第3講 自社株と事業承継|会社を残す相続と平等を求める相続は両立するか
第3講 自社株と事業承継|会社を残す相続と平等を求める相続は両立するか

富裕層の相続の中でも、特に難しさが際立つのが、自社株を含む相続です。不動産や預貯金の相続であれば、「誰が使うか」「誰が取得するか」という問題が中心になりやすいのに対し、自社株の相続では、それに加えて「誰が会社を動かすのか」という経営権の問題が前面に出ます。株式は財産であると同時に、会社支配の基盤でもあるからです。
そのため、自社株の相続では、単に相続人間で“平等に分ける”という発想だけでは処理しきれません。相続人全員に機械的に株式を分散させれば、一見すると公平に見えても、会社の意思決定が不安定になり、かえって会社の価値自体を損なうことがあります。逆に、後継者に集中させれば、会社は残しやすくなる一方で、他の相続人には「価値の高い財産を一人が持っていった」という不満が生じやすくなります。自社株の相続とは、まさにこの二つの要請をどう調整するかの問題です。
1 自社株は「財産」であると同時に「経営権」でもある
自社株が難しいのは、株式の価値が単なる金銭評価にとどまらないからです。株式を多く持つ者は、配当を受けるだけでなく、議決権を通じて取締役の選任や重要事項の決定に関与します。特に中小企業では、株式会社であっても非公開会社であることが多く、全部の株式について譲渡承認を要する定款を置くことができ、実際にそうした設計が用いられています。つまり、自社株は市場で自由に売買される金融商品というより、会社の支配・承継の中核として扱われることが多いのです。
この意味で、自社株の相続は、現預金の相続とは根本的に発想を変える必要があります。預金は分けても性質が変わりませんが、株式は分け方次第で会社の運営そのものが変わります。過半数の確保が必要な場面、特別決議に耐えうる持株比率が必要な場面、少数株主との利害調整が常に必要になる場面など、会社法上の運営に直結するからです。したがって、相続実務では、「何円分を誰に渡すか」だけでなく、「承継後に会社が動くか」という視点が不可欠です。
2 相続における“平等”は、必ずしも“同じだけ株を持つこと”ではない
民法906条は、遺産分割に当たり、遺産に属する物や権利の種類・性質、相続人の年齢、職業、生活状況その他一切の事情を考慮するとしています。つまり、日本の相続法は、形式的な頭割りだけを要求しているわけではありません。自社株のように性質上、集中して持たせたほうが合理的な財産については、その性質を踏まえた分け方が問題になるのです。
したがって、会社を残す必要が高い事案では、後継者に自社株を集中させること自体は、直ちに不公平とはいえません。むしろ、後継者が実際に経営を担い、従業員や取引先との関係を維持し、会社の収益力を将来にわたって支えるのであれば、自社株を承継させる合理性は強いといえます。問題は、そこで他の相続人にどのような手当てをするかであり、「株式を集中させること」と「他の相続人に何の配慮もしないこと」は、全く別の話です。
3 実務でぶつかるのは、遺産分割よりむしろ遺留分である
自社株の承継で本当に問題になりやすいのは、遺産分割の場面だけではありません。中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、推定相続人が複数いる場合、後継者に自社株を集中して承継させようとしても、遺留分を侵害された相続人から金銭支払を求められ、その結果、後継者が承継した自社株や事業用資産を売却せざるを得なくなるおそれがあると整理されています。
現行民法でも、遺留分侵害額請求は金銭請求として整理されています。これは、直ちに株式そのものを取り戻される仕組みではないという意味では、事業承継にとって以前より扱いやすい面があります。しかし、請求が金銭だからこそ、後継者側には支払資金の準備が必要になります。株式を守れても、支払原資がなければ、結局は借入れや株式売却、会社資産への依存が問題になります。自社株の承継では、「株を誰に渡すか」と同じくらい、「遺留分資金をどう用意するか」が重要なのです。
4 遺言は有力だが、それだけで万全ではない
中小企業庁のガイドラインでも、先代経営者が遺言でどの財産を誰に承継させるかを明確にすることで、相続紛争や遺産分割協議を回避し、後継者に株式や事業用資産を集中させることができるとされています。逆に、遺言がないと、自社株や事業用資産が分散したり、協議がまとまらず相続紛争に発展したりする例があるとされています。
