第7講 後遺障害診断書の重要性|この一枚で何が決まってしまうのか

第7講 後遺障害診断書の重要性|この一枚で何が決まってしまうのか

後遺障害の実務において、もっとも重要な書面は何かと聞かれれば、まず挙がるのが後遺障害診断書です。もちろん、実際の認定は診断書一枚だけで決まるわけではありません。カルテ、画像、各種検査結果、通院経過、事故態様など、全体資料の中で評価されます。しかし、それでもなお、後遺障害診断書が特別に重い意味を持つのは、この書面が「残った症状を、認定実務が読むことのできる形に翻訳する中心資料」だからです。被害者本人がどれほどつらさを感じていても、その内容が診断書上うまく表現されていなければ、認定の土台そのものが弱くなります。後遺障害診断書は、単なる手続書類ではなく、後遺障害認定の入口を決める決定的な一枚なのです。

この点は、診断書という言葉から受ける印象とのずれを理解する必要があります。一般に、診断書と聞くと、「医師が病名や症状を書いてくれる文書」という程度のイメージを持つ方が多いと思います。けれども、後遺障害診断書は、そうした一般的な診断書とは役割が少し違います。これは単に「症状があります」と示すためのものではなく、「どの部位に、どのような障害が、どの程度残っていて、それがどのような医学的所見によって裏づけられているのか」を、後遺障害等級認定の観点から整理して示すための書面です。したがって、記載の仕方次第で、同じ症状でも伝わり方がかなり変わってきます。

たとえば、首や腰の痛み、手足のしびれが残っている事案を考えてみても、診断書の記載が「頸部痛あり」「腰痛あり」「しびれあり」といった抽象的なものにとどまっているだけでは、認定実務の側から見れば、症状の具体性や強さ、継続性が見えにくくなります。どの部位に、どのような性質の痛みがあり、しびれはどこに及び、日常生活や就労にどのような支障をもたらしているのか。さらに、それが画像や神経学的検査とどう対応しているのか。こうした点が見えてはじめて、認定資料としての厚みが出てきます。つまり、後遺障害診断書の価値は、「書いてあることが多いか少ないか」ではなく、「認定に必要なことが、具体的かつ整合的に書かれているか」にあります。

後遺障害診断書で特に重要なのは、まず自覚症状の欄です。ここには、被害者が現在どのような症状に悩んでいるのかが記載されますが、ここが曖昧だと、症状の輪郭自体がぼやけてしまいます。痛みなのか、しびれなのか、可動域の制限なのか、脱力感なのか。常時あるのか、動作時に強まるのか。どの範囲に及ぶのか。こうした点がある程度具体化されていなければ、認定側に十分伝わりません。もっとも、医師に長文の事情説明を書いてもらうこと自体が主目的ではなく、医学的記録として適切な範囲で、症状の位置づけが明確になっていることが大切です。本人の感じているつらさを、そのまま感情表現として書くのではなく、医学的に読める形で整理する必要があります。

次に重要なのが、他覚所見です。これは後遺障害認定において極めて重い意味を持ちます。MRIやCT、XPなどの画像所見、神経学的検査、可動域測定、筋力低下の有無、腱反射や知覚異常の所見など、医師が客観的に把握した内容がここに現れます。特に神経症状や機能障害では、「本人がそう言っている」というだけでは足りず、何らかの客観的裏づけがあるかが問われやすいため、この欄が薄いと認定は厳しくなりがちです。逆にいえば、ここがきちんと記載されていれば、症状の説得力が大きく変わります。診断書の中でも、他覚所見の欄は、認定実務に向けた核心部分の一つです。

また、可動域制限が問題になる事案では、その測定値の記載が非常に重要です。肩、肘、手関節、股関節、膝、足関節、脊柱など、部位によって何がどこまで動くのかが数値で示されることになりますが、ここは単なる「動きにくい」という感想では代替できません。左右差、正常値との比較、測定方法、角度の正確さなどが問われるため、数値の記載が不十分であったり、左右の対応が不明であったりすると、認定資料としての力が弱まります。関節の機能障害では、数値がそのまま等級判断に近づいていく場面もありますから、診断書の記載の精度が結果を左右しやすいのです。

