第3講 入社時の約束はどこまで法的に意味があるか|求人票・労働条件通知書・口頭説明
第3講 入社時の約束はどこまで法的に意味があるか|求人票・労働条件通知書・口頭説明

就職や転職の場面では、最初に目に入るのは求人票や募集広告です。そして、面接で説明を受け、内定後に労働条件通知書や雇用契約書が示される、という流れが一般的です。もっとも、あとで争いになるのはまさにこの部分です。「求人では月給25万円と書いてあったのに、基本給と固定残業代の内訳が全然違う」「転勤なしと聞いていたのに、入社後に異動前提だと言われた」「正社員だと思っていたのに、実は有期契約だった」という食い違いは、労働相談で非常によく出てきます。では、入社時の約束は、どこまで法的に意味を持つのでしょうか。
結論からいえば、採用場面の情報は一枚岩ではありません。募集段階の求人票・求人広告、面接や内定時の口頭説明、そして労働契約締結時の労働条件通知書・雇用契約書は、法的な位置づけがそれぞれ違います。そのため、「求人票に書いてあったから当然そのとおりだ」とも、「最終的に書面が出たならそれ以前の説明は全部無意味だ」とも、どちらにも単純には言えません。争いになったときは、どの段階で、どの条件が、どれだけ具体的に示され、最終的にどう合意されたのかを丁寧に見ていくことになります。
1 まず区別したいのは「募集段階」と「契約締結段階」である
法律上、募集段階と契約締結段階は分けて考えられています。募集段階では、職業安定法により、労働者を募集するときには労働条件を明示することが必要とされ、2024年4月1日からは、従事すべき業務の変更の範囲、就業場所の変更の範囲、有期契約更新基準に関する事項(更新上限を含む)も新たに明示事項に加わりました。さらに、求人等に関する情報については、虚偽の表示や誤解を生じさせる表示が禁止され、求人情報は正確かつ最新の内容に保つことが求められています。
これに対し、契約締結段階では、労働基準法15条により、使用者は労働契約の締結に際して、賃金、労働時間その他の労働条件を労働者に明示しなければなりません。厚生労働省のFAQでは、契約期間、更新基準、就業場所・業務内容、始業終業時刻、時間外労働の有無、休憩、休日、休暇、賃金の決定・計算・支払方法、退職に関する事項などを明示すべきと整理しており、そのうち重要項目は書面交付などによる明示が必要とされています。
つまり、募集段階では「こういう条件で人を募集します」と外に向けて示し、契約締結段階では「あなたとの契約条件はこれです」と個別に固める、という二段階構造になっています。この区別を押さえておかないと、求人票と労働条件通知書の意味の違いが見えにくくなります。
2 求人票は無意味ではないが、それだけで最終条件が確定するわけでもない
ここでよく誤解されるのが、求人票の位置づけです。厚生労働省は、求人誌やハローワークの求人票は、あくまで募集の際に提示する労働条件の目安であり、労働基準法15条の「労働条件の明示」そのものには当たらないと説明しています。つまり、求人票イコール法定の労働条件通知書ではありません。
しかし、だからといって求人票がどうでもよいわけではありません。募集段階でも職業安定法上の労働条件明示義務があり、また求人等に関する情報については虚偽表示・誤解惹起表示が禁止されています。厚生労働省は、実際に「正社員」とうたいながら実際はアルバイト・パートの求人であったり、実際の賃金より高額な賃金を表示したり、フリーランス募集と雇用契約募集を混同させたりする例を、問題のある表示として具体的に挙げています。
したがって、求人票は「最終契約書ではない」という意味で限界はありますが、募集時に会社がどのような条件で人を募っていたかを示す重要な出発資料ではあります。後で条件食い違いが争点になったとき、求人票の記載は、「会社が当初どう説明していたか」を裏づける資料として十分に意味を持ちます。特に、賃金額、雇用形態、勤務地、業務内容、固定残業代の有無などは、後の説明との比較で効いてきます。
3 法的にいちばん重いのは、やはり労働条件通知書・雇用契約書である
採用場面で最重要なのは、契約締結時に示される労働条件通知書や雇用契約書です。厚生労働省のFAQは、労働基準法15条に基づき、契約期間、更新基準、就業場所、業務、始業終業時刻、時間外労働の有無、休日休暇、賃金、退職に関する事項などを明示しなければならないと整理しています。入社時に何をもって契約条件とみるかが争われたとき、まず最初に見るべきなのはこの書面です。
しかも、明示された労働条件が事実と相違する場合には、労働者は即時に労働契約を解除することができ、就業のために住居を変更した労働者が解除の日から14日以内に帰郷する場合には、使用者が必要な旅費等を負担しなければならないと案内されています。ここは、単なる「説明不足」ではなく、法が具体的効果を予定している場面です。
実務上も、採用前に話していた内容と、通知書・契約書の文言が食い違っていたら、そこで立ち止まるべきです。入社を急ぐあまり、「あとで直るだろう」と思ってサインしてしまうと、後で会社から「最終的にはこの条件で合意した」と主張されやすくなります。もちろん、書面にサインしたからすべて終わりとは限りませんが、争いは一気に難しくなります。これは法的評価というより実務上の重みの問題ですが、非常に大切です。
4 では、口頭説明は意味がないのか
ここも極端な理解は危険です。労働契約法6条について厚生労働省は、労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、当事者が合意することによって成立すると説明しています。そして、その成立要件として、契約内容について書面交付までは求められないと明示しています。さらに、労働契約法8条についても、労働条件の変更は当事者の合意によるものであり、変更内容について書面交付までは要件ではないと整理されています。
ということは、理屈の上では、面接や内定時の口頭説明であっても、それが具体的で、当事者双方がその条件で合意していたと認められれば、法的意味を持ちえます。たとえば、「転勤はない」「固定残業代はない」「入社後1年で必ず正社員化する」など、かなり具体的な説明がされ、それを前提に入社したことが資料で裏づけられるなら、単なる雑談では済まない可能性があります。
もっとも、ここには大きな現実的問題があります。口頭説明は立証が難しい、ということです。会社側は「一般的な説明をしただけだ」「確定条件ではなく予定だった」「最終条件は通知書で示した」と反論してくるのが通常です。したがって、口頭説明を重視するなら、録音、メール、メッセージ、面接後のお礼メール、内定通知、採用担当者とのやり取りなど、周辺資料がとても重要になります。これは条文から直接出る話というより、合意の有無が争われる以上、当然に生じる実務上の帰結です。
5 就業規則が埋めてくる部分もある
入社時にすべての条件が個別に細かく書かれているとは限りません。この点について、労働契約法7条は、合理的な労働条件が定められている就業規則を使用者が労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容はその就業規則によると定めています。厚生労働省の解説でも、労働契約で詳細が定められていない部分を、合理的で周知された就業規則が補充する仕組みだと説明されています。
逆にいえば、採用担当者の口頭説明だけでなく、就業規則も初期条件の一部を形づくることがあります。休職制度、服務規律、懲戒、退職金、各種手当の詳細、休暇運用などは、通知書より就業規則側に書かれていることが多いからです。したがって、入社時の約束を考えるときは、求人票・口頭説明・通知書だけでなく、就業規則まで一体で見る必要があります。
さらに、労働契約法7条ただし書のもとでは、就業規則と異なる労働条件を当事者が個別に合意していた部分については、その合意が優先しうるとされています。ただし、その内容が就業規則の基準を下回る場合などは別の問題が生じます。ここは、会社が何でも就業規則で上書きできるわけではないことを示す重要な点です。
6 よく争いになる「採用時の約束」
採用時の食い違いで多いのは、まず賃金です。たとえば求人票では「月給30万円」とあったのに、実際には基本給22万円に固定残業代8万円が含まれていた、という類型です。厚生労働省は、固定残業代を採用する場合に、その基礎となる時間数等を示さず基本給に含めて表示してはならない旨の例を示しており、募集段階の表示でも注意が必要だとしています。
次に多いのが、勤務地や業務内容です。2024年4月からは、募集段階でも「雇入れ直後」だけでなく、業務内容と就業場所の変更の範囲を明示すべきことになりました。したがって、「最初は事務だが将来は営業もありうる」「本社採用だが将来支店異動がありうる」といった点は、採用時から見える形にしておくべき事項になっています。入社後に「聞いていない異動前提だった」と争われやすい論点なので、実務上かなり重要です。
さらに、有期契約では、更新基準や更新上限も重要です。2024年4月以降、募集段階でも更新基準に関する事項、通算契約期間または更新回数の上限を含む明示が必要になりました。最初は「更新前提のつもりだった」と思っていても、実際には更新上限が設定されていたということがあるため、有期雇用では特に見落とせません。
7 食い違いがあったとき、どう動くべきか
採用時の約束に食い違いがあると感じたら、まずやるべきことは証拠の固定です。求人票のスクリーンショット、募集要項、面接案内メール、内定通知、労働条件通知書、雇用契約書、就業規則、採用担当者とのメッセージの履歴を、時系列で保管しておくことが重要です。あとで「そんな説明はしていない」となったとき、どの段階で何が示されていたかを見せられるかどうかで、交渉力がかなり変わります。これは実務上の要点ですが、上で見たように募集段階・契約段階・個別合意が分かれている以上、資料を横断的に残す意味は大きいです。
ハローワーク求人で、求人票の内容と実際の条件が違う場合には、厚生労働省はハローワークへの相談や「ハローワーク求人ホットライン」への申出を案内しています。また、法定の労働条件通知書と実際の条件が違う場合には、労働基準法15条の問題として扱う余地があります。募集段階の表示の問題なのか、契約締結時の明示違反なのか、あるいは個別合意違反なのかで、相談先や組み立てが少し変わることも意識しておくとよいです。
8 まとめ|採用時の説明は「全部同じ重さ」ではない
入社時の約束を考えるときは、まず、求人票・募集広告、面接や内定時の口頭説明、労働条件通知書・雇用契約書、就業規則を分けて考える必要があります。求人票は法定の最終通知そのものではありませんが、募集時の説明として重要です。口頭説明も、具体的な合意として認められれば意味を持ちえます。もっとも、法的にも実務的にも中核に来るのは、やはり契約締結時の労働条件通知書・雇用契約書です。
要するに、採用時の説明は「全部同じ重さ」ではありません。しかし、どれか一つだけ見ればよいわけでもありません。争いになったときは、募集段階で何が示され、面接で何が約束され、最終的に何が書面化され、就業規則で何が補われていたかを、全体として読むことになります。採用時の違和感は、後で大きな労働問題に育つ入口です。だからこそ、入社前後の資料は、軽く見ない方がよいのです。