もっとも、遺言は重要ですが万能ではありません。遺言で後継者に株式を集中させても、遺留分への配慮が不十分であれば、後で金銭請求の問題が残ります。また、相続人が納得しないまま「会社を継ぐ者に全部」という構図だけが表に出ると、法的紛争にならなくても、親族間の対立が長期化し、会社経営そのものに悪影響を及ぼすことがあります。自社株の相続では、遺言は入口として重要ですが、出口まで設計しなければ足りません。
5 両立の鍵は、「株式の集中」と「経済的調整」を切り分けることにある
会社を残す相続と、平等を求める相続とを両立させるための基本発想は、実は比較的明快です。すなわち、議決権を伴う株式は後継者に集中させ、その代わりに、他の相続人には別の財産や代償金、あるいは配当面で配慮した設計を行う、という考え方です。ここで重要なのは、「株式そのものを均等に配ること」と「相続全体として納得感を作ること」を区別することです。
中小企業庁のガイドラインでも、後継者には普通株式を承継させ、他の相続人には無議決権株式を承継させることで、遺留分紛争や議決権分散のリスク低減を図ることが考えられるとされています。また、後継者以外の相続人の不満とのバランスをとるため、議決権が制限される種類株式に配当優先条項を加える工夫も示されています。さらに、株主の死亡を条件に会社が買い取る取得条項付種類株式は、将来の相続による株式の散逸防止という観点からも有力です。
つまり、相続における“平等”は、必ずしも同じ議決権を配ることではなく、経済的利益と経営支配をどう配分するかの設計問題です。後継者に普通株式を集中させつつ、他の相続人には無議決権株式、配当優先株式、代償金、他の相続財産などを組み合わせることで、会社の継続と家族間の納得の両方に接近することができます。
6 経営承継円滑化法の特例は、有力だが“全員合意”が前提になる
自社株承継で実務上非常に重要なのが、経営承継円滑化法に基づく遺留分特例です。中小企業庁のガイドラインによれば、後継者を含めた先代経営者の推定相続人全員の合意の上で、一定の要件を満たせば、後継者に贈与等された非上場株式について、遺留分算定財産からその価額を除外する「除外合意」や、遺留分算定に入れる価額を合意時の時価に固定する「固定合意」をすることができます。固定合意は会社の経営承継の場合に利用可能で、後継者の経営努力による将来の株価上昇が、そのまま遺留分計算に跳ね返ることを抑える機能があります。
もっとも、この制度は強力である反面、後継者だけで完結する制度ではありません。中小企業庁のガイドラインでは、経済産業大臣の確認を受けた後、遺留分権利者全員との合意内容について家庭裁判所の許可を受けることが必要とされています。要するに、これは「後継者が勝手に使える抜け道」ではなく、関係者全体で事前に整理をつける制度です。だからこそ、使えた場合の効果は大きい一方、家族関係が既に悪化してからでは利用が難しくなりやすいといえます。
7 結局のところ、事業承継は“相続開始後”ではなく“相続開始前”に決まる
自社株と事業承継の問題は、相続開始後に突然発生するように見えて、実際には生前の準備の有無で結果が大きく変わります。遺言があるか、株主構成が整理されているか、後継者が既に経営を担っているか、遺留分や代償金の資金手当てを考えているか、種類株式など会社法上の設計が必要か、こうした点を相続前に詰めているかどうかで、会社を守れるかどうかはかなり変わります。
とりわけ富裕層の相続では、自社株以外にも不動産、金融資産、保険、貸付金など、調整に使える財産があることが少なくありません。本来であれば、その全体を見渡しながら、「議決権は誰に、経済的利益はどう配るか」という視点で設計すべきです。会社を残すことと、他の相続人の納得を確保することは、しばしば緊張関係に立ちますが、だからといって二者択一ではありません。両者の衝突を前提に、どこで調整するかを決めるのが、事業承継の実務です。
8 まとめ
自社株の相続では、株式が「財産」であると同時に「経営権」であるため、単純な頭割りではかえって会社を危うくすることがあります。他方で、後継者への集中承継だけを押し出せば、他の相続人の不満や遺留分問題が噴き出します。したがって、「会社を残す相続」と「平等を求める相続」は、そのままでは衝突しやすいものの、株式の集中、他財産による補填、代償金、種類株式、遺留分特例などを組み合わせることで、実務上は両立の余地があります。
本当に重要なのは、「株式を平等に分けること」ではなく、「会社を壊さずに承継しつつ、相続人全体として納得可能な設計を作ること」です。自社株の相続は、相続問題であると同時に、会社法、事業承継、家族調整の問題でもあります。だからこそ、相続開始後の分け方だけでなく、相続開始前の設計こそが決定的に重要になります。