第16講 遺言があっても揉めるのはなぜか|無効主張・解釈争い・遺留分の問題

第16講

遺言があっても揉めるのはなぜか|無効主張・解釈争い・遺留分の問題

遺言は相続の強力な道具ですが、遺言があるからといって、当然に紛争が終わるわけではありません。実務で遺言があっても争いになる典型場面は、大きく分けると三つあります。第一に、その遺言自体が有効なのかという無効主張、第二に、書いてある意味が一義的でないという解釈争い、第三に、遺言は有効でもなお残る遺留分の問題です。しかも、家庭裁判所の検認は、遺言の有効・無効を判断する手続ではなく、別に無効確認の争いがあり得ると裁判所自身が案内しています。つまり、「検認が終わったから決着した」という発想は成り立ちません。

まず、無効主張です。自筆証書遺言は、全文、日付、氏名の自書と押印を原則とする方式が民法で定められており、財産目録を自書しない場合にも各頁への署名押印が必要です。したがって、日付が曖昧、押印が欠ける、訂正方法が条文どおりでない、といった点がそのまま無効主張の入口になります。さらに、公正証書遺言であっても、方式面の争いが減るだけで、遺言能力や作成時の状況をめぐる争いが消えるわけではありません。遺言の争いは、「紙があるかどうか」ではなく、「その紙が法の要求する遺言として成立しているか」というところから始まるのです。

次に、解釈争いです。民法は、遺贈、相続分の指定、遺産分割方法の指定などを遺言で行えるとしていますが、実際の遺言文言が曖昧であれば、「何を誰にどこまで承継させる趣旨なのか」をめぐって争いが起こります。たとえば、「自宅は長男に任せる」「残りは家族で仲良く分ける」といった文言は、気持ちは伝わっても、法的には具体性が足りず、承継方法・対象財産・割合の理解が分かれやすくなります。遺言は、書いてあれば足りるのではなく、どう読まれるかまで含めて設計されていなければ、かえって紛争の種になります。

そして、最も典型的なのが遺留分の問題です。法務省の相続法改正資料が示すとおり、現在の遺留分制度では、遺留分を侵害された相続人は、遺贈や贈与を受けた者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭を請求することができます。つまり、遺言が有効でも、その内容が一定の相続人の最低限の取り分を侵害していれば、紛争はそこから続きます。ここで重要なのは、遺留分を持つのは兄弟姉妹を除く相続人、すなわち配偶者、子、直系尊属であり、兄弟姉妹には遺留分がないという点です。したがって、「兄弟姉妹しか問題にならない事案」では遺留分紛争は起こりませんが、配偶者や子が絡む事案では、遺言があっても遺留分請求が普通に残り得ます。

ここが実務上の急所です。遺言が有効であることと、遺留分問題がないことは別です。たとえば「全財産を長男に相続させる」という遺言が、公正証書で方式も整っていて有効だとしても、他の子や配偶者の遺留分が侵害されていれば、結局は金銭請求の紛争が起こり得ます。逆にいえば、遺言の強さは、遺産分割協議を不要にしやすいという点にありますが、遺留分紛争まで自動的に消す力はないのです。

さらに、遺言が紛争を生む背景には、法律問題だけでなく感情問題があります。遺言は、被相続人が最終的に誰を厚遇し、誰を軽く扱ったかが可視化される文書でもあります。そのため、法的には説明可能でも、当事者の感情としては納得し難く、まず無効主張、次に解釈争い、最後に遺留分請求という形で、複数の争点が重なって現れることがあります。遺言があるのに揉めるのではなく、遺言があるからこそ、争点がはっきりして揉めるという面すらあります。これは、前述の三つの争点構造から自然に導かれる実務的な理解です。

結局のところ、遺言があっても相続が終わらないのは不思議なことではありません。遺言は、相続のルールを大きく動かす強い文書ですが、その強さゆえに、方式、有効性、意味内容、遺留分といった争点が集まりやすいのです。したがって、遺言を読むときは、「あるか・ないか」だけでは足りません。有効か、どう読むか、誰の遺留分が残るかまで見てはじめて、その遺言が実務上どれほど強いのかが分かります。

第17講では、ここから視点を変えて、相続放棄とは何か|借金が多いときだけの制度ではないを扱います。相続は「受けるか、受けないか」を選ぶ局面もあり、そこでは遺言とは別の判断が問題になります。

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