第9回 労災が使えるのはどんなときか|長時間労働・ハラスメント・通勤災害

第9回 労災が使えるのはどんなときか|長時間労働・ハラスメント・通勤災害

「仕事中にけがをしたが、会社から健康保険で受診するよう言われた」「うつ病になったが、これが労災になるのか分からない」「通勤中の事故でも使えるのか」。労災の相談では、こうした疑問が非常に多く見られます。労災保険は、労働者の業務上の事由または通勤による傷病等に対して必要な保険給付を行う制度で、原則として一人でも労働者を使う事業は適用対象になり、アルバイトやパートなど雇用形態でも左右されません。

1 まず「業務災害」と「通勤災害」を分けて考える

労災が使えるかを考えるときは、まず業務災害なのか通勤災害なのかを分ける必要があります。業務災害は、仕事が原因で起きた負傷、疾病、障害、死亡です。通勤災害は、通勤によって被った傷病等で、厚生労働省の2026年版ガイドブックでは、住居と就業場所の往復だけでなく、複数就業者の事業場間移動や、一定要件の下での単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動も通勤に含まれると整理されています。

2 典型的に労災が問題になる場面

いちばん分かりやすいのは、仕事中の転倒、機械への巻き込まれ、荷物の運搬中のけがなど、事故型の災害です。これに加えて、長時間労働や強い業務負荷による脳・心臓疾患、パワハラやカスタマーハラスメントなど強い心理的負荷による精神障害も、労災認定の対象になり得ます。厚生労働省は、脳・心臓疾患の認定基準について令和3年9月改正・令和5年10月一部改正後の基準を公表しており、精神障害については2023年9月1日に認定基準を改正しています。

3 長時間労働で労災が問題になるのはどんなときか

脳梗塞、くも膜下出血、心筋梗塞などの脳・心臓疾患では、厚生労働省は、発症前おおむね6か月を評価期間とし、時間外労働が月45時間を超えるほど関連性が徐々に強まり、発症前1か月におおむね100時間または発症前2か月ないし6か月にわたり1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務との関連性が強いと評価できると示しています。さらに、拘束時間の長い勤務、休日のない連続勤務、勤務間インターバルの短さ、不規則勤務、深夜勤務、出張の多さなど、労働時間以外の負荷要因も総合考慮されます。

ここで大事なのは、「残業時間だけですべて決まる」という理解は正確ではないことです。上の時間水準は非常に重要ですが、その水準にやや届かなくても、連続勤務や短い勤務間インターバル、出張負荷などが重なれば、関連性が強い方向に評価されることがあります。これは厚生労働省の認定基準から導かれる実務上の読み方です。

4 ハラスメントや強いストレスで労災が使えることもある

精神障害の労災では、長時間労働だけでなく、仕事による強い心理的負荷が問題になります。厚生労働省は2023年9月の基準改正で、心理的負荷評価表にカスタマーハラスメント感染症等の危険性が高い業務を追加し、さらにパワーハラスメント6類型すべての具体例を明記しました。加えて、既に精神障害があった人でも、悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がなくても、「業務による強い心理的負荷」により悪化したときは、その悪化部分について業務起因性を認める方向に見直されています。

したがって、上司からの継続的な人格否定、過大な要求、孤立化、顧客からの著しい迷惑行為への放置などがあり、その後うつ病や適応障害などを発病した場面では、単に「職場がつらかった」で終わるとは限りません。労災の問題として組み立てられる余地があります。

5 通勤中の事故でも労災は使える

通勤災害は、単なる「家と会社の行き来」だけではありません。厚生労働省のガイドブックでは、通勤とは、就業に関し、住居と就業場所の往復、複数就業者の事業場間移動、単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動を、合理的な経路かつ手段で行うことをいうとされています。

もっとも、途中で経路を逸脱したり中断したりすると、その間とその後の移動は原則として通勤ではなくなります。ただし、日用品の購入など日常生活上必要な行為を最小限度で行う場合には、合理的経路に戻った後は再び通勤とみなされます。したがって、通勤途中のコンビニ立寄りや日用品購入が直ちにすべて対象外になるわけではありませんが、私的な大きな寄り道は注意が必要です。

6 労災が使えると、どんな給付があるのか

労災保険では、治療についての療養(補償)給付、休業中の休業(補償)給付、後遺障害が残ったときの障害(補償)給付、死亡したときの遺族(補償)給付などがあります。厚生労働省によれば、療養給付は必要な療養費の全額、休業給付は休業4日目から給付基礎日額の60%で、これとは別に20%の休業特別支給金があります。障害・遺族についても等級や遺族数に応じた給付が用意されています。

また、労災保険指定医療機関で受診した場合は、所定の請求書を提出すれば治療費の自己負担はありません。指定医療機関でない場合はいったん立替払いになりますが、その後請求できます。

7 会社が認めなくても請求はできる

ここは非常に重要です。厚生労働省の案内では、仕事中のけがについて会社が認めてくれなくても、労災保険の請求はできます。また、仕事中や通勤中の傷病なのに健康保険で受診してしまった場合には、切替手続や立替後の請求が必要になります。厚生労働省は、仕事中のけがでは健康保険は使えないと明記しています。

したがって、会社から「健康保険で行っておいて」「労災にすると困る」と言われても、それで労災が消えるわけではありません。むしろ、後からの整理が面倒になるので、早めに労災として扱うべき場面かを確認することが重要です。これは上記公的資料から導かれる、かなり実務的なポイントです。

8 会社の責任とは別問題でもある

労災保険は、業務や通勤による傷病等に対して必要な保険給付を行う制度ですが、それで会社の法的問題がすべて終わるとは限りません。厚生労働省系資料でも、労働災害では事業主の補償責任や、場合によっては安全配慮義務違反などの民事上の責任が問題になり得ること、第三者行為災害では第三者への損害賠償請求権と労災保険の給付請求権が並存し得ることが整理されています。つまり、「労災が使えるか」と「会社に損害賠償責任があるか」は、重なり合うことはあっても、同じ問いではありません。

9 初動で集めておきたいもの

労災では、事故型なら災害発生状況、現場写真、目撃者、診断書、勤怠記録が重要です。長時間労働型なら、タイムカード、PCログ、メール送信時刻、シフト表、業務日報、出張記録などが重要になります。ハラスメント型なら、録音、チャット、面談メモ、相談履歴、診断書が重要です。複数の勤務先で働いている場合は、2020年9月1日以降に発生したけがや病気について、全ての会社の賃金を合算し、全ての会社の負荷を総合評価して判断する制度もあります。

まとめ

労災が使えるのは、機械事故や転倒のような典型的なけがだけではありません。長時間労働による脳・心臓疾患、パワハラやカスハラなど強い心理的負荷による精神障害、そして合理的経路での通勤中の事故も、労災の対象になり得ます。しかも、会社が認めないから使えない、健康保険で受診したから終わり、というものでもありません。労災は、仕事や通勤との関係を証拠で整理し、労働基準監督署に請求していく制度です。

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