神経症状の案件では、画像所見と症状の対応関係も重要です。たとえば、MRIで椎間板ヘルニアや神経根圧迫が指摘されているとしても、その所見がどの神経支配領域と対応するのか、診断書上の症状記載と整合しているのかが見られます。逆に、画像所見が乏しい場合には、そのことを前提に、診療経過や神経学的検査結果との関係でどこまで補強できるかが問題になります。つまり、診断書は単に画像所見を転載する書面ではなく、残存症状と検査結果とのつながりを示す役割も担っています。このつながりが弱いと、「所見はあるが症状との関係が不明」「訴えはあるが客観所見が乏しい」という形になり、認定は厳しくなりやすいのです。

ここで実務上よくある問題は、「主治医が忙しくて、後遺障害診断書があまり丁寧に書かれない」ということです。医師からすれば、後遺障害診断書は日常診療の延長で記載する一書類にすぎないかもしれませんし、損害賠償実務上どこが重視されるかを常に細かく意識しているとは限りません。そのため、必要な検査が反映されていなかったり、症状の記載が簡略すぎたり、画像所見との関係が十分書かれていなかったりすることがあります。もちろん、医師に対して無理な記載を求めることはできませんし、してはなりません。しかし、少なくとも、これまでの通院経過や症状の内容を踏まえて、どの点を正確に反映してもらうべきかを整理しておくことは重要です。後遺障害診断書は、漫然と依頼して受け取る書類ではなく、内容確認が必要な書類だと考えるべきです。

実際、後遺障害認定で伸び悩む案件の中には、「症状そのものが弱い」というより、「診断書の表現で損をしている」ものが少なくありません。たとえば、本来は継続して訴えていたしびれが診断書では落ちている、可動域制限の数値が記載されていない、画像所見があるのに触れられていない、神経学的検査の結果が反映されていない、といったケースです。このような場合、被害者本人は「ちゃんと伝えていたつもり」でも、最終的な資料には十分表れていないことになります。後遺障害の認定は資料判断ですから、そこに載っていないものは、原則として存在しないのに近い扱いを受けかねません。そういう意味で、後遺障害診断書は怖い書類でもあります。

さらに重要なのは、診断書が単体で完結している必要はないものの、他の資料との整合性の核になるという点です。診断書に強い症状が書かれていても、カルテにその訴えがほとんどない、通院頻度が乏しい、画像や検査結果が追いついていないとなれば、診断書の信用力は下がります。逆に、カルテ、検査、通院経過と診断書の記載がきれいに噛み合っていれば、症状の一貫性が伝わりやすくなります。したがって、後遺障害診断書はそれ自体が重要であると同時に、全資料のハブのような役割も果たしているのです。認定実務では、この一枚を起点として他資料が読まれていくため、ここが曖昧だと全体の見え方まで弱くなります。

では、被害者側としては何に気をつけるべきでしょうか。まず、症状固定の段階に至るまで、症状を医師に継続的かつ具体的に伝えておくことが前提になります。後になって診断書だけ整えようとしても、それ以前のカルテ記載とずれていれば意味がありません。そのうえで、診断書作成時には、どの部位のどの症状が残っているか、どの検査が行われているか、可動域制限やしびれの範囲などが適切に反映されているかを確認する必要があります。もちろん、医師の医学的判断に反する修正を求めることはできませんが、記載漏れや表現不足がないかを見ることには十分意味があります。後遺障害診断書は、出してしまった後では修正が難しい場面もあるため、提出前の確認がとても重要です。

結局のところ、後遺障害診断書は、後遺障害認定における中心資料であり、この一枚の出来によって、症状の見え方、資料全体の説得力、認定結果の方向性が大きく変わります。もちろん、診断書だけで全てが決まるわけではありません。しかし、認定実務の入口に立つ書面として、この診断書が弱ければ、他の資料があっても十分に活きないことがあります。だからこそ、後遺障害診断書は「病院でもらう書類の一つ」ではなく、「後遺障害の評価を左右する中核資料」として扱わなければなりません。後遺障害の実務は、最後にこの一枚へ集約される面があるのです。

次回は、「医師にどう症状を伝えるか|診察室で伝わらないと不利になる理由」を扱います。後遺障害診断書の中身は、結局のところ日々の診察の積み重ねから作られるため、診察室での伝え方がなぜ重要なのかを整理していきます。

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