内容が同じで、かつ配置変更の範囲も同じと見込まれる短時間・有期雇用労働者については、短時間・有期であることを理由とする差別的取扱いをしてはならないとしています。つまり、第42講では、まず8条の均衡待遇と9条の均等待遇を分けて理解するのが大切です。8条は「違いがあってもよいが、不合理ではいけない」というルールであり、9条は「同視できるなら、雇用形態だけを理由に差を付けてはならない」という、より強いルールです。
したがって、実務では「同一労働同一賃金」という言葉より、待遇ごとに何を比較するかの方がはるかに重要です。厚生労働省のガイドラインは、待遇差が不合理かどうかを、基本給、賞与、各種手当だけでなく、福利厚生、教育訓練、キャリア形成・能力開発なども含めて、待遇ごとに原則的な考え方と具体例で示しています。言い換えると、通勤手当、食堂利用、慶弔休暇、賞与、退職金を一括で「全部同じか違うか」と処理するのではなく、それぞれの待遇の性質と目的ごとに理由付けを検討するのが法の立て付けです。
このため、会社が待遇差を設けること自体は、直ちに違法ではありません。問題は、その差が説明可能かです。たとえば、職務内容や責任の重さ、配置転換や全国異動の有無、成果や役割への期待、支給する手当や賞与の趣旨との対応関係があるなら、一定の差が許される余地があります。他方で、仕事の中身も責任もほぼ同じなのに、「正社員だからある、非正規だからない」というだけなら、かなり危うくなります。厚生労働省の概要資料も、8条違反となるのは不合理な待遇差であり、ガイドラインは何が不合理で何が不合理でないかを待遇ごとに示すものだと説明しています。
ここで誤解してはいけないのは、8条違反があったからといって、常に自動的に正社員とまったく同じ待遇になるとは限らないことです。厚生労働省の概要資料は、8条は私法上の効力を持ち、違反する待遇差部分は無効となり、損害賠償が認められ得るとしつつ、その結果として当然に通常の労働者と同一待遇になるとは限らないとも説明しています。つまり、同一労働同一賃金の紛争は、「何でも正社員基準に合わせろ」という単純な差額請求ではなく、どの待遇について、どの範囲で、どう是正されるべきかを個別に詰める争いになりやすいのです。
この分野で実務上かなり重要なのが、説明義務です。パートタイム・有期雇用労働法14条2項により、短時間・有期雇用労働者から求めがあったときは、事業主は、通常の労働者との間の待遇差の内容と理由、そして待遇決定に当たって考慮した事項を説明しなければなりません。厚生労働省の概要資料は、説明は、求めをした労働者に最も近い通常の労働者との比較で行うとしています。要するに、会社は「そういう決まりです」「雇用形態が違うからです」という抽象論だけでは足りず、誰と比べて、どこが違い、その違いを何で正当化するのかを具体的に説明する必要があります。
しかも、この説明を求めたこと自体を理由に不利益扱いしてはいけません。熊本労働局の法14条2項・3項の説明資料では、説明を求めたことを理由として、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならず、その例として配置転換、降格、減給、昇給停止、出勤停止、更新拒否などが挙げられています。したがって、労働者側から見ると、同一労働同一賃金の実務は「いきなり訴える」前に、まず会社に説明させることがかなり重要です。説明の中身が薄ければ、それ自体が後の交渉や紛争解決で大きな材料になります。
では、どんな待遇が争点になりやすいかというと、典型は基本給、賞与、各種手当、福利厚生です。厚生労働省は、労働者向けに、賃金だけでなくボーナスや手当の違いについて理由を聞いてみることを勧めていますし、ガイドラインでも賃金のみならず福利厚生やキャリア形成などを対象にしています。したがって、「同じ仕事なのに通勤手当がない」「食堂や休憩室の利用条件が違う」「賞与だけゼロ」「皆勤手当の趣旨に差が反映されていない」といった個別論点ごとに検討していくことになります。
労働者側の実務としては、同一労働同一賃金を争うとき、まず四つを確認すべきです。第一に、比較対象となる通常の労働者は誰か。第二に、自分とその人の職務内容と責任はどこまで同じか。第三に、配置転換や役割期待の範囲にどんな違いがあるか。第四に、問題となる待遇の趣旨は何か、です。賞与なら何に報いる趣旨なのか、手当なら何を補填する趣旨なのか、福利厚生なら何のための制度なのかを見ないまま、「同じ仕事だから全部同じ」と言っても弱くなりがちです。逆に、その待遇の趣旨から見て差を付ける理由が見当たらないなら、かなり強い論点になります。これはガイドラインが待遇の性質・目的に沿って例示している構造そのものです。
要するに、第42講で押さえるべきことはこうです。同一労働同一賃金は、正社員と非正規の待遇を全部同じにする制度ではなく、同一企業内の不合理な待遇差をなくす制度である。8条では不合理な待遇差が禁止され、9条では同視できる場合の差別的取扱いが禁止される。そして14条により、会社には待遇差の内容・理由・考慮事項を説明する義務がある。 だから、この分野の実務は、「差があるか」だけでなく、その差を会社が具体的に説明できるかで決まるといってよいです。