第15講 タイムカードがなくても残業代は請求できるのか|証拠の集め方と立て方

第15講 タイムカードがなくても残業代は請求できるのか|証拠の集め方と立て方

残業代の相談で非常に多いのが、「タイムカードがないから無理ですよね」という不安です。
しかし、結論からいえば、タイムカードがないことだけで残業代請求が当然にできなくなるわけではありません。 厚生労働省の裁判例整理でも、割増賃金請求の要件事実の立証責任は労働者側にあるものの、タイムカード等の明確な証拠がない場合でも、労働者が作成して使用者に提出した書面や、個人的な日誌・手帳などによって一応の立証がされたものとされ、使用者側に有効な反証がなければ請求が認容されることがあると整理されています。

要するに、この場面は「タイムカードがあるか、ないか」の二択ではありません。
本当の争点は、どれだけ労働時間の実態を復元できるかです。そして、この論点では、会社が本来果たすべき労働時間管理義務を果たしていたかどうかも大きく影響します。厚生労働省のガイドラインは、使用者には労働時間を適正に把握する責務があり、労働日ごとの始業・終業時刻を確認して記録しなければならないと明示しています。

1 まず押さえたいのは、「証拠がゼロ」と「タイムカードがない」は違うということ

タイムカードがないと言っても、証拠が本当にゼロであることはむしろ少ないです。
厚生労働省のガイドラインは、始業・終業時刻の確認方法として、使用者の現認のほか、タイムカード、ICカード、パソコン使用時間の記録などの客観的記録を原則的方法として挙げています。つまり、労働時間の証拠はタイムカードに限られません。

他方、厚生労働省の裁判例整理は、会社側の記録が乏しい場合でも、労働者が作成して会社に提出した出勤簿や業務日誌、個人的な日誌や手帳などが、一応の立証として意味を持ちうるとしています。
ですから、「タイムカードがない=終わり」ではなく、客観記録がどこまで残っているかと、本人作成資料をどこまで積み上げられるかの勝負になります。

2 会社には、そもそも労働時間を記録する義務がある

この点は非常に重要です。
厚生労働省のガイドラインによれば、使用者は、単に「1日何時間働いたか」をざっくり把握するのでは足りず、労働日ごとに始業時刻・終業時刻を確認し、これを記録したうえで労働時間を把握・確定する必要があります。原則的な方法としては、①使用者が自ら現認すること、または②タイムカード、ICカード、パソコン使用時間の記録等の客観的記録に基づくこと、のいずれかが示されています。

したがって、会社が「うちはタイムカードがないから分からない」と言うとき、その発言自体が会社に有利とは限りません。
本来、会社には始業・終業時刻を確認し記録する責務があるからです。むしろ、その責務を果たしていないことが、労働者側の立証の評価に影響することがあります。厚生労働省の裁判例整理が、労働者側の証拠が十分でなくても、会社が労働時間を適正把握する責務を果たしていないことを考慮すると述べているのは、そのためです。

3 何が証拠になりうるのか

厚生労働省の公式資料から素直に言える範囲でいえば、証拠は大きく三層あります。
第一に、会社が本来持っている客観記録です。タイムカード、ICカード、パソコン使用時間の記録などがこれに当たります。第二に、会社が労働時間算出のために持っている関連記録です。厚労省ガイドラインは、残業命令書やその報告書などを客観記録と突き合わせる資料として挙げています。第三に、労働者側が作成した資料で、出勤簿、業務日誌、個人的な日誌、手帳などです。

実務感覚としては、一つの完璧な証拠を探すより、複数の断片を重ねる方が大事です。
たとえば、パソコンログだけでは退勤時刻は見えても途中の休憩は分かりにくいことがありますし、個人メモだけでは客観性を争われやすいことがあります。ですが、業務日誌、PCログ、給与明細、社内提出書類などが同じ方向を向いていれば、立証はかなり強くなります。これは厚生労働省が示す「客観記録」と「本人資料」の併用構造から自然に導かれる見方です。

4 本人メモや日誌は、思っているより重要である

「自分で書いたメモでは弱いのでは」と思う方は多いです。
たしかに、本人メモだけで何もかも決まるわけではありません。ただ、厚生労働省の裁判例整理は、タイムカード等がない場合でも、労働者が作成して使用者に提出した書面や、個人的な日誌・手帳等により一応の立証が認められうると明言しています。

ここで重要なのは、メモの継続性具体性です。
毎日または高い頻度で、始業・終業時刻、休憩、業務内容、残業理由などが記録されている方が強いです。後からまとめて作った一覧表より、その都度のメモや日誌の方が通常は信用性が高くなりやすい、というのは裁判実務上かなり自然な感覚です。この点は、厚労省が個人的な日誌・手帳等を例示していることとも整合します。

