第15講 遺言でどこまで決められるのか|遺産分割方法、認知、相続分指定など

第15講

遺言でどこまで決められるのか|遺産分割方法、認知、相続分指定など

遺言は、「自分の思いを自由に全部書けば、そのまま全部が法的に実現する文書」ではありません。法務省の案内でも、遺言によってできることは、財産に関することなど法律で定められた事項であり、それ以外のこと、たとえば家族への感謝の気持ち、遺言を残した理由、葬儀のことなどは書くこと自体はできても、法的効力の中心はそこにはないとされています。したがって、遺言を見るときも作るときも、まずは「何が法的に決められる事項なのか」を押さえる必要があります。

相続の実務で最も重要なのは、まず財産の承継のさせ方です。民法964条は、遺言者が包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができると定めています。これが遺贈です。他方で、民法902条は、被相続人が遺言で共同相続人の相続分を定めたり、その指定を第三者に委託したりできるとしています。つまり、遺言では、財産を処分することもできるし、共同相続人の間の取り分の割合を法定相続分と違う形にすることもできるのです。

ここで区別しておきたいのが、相続分の指定遺産分割方法の指定です。民法902条が扱うのは「誰がどれだけの割合を持つか」という相続分のレベルの指定です。これに対し、民法908条は、被相続人が遺言で遺産の分割の方法を定めたり、その指定を第三者に委託したりできるとし、さらに相続開始の時から5年を超えない期間で遺産分割を禁じることもできると定めています。実務感覚でいえば、相続分の指定は「割合」の問題であり、遺産分割方法の指定は「どの財産を誰にどう持たせるか」の問題です。そして、必要があれば、しばらく遺産分割をさせないという設計まで遺言で可能です。

したがって、遺言では、「妻に全体の何割を持たせるか」という抽象的な指定もできますし、「自宅土地建物は長男に相続させる」「預貯金は長女に取得させる」といった具体的な分割設計も可能です。しかも民法908条は、その方法の指定を第三者に委託することも認めていますから、遺言者自身が全部を細かく書き切れない場合でも、一定の設計を第三者に託す余地があります。もっとも、このような指定をしても、遺留分の問題が別に残る場面があるため、「書いた以上は何が何でも最終確定する」とまではいえません。ですが少なくとも、遺言は遺産分割の土台そのものを大きく動かし得る文書です。

遺言でできることは、財産分けだけではありません。民法781条2項は、認知は遺言によってもすることができると明文で定めています。そして戸籍法は、遺言による認知の場合、遺言執行者がその就職の日から10日以内に、認知に関する遺言の謄本を添付して届出をしなければならないと定めています。つまり、遺言は「財産の配り方」を定めるだけでなく、法律上の親子関係そのものに関わる行為にも使われ得るのです。この点は、認知が単なる感情表明ではなく、極めて強い身分法上の効果を伴うことを示しています。

また、被相続人は、遺言で推定相続人の廃除をする意思を表示することもできます。民法893条は、その場合に遺言執行者が家庭裁判所に廃除を請求することを予定しています。したがって、遺言は、単に「この人に多く渡す」という分配調整だけでなく、「この人を相続人の地位から外したい」という極めて強い意思表示の場にもなり得ます。もっとも、これは遺言に書けば直ちに当然に完結する話ではなく、家庭裁判所の関与を要する制度ですから、書けばその場で終わる類型と同列に見るべきではありません。

さらに、民法897条は、系譜、祭具及び墳墓の所有権について、慣習に従って祖先の祭祀を主宰すべき者が承継するとしつつ、被相続人の指定を認めています。つまり、仏壇、墓、系譜といった祭祀財産について、誰を承継者にするかも、遺言で重要な意味を持ちます。これも通常の遺産分割とは別筋の承継ですが、だからこそ遺言で明確にしておく意味が大きい分野です。

未成年の子がいる場合には、遺言で未成年後見人未成年後見監督人を指定することもできます。民法839条は、親権を行う者が遺言で未成年後見人を指定できるとし、民法848条は、未成年後見監督人についても遺言による指定を認めています。したがって、遺言は相続財産の配分だけではなく、親の死亡後に未成年者を誰が保護・監督するかという家族の基盤部分にも関わり得ます。相続実務では財産面ばかりが注目されがちですが、遺言の射程はそこにとどまりません。

そして、これらの内容を現実に動かすために、民法1006条は、遺言者が遺言で一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができると定めています。前講で見たように、遺言は書いてあるだけでは実現されません。認知、廃除、遺贈、名義変更など、執行に実働が必要な場面ほど、遺言執行者の指定は意味を持ちます。遺言で何を書けるかを考えるときは、「内容」だけでなく「誰がそれを実行するのか」まで含めて設計するのが実務的です。

もっとも、遺言には限界もあります。法務省の案内が示すとおり、家族への感謝、なぜそのように分けたか、葬儀をどうしてほしいかといったことは記載できますが、それらは法律上の遺言事項とは別です。付言事項として残す意味は大きいものの、相続分指定や遺産分割方法指定、認知、遺言執行者指定のように、法律が予定した強い効果をそのまま生むものとは性質が違います。遺言を読むときには、この法的効力を持つ部分と、気持ちや希望を伝える部分を分けて読む必要があります。

結局のところ、遺言で決められるのは、主として、財産の処分、共同相続人の相続分、遺産分割の方法とその禁止、認知、推定相続人の廃除、祭祀承継者、未成年後見人・後見監督人、遺言執行者といった、法律が明文で予定している事項です。他方で、遺言は万能ではなく、書けば何でも法的に人を縛れるわけではありません。この線を押さえると、遺言書を見たときに「どこが効力の核で、どこが付言なのか」がかなり見えやすくなります。

第16講では、遺言があっても揉めるのはなぜか|無効主張・解釈争い・遺留分の問題を扱います。遺言は強い道具ですが、それでも紛争が終わらない典型場面があります。

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