第26講 安全配慮義務とは何か|会社は従業員をどこまで守る義務があるのか
第26講 安全配慮義務とは何か|会社は従業員をどこまで守る義務があるのか

会社が従業員に対して負う義務は、賃金を払うことだけではありません。労働契約法5条は、使用者に対し、労働者が生命・身体等の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮を求めています。厚生労働省の解説でも、この「生命、身体等」には心身の健康が含まれ、「必要な配慮」は一律ではなく、職種、仕事内容、勤務場所などの具体的状況に応じて決まるとされています。つまり、安全配慮義務は、工場や現場の事故防止だけの話ではなく、過重労働、メンタル不調、危険な勤務態様、相談後の放置まで含む、かなり広い義務です。
安全配慮義務を理解するうえで大事なのは、これが「何か起きたら必ず会社が負ける」という結果責任ではないことです。問題になるのは、会社が危険を知っていた、又は知り得たのに、具体的状況に応じた措置を取らなかったかどうかです。厚生労働省も、「必要な配慮」は特定の措置を一律に求めるものではなく、個別の状況に応じて判断されると説明しています。したがって、裁判実務では、事故や疾病そのものよりも、その前に会社がどのような労務管理、健康管理、安全教育、配置上の配慮、相談対応をしていたのかが中心争点になりやすいと理解しておくべきです。
過重労働との関係では、この義務は特に重要です。長時間労働は、単に「忙しかった」で済む問題ではなく、脳・心臓疾患やメンタル不調の発症リスクと結び付くため、法令上も健康確保の仕組みが置かれています。厚生労働省は、長時間にわたる労働で疲労が蓄積した労働者について、医師による面接指導制度を設けており、少なくとも一定水準を超える長時間労働者に対して健康面の対応が必要であることを明確にしています。ですから、残業が恒常化し、睡眠不足や体調不良のサインが出ているのに、会社が何もせず働かせ続けていたという場面では、安全配慮義務違反が強く問題になります。
事故との関係でも同じです。労働安全衛生法は、事業者に対し、最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現や労働条件の改善を通じて、労働者の安全と健康を確保するよう求めています。設備の点検や保護具の支給のような物理的安全措置はもちろん、危険な作業手順の見直し、無理な人員配置の是正、十分な休憩、安全教育などもここに入ってきます。したがって、転倒、機械事故、車両事故、熱中症、過密シフトによる判断力低下などは、単発の不運として片付くのではなく、「その事故が起きる前に会社は何をしていたのか」という形で検討されます。
さらに、安全配慮義務は、身体事故だけでなく健康被害にも及びます。厚生労働省は、労働契約法5条の「生命、身体等の安全」に心身の健康が含まれると明示しています。ここからは、うつ状態、不眠、動悸、食欲不振、通院開始、診断書提出、上司への体調相談といったシグナルが出た後の会社の対応が極めて重要になります。相談を受けたのに放置した、明らかに負荷の高い業務をそのまま続けさせた、休養や配置転換の検討をしなかった、という事情は、会社側に不利に働きやすいところです。
この点は、ハラスメントともつながります。職場のパワーハラスメント等については、安全配慮義務とは別に、事業主に雇用管理上必要な措置を講じる義務が法令上課されています。つまり、暴言や人格否定それ自体の違法性だけでなく、相談窓口の不備、調査をしないこと、再発防止をしないこと、相談した側を不利益に扱うことまで含めて、会社の責任が問われる構造になっています。第27講以下で詳しく扱いますが、ハラスメント問題を「加害者個人の問題」に矮小化してはならず、「会社の職場管理の問題」として見ることが重要です。
労働者側の実務感覚としては、安全配慮義務の事件では、①会社が危険を認識していたか、②危険は予見できたか, ③回避措置を取れたのに取らなかったか、という三段階で整理すると見通しがよくなります。勤怠記録、メールやチャット、業務日報、診断書、面談記録、事故報告書、上司への相談履歴などが重要になるのは、この三点を裏付けるためです。安全配慮義務違反の事件は、感情的には「ひどい会社だった」で語られがちですが、法的には「危険の認識」と「措置の欠落」をどう立証するかの勝負だと押さえておくべきです。
要するに、安全配慮義務とは、「会社は従業員を壊れないように働かせる設計義務を負う」ということです。事故が起きてから救済するだけでは遅く、その前段階で、労働時間、業務量、配置、設備、指揮命令、相談対応を通じて危険を下げることが求められます。過重労働でも、事故でも、健康被害でも、会社が「知っていたのに何もしなかった」と評価される場面では、この義務違反が正面から問題になります。