5 証拠として残すべきなのは、「何時間いたか」だけではない

残業代の証拠というと、始業時刻と終業時刻だけを意識しがちです。
しかし、厚生労働省のガイドラインは、労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、明示的・黙示的な指示による業務時間だけでなく、準備行為、後始末、手待時間、業務上義務づけられた研修・学習時間も労働時間に当たりうると示しています。

したがって、証拠として残すべきなのは、単に「何時にいたか」だけではありません。
たとえば、制服や所定服への着替え、開店準備、締め作業、清掃、待機、義務的研修などがあれば、その中身まで記録しておく方が有利です。労働時間の外に押し出されやすい部分こそ、後から争点になりやすいからです。

6 自己申告制の会社では、むしろズレを拾うことが大事になる

会社によっては、タイムカードではなく自己申告制で労働時間を管理していることがあります。
厚生労働省ガイドラインは、やむを得ず自己申告制を用いる場合、会社は労働者に適正申告の説明を行い、自己申告時間と入退場記録やパソコン使用時間等との間に著しい乖離がある場合には実態調査と補正を行い、さらに自己申告を阻害する上限設定などをしてはならないとしています。

このため、自己申告制の職場では、申告した時間実際の客観記録とのズレ自体が証拠になります。
「残業申請が通らないから短く書いていた」「上限を超えると書けない雰囲気だった」という話は珍しくありませんが、そうした場合でも、会社側には乖離を調べ補正する責務がある、というのが厚労省ガイドラインの立場です。

7 会社の記録は、一定期間保存されるはずである

証拠収集では、会社がどれだけ記録を持っているかも大事です。
厚生労働省は、賃金台帳などの記録保存期間を5年に延長しつつ、当分の間は3年としており、同じく未払賃金請求権の消滅時効も5年に延長しつつ、当分の間は3年と案内しています。これは2020年4月1日以降に支払期日が到来する賃金に適用されています。

つまり、少なくとも直近の数年分については、会社側にも本来記録が残っている前提で考えてよい場面が多いです。
このため、退職後であっても、すぐに諦める必要はありません。どの期間の賃金を問題にするのか、時効との関係を見つつ、会社側の保有記録も視野に入れて動くべきです。

8 証拠集めで最初にやるべきこと

実務上、最初にやるべきことはかなりはっきりしています。
まず、手元にある給与明細、雇用契約書、就業規則、シフト表、業務日誌、個人メモを集めます。次に、会社の客観記録につながるもの、たとえば入退館記録、ICカード、PC使用記録、残業申請書、報告書などがないかを確認します。これは厚生労働省ガイドラインと裁判例整理が直接示している証拠類型に沿った動きです。

そのうえで、日ごとの時系列表を作るのが有効です。
何月何日に、何時から何時まで、どんな業務をし、休憩はどうだったか。これを一覧化すると、個々の証拠を突き合わせやすくなります。これは法文そのものではありませんが、厚労省が求める「労働日ごとの始業・終業時刻」の把握に沿った、非常に実務的な整理方法です。

9 会社が「証拠がない」と言ってきたときの見方

会社が「タイムカードがない」「記録がない」「覚えていない」と言ってくることはあります。
しかし、その場合でも、厚生労働省の裁判例整理は、労働者側の一応の立証と、会社側の適切な反証の有無を問題にしています。会社が本来果たすべき労働時間管理義務を果たしていないなら、そのこと自体が評価に影響します。

つまり、「会社に明確な記録がないから労働者が負ける」と短絡しないことが大切です。
むしろ、会社に記録がない理由が、会社の管理不備にあるなら、労働者側のメモや業務日誌の重みが増すことがあります。ここがこの分野の少し独特なところです。

10 まとめ|タイムカードがなくても、勝負は終わらない

残業代請求では、タイムカードは強い証拠ですが、唯一の証拠ではありません。
会社には始業・終業時刻を確認し記録する責務があり、客観記録がなくても、業務日誌、出勤簿、個人的な日誌や手帳などにより一応の立証が認められることがあります。さらに、準備、後始末、手待時間、義務的研修なども労働時間に当たりうるため、証拠は単なる「在社時間」のメモにとどまりません。

ですから、「タイムカードがないから無理」と最初から切らないことです。
本当に見るべきなのは、会社の客観記録がどこまであるか、本人の記録がどこまで継続的か、そして日ごとの労働時間の復元がどこまでできるかです。タイムカードがなくても、勝負は終わりません。むしろそこから、証拠の組み立てが始まります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA