第8講 遺産分割協議書の作り方|あとで揉めない書面のポイント

第8講 遺産分割協議書の作り方|あとで揉めない書面のポイント

遺言書がなく、相続人全員で遺産の分け方について合意できたとしても、それだけで相続手続が終わるわけではありません。
その合意内容を、後の登記や預金払戻しなどに使える形で書面化する必要があります。法務局は、相続人の間で遺産の分け方を協議・話合いし、その結果を遺産分割協議書として書面にするという流れを案内しており、ゆうちょ銀行も相続手続の必要書類として遺産分割協議書を挙げています。

遺産分割協議書は、単に「誰が何をもらうか」をメモする紙ではありません。
相続人全員の合意が、どの財産について、どの内容で成立したのかを、第三者にも分かる形で示す文書です。ここが曖昧だと、不動産登記が通りにくい、金融機関の手続で補正が入る、後から「そんな合意はしていない」と争われる、といった問題が起きやすくなります。

1 遺産分割協議書は「全員参加・全員合意」の証拠になる

遺産分割協議書で最も重要なのは、相続人全員が関与していることが分かることです。
法務局関係の案内では、遺産分割協議書には法定相続人全員が実印を押印し、その印鑑証明書を添付する扱いが繰り返し示されています。これは、相続人の一部だけで勝手に協議したものではないことを、外部の手続先に示す意味を持ちます。

したがって、まず前提として、誰が法定相続人なのかが確定していなければなりません。
戸籍調査が不十分で相続人が漏れていれば、協議書を作っても、その後の手続で行き詰まる危険があります。家庭裁判所も、遺産分割の手続では、被相続人の出生から死亡までの戸籍や相続人全員の現在戸籍を求めており、相続人の確定を土台にしています。

2 まず書くべきなのは「誰についての相続か」と「協議が成立したこと」である

遺産分割協議書には、最初に被相続人が誰かを明確に書く必要があります。
実務上は、被相続人の氏名、死亡日、最後の住所などを示したうえで、「相続人らは、被相続人の遺産について協議した結果、次のとおり分割することに合意した」といった形で本文に入るのが一般的です。ゆうちょ銀行の案内でも、遺産分割協議書の一例として、被相続人の死亡日・氏名・最後の住所、相続人が協議に合意したことを示す文言、協議日、相続人全員の住所氏名と実印押印を挙げています。

この部分は地味ですが、実はとても重要です。
誰の相続についての書面かが曖昧だと、そもそもどの相続案件に関する協議書なのかが判然としません。協議書は後に法務局や金融機関へ提出される文書ですから、読む第三者が見て、対象となる相続を特定できることが必要です。

3 不動産は「登記記録どおり」に特定する

遺産分割協議書で最もミスが出やすいのが、不動産の書き方です。
法務局のチェックシートでは、不動産の表示は登記記録どおりに記載するよう案内されており、相続登記ガイドブックでも、登記済証や固定資産税納税通知書・名寄帳等によって、所在、地番、地目、地積、家屋番号などを確認するよう示されています。

つまり、「岩国市内の自宅土地建物一式」のような書き方では足りません。
土地なら所在・地番・地目・地積、建物なら所在・家屋番号・種類・構造・床面積など、登記に耐える形で具体的に書く必要があります。法務局の書式例でも、不動産番号を記載した場合は一部記載を省略できるものの、基本的には登記対象不動産を正確に特定する発想が取られています。

したがって、不動産については、協議書を書く前に必ず登記事項証明書や権利証関係資料を見て、表記を写すくらいの慎重さが必要です。
不動産の特定が曖昧だと、せっかく合意していても相続登記で補正や差戻しの原因になりやすいです。

4 預金は「どの口座か」が分かるように書く

預貯金についても、協議書では具体的特定が大切です。
家庭裁判所の必要資料案内では、通帳や残高証明書について、口座名義人、金融機関名、支店名、口座種別、口座番号、直近日の残高などが分かることに注意するよう示されています。これは、預金が実務上、どの口座を指しているのか明確であることが重要だということを意味します。

そのため、協議書でも、単に「預金は長男が取得する」と書くのではなく、
「○○銀行○○支店普通預金口座(口座番号○○○○)」のように、できるだけ口座を特定して記載する方が安全です。遺言文例でも、銀行名、支店名、預金の種類、口座番号によって具体的に特定する例が示されています。

もっとも、実務では相続開始後に新しい口座や定期預金が見つかることもあります。
そのため、今回の協議対象をどこまでにするのか、後日発見財産をどう扱うのかは、事案に応じて文言を工夫すべきです。少なくとも、今回何を対象に合意したのかは読み手に分かるようにしておくべきです。遺産分割では、まず分けるべき財産を確定すること自体が重要だと家庭裁判所も案内しています。

5 代償金を定めるときは、金額・支払者・期限を明確にする

遺産分割では、不動産を一人が取得する代わりに、他の相続人へお金を支払って調整することがあります。
このような代償分割を採る場合は、協議書に、誰が誰にいくら支払うのかをはっきり書くべきです。家庭裁判所も、遺産分割では分割の方法まで含めて合意を目指すと説明しており、具体的な取得方法が重要であることを前提にしています。

実務上は、少なくとも、支払者、受取人、金額、支払期限までは明記したいところです。
さらに、振込送金にするなら振込方法、振込手数料の負担、期限までに支払われなかった場合の扱いなども、必要に応じて書いておくと後の紛争予防になります。ここは法定の書式があるというより、後で解釈がぶれないように文面を詰める場面です。遺産分割協議書は、分割の方法や結果を第三者にも分かる形で示す文書だという原則から考えると、この程度の具体性はあった方が安全です。

6 署名押印は最後の形式ではなく、書面の効力を支える部分である

協議書の末尾には、相続人全員の住所・氏名を記載し、押印をします。
法務局関係資料では、遺産分割協議書には相続人全員が実印を押印し、その印鑑証明書を添付することが前提とされています。また、ゆうちょ銀行の案内でも、遺産分割協議書の一例の要素として、相続人全員の住所・名前・実印押印が示されています。

ここで重要なのは、押印そのものよりも、誰がその内容に合意したのかを客観的に示せることです。
後日の手続では、この部分が形式面の審査対象になります。したがって、協議書本文がどれだけ立派でも、署名押印や印鑑証明書の整備が雑だと、結局使いにくい書面になります。

7 協議書は「書けば終わり」ではなく、後の手続とつながっている

遺産分割協議書は、作成それ自体が目的ではありません。
不動産があるなら相続登記に使い、預金があるなら金融機関の払戻しや名義変更に使い、必要に応じて調停や後の争いの場面でも資料になります。家庭裁判所の申立必要書類でも、作成されている場合の遺産分割協議書の写しが提出書類として挙げられています。

そのため、協議書は「家の中で分かればよい文書」ではありません。
法務局や金融機関に出しても通じる文面になっているか、財産の特定が足りているか、署名押印や添付書類に不足がないか、という視点で見直す必要があります。金融機関も、相続形態に応じて戸籍謄本等や印鑑証明書、遺産分割協議書などの提出を求めています。

8 まとまらないなら、無理に雑な協議書を作らない

遺産分割協議書は、合意ができた内容を書面化するものです。
したがって、そもそも遺産の範囲や評価、誰が何を取得するかについて合意ができていないなら、無理に協議書を作るべきではありません。家庭裁判所は、話合いがつかない場合には遺産分割調停を申し立てることができ、調停では遺産として分けるべき財産を確定し、その評価額を定めた上で合意を目指すと案内しています。

中途半端な協議書は、かえって後の紛争を増やします。
「一応サインはしたが、何を意味するのか分からなかった」「口頭では別の話だった」という争いが出るくらいなら、未成熟な合意を急ぐより、まず対象財産や条件を整理した方がよいです。調停不成立なら審判に移るという制度があるのも、そうした行き詰まりを前提にしたものです。

9 まとめ|遺産分割協議書は「合意内容を実務に耐える形にする文書」である

遺産分割協議書は、相続人全員で合意した遺産の分け方を、後の手続に使える形で固定する文書です。
そのため、被相続人の特定、協議成立の文言、財産の具体的表示、とくに不動産の登記記録どおりの記載、預金口座の具体的特定、相続人全員の署名押印と印鑑証明書などが重要になります。

結局のところ、遺産分割協議書は「あとで揉めないようにする書面」であると同時に、登記や払戻しを進めるための実務書類でもあります。
だからこそ、きれいな文章を書くことより、誰が読んでも対象財産と合意内容がぶれないことを重視すべきです。

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