第37講 遺言無効になりやすい場面|認知症・筆跡・押印・作成経緯の問題

第37講

遺言無効になりやすい場面|認知症・筆跡・押印・作成経緯の問題

遺言無効の争いは、抽象的に「なんとなく怪しい」では通りません。実務で争点になりやすいのは、概ね、遺言能力自書・筆跡押印や日付などの方式、そしてその遺言がどういう経緯で作られ、保管され、発見されたかです。家庭裁判所も、検認では遺言書の形状、日付、署名、加除訂正の状態を確認する一方、有効・無効自体は判断しないと案内しており、効力争いは別途問題になることを前提にしています。

まず大きいのが、認知症や意思能力の問題です。遺言は、作成時にその内容と結果を理解できる能力が必要になるため、認知症の進行が強い場面では、遺言能力が争われやすくなります。実際、裁判所公表の事案でも、公正証書遺言について遺言能力がない状態で作成されたとして無効とされた例がありますし、自筆証書遺言についても、作成者本人によるものかという点に加えて、認知症の進行から意思能力を欠いていたことが争点化した例があります。したがって、認知症の診断名があるかどうかだけでなく、作成当時の症状、会話能力、日常生活状況、医療記録が重要になります。

次に、自筆証書遺言で非常に多いのが、筆跡・自書性の問題です。自筆証書遺言は、原則として全文、日付、氏名を遺言者が自書し、押印する必要があります。法務省と東京法務局の案内でも、この基本要件は明確に示されています。だから、筆跡が不自然、普段の字と大きく違う、誰かが代筆した疑いがある、といった場面では、遺言無効の入口になりやすいのです。裁判所公表の事案でも、「本人によって作成されたものではない」という主張が、認知症論と並んで正面から争われています。

押印や署名の欠落も典型的な無効原因です。自筆証書遺言では押印が必要であり、法務省もそこを基本要件として明示しています。他方で、裁判所公表の東京高裁判決では、遺言書と封筒を一体として方式不備を救済できるのは、少なくとも遺言書に署名があり、封筒の封じ目に押印があるような限られた場面にとどまるという整理が示されています。逆にいうと、署名すらない、あるいは遺言書本体との一体性が弱い場合には、封筒側の押印で救えないことがあります。押印は「どこかに印があればよい」という話ではありません。

日付の書き方も軽く見てはいけません。法務省は、自筆証書遺言の作成日付は、日付が特定できるように正確に記載すべきであり、「令和○年○月吉日」のような書き方は不適当だと案内しています。日付は、どの遺言が後なのか、当時の遺言能力がどうだったのか、いつの意思表示なのかに直結するため、曖昧だと無効主張の足場になります。自筆証書遺言で形式面を争うときは、押印だけでなく日付も必ず点検対象になります。

さらに見落としやすいのが、訂正・加筆の方式違反です。法務省は、自筆証書遺言の加除その他の変更には、変更場所の表示、変更した旨の付記、署名、変更箇所への押印など、法律に従った方法が必要だと説明しています。したがって、二重線で消しただけ、余白に書き足しただけ、矢印で修正しただけの遺言は、その変更部分の有効性が問題になりやすくなります。検認で加除訂正の状態が確認対象になるのも、まさにそこが紛争点になりやすいからです。

もう一つ重要なのが、作成経緯と保管・発見状況です。遺言無効は、紙だけ見て決まるとは限りません。誰が同席していたのか、作成直前直後にどんな会話があったのか、誰が原稿を準備したのか、どこに保管されていたのか、検認前に開封されていないか、といった事情が、筆跡や遺言能力の評価と結び付きます。裁判所公表の東京高裁判決でも、封筒と本文を一体とみられるかどうかを判断するうえで、外観の違い封入・開封の経緯が問題にされています。つまり、遺言無効訴訟では、遺言書の内容だけでなく「この遺言がどう生まれたか」が証拠になります。

実務的には、遺言無効が問題になるときは、単独の論点だけでなく、認知症+筆跡不自然+保管経緯不審のように、複数の事情が重なって主張されることが多いです。裁判所公表の事案でも、本人作成性と認知症による意思能力欠如が並行して争われていますし、公正証書遺言の事案でも、遺言能力の有無が中心になっています。だから、遺言無効を検討するときは、「どの一本で倒すか」というより、方式・能力・経緯を束で見ていく方が実務には合っています。

結局のところ、遺言無効になりやすい場面は、作成時に遺言能力が怪しい自筆証書遺言なのに本人の自書性が弱い押印・日付・訂正方式に穴がある作成や保管の経緯が不自然といった場面です。逆にいえば、これらが丁寧に整っている遺言ほど崩れにくくなります。遺言無効を争うときは、遺言の公平不公平を論じる前に、まずこの四点を事実と資料で押さえるべきです。

第38講では、相続人廃除と相続欠格とは何か|相続できなくなる制度の違いを扱います。遺言の有効性とは別に、そもそも相続人の資格を失う制度があります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA