第7講 海外資産・金融商品・法人スキーム|把握しにくい財産をどう整理するか
第7講 海外資産・金融商品・法人スキーム|把握しにくい財産をどう整理するか

富裕層の相続で厄介なのは、財産が多いことそれ自体より、財産の全体像が見えにくいことです。国内の自宅や預金であれば家族も把握しやすいのに対し、海外口座、外国株式、投資信託、ファンド持分、信託受益権、資産管理会社の株式、会社への貸付金などは、存在自体が相続開始後にはじめて問題になることが少なくありません。相続税の対象となる「相続財産」には、現金や不動産だけでなく、有価証券、貸付金、著作権など、金銭に見積もることができる経済的価値のあるものが広く含まれます。したがって、見えにくい財産ほど、最初の段階で洗い出しに失敗すると、その後の遺産分割も申告も大きく狂いやすいのです。
1 なぜ「把握しにくい財産」が危ないのか
海外資産や金融商品が難しいのは、単に国外にあるからではありません。相続税の課税財産の範囲は、相続人や被相続人の住所・国籍などで変わり得るため、まず「何が国外財産か」を見極め、そのうえで「そもそも日本の相続税の課税対象に入るのか」を整理しなければならないからです。日本国内に住所のある相続人が取得する場合は原則として取得したすべての財産が対象になり、国外居住者でも地位や被相続人の属性によっては国外財産まで課税対象に入る類型があります。ここを曖昧にしたまま「海外だから別枠だろう」と考えるのは危険です。
さらに、相続税法上は「財産の所在」が重要で、預金、貸付金債権、株式・出資、投資信託・信託に関する権利など、財産類型ごとに所在の考え方が問題になります。国税庁のFAQでも、株式、法人に対する出資、信託に関する権利、組合契約等に基づく出資、オプションを表示する証券等まで、所在判定の対象となる財産類型として整理されています。つまり、富裕層の相続では「海外口座があるか」だけでは足りず、どの権利を、どの器で、どこに保有しているのかまで見ないと整理が進みません。
2 海外資産は、「あるかないか」より「どの名義・どの国・どの権利か」で整理する
海外資産というと、海外預金や海外不動産をすぐに思い浮かべがちですが、実務ではそれだけではありません。外国証券口座の株式・ETF・投資信託、外国法人への出資持分、海外の信託やファンドに関する権利なども視野に入ります。国税庁は国外財産調書制度を設けており、一定の居住者で、その年末における国外財産の価額合計が5,000万円を超える場合は国外財産調書の提出が必要としています。裏を返せば、制度上も、海外資産は預金だけでなく、多様な権利類型を前提に把握されるものとして扱われているということです。
したがって、海外資産の整理では、「海外に何かあるらしい」というレベルで止めず、少なくとも ①保有者名義、②保管・発行・管理している金融機関や法主体、③所在国、④権利の種類、⑤相続開始日時点の残高や評価資料 を切り分けて確認する必要があります。これは実務上の整理ですが、根拠は単純で、相続税の課税財産は広く、しかも国外財産調書でも種類・数量・価額・所在の記載が要求されているからです。財産目録を作るときも、この単位で情報を並べるほうが後の申告・分割にそのまま使えます。
3 金融商品は、「残高がある」だけでは終わらない
金融商品が相続で難しいのは、残高確認だけで足りないからです。上場株式や投資信託でも評価資料が必要ですし、非上場株式になると評価方法自体が会社の規模等によって変わります。国税庁は、取引相場のない株式について、大会社は類似業種比準方式、小会社は純資産価額方式、中会社はその併用を原則としており、相続税申告でも評価明細書の作成を求めています。つまり、金融商品は「口座に入っている資産」ではなく、評価の仕方まで含めてはじめて遺産として確定する財産なのです。
国外財産の評価も同様で、国税庁は、国外財産についても財産評価基本通達の方法により評価し、それで評価できない財産は、その方法に準じるか、売買実例価額や精通者意見価格等を参酌して評価するとしています。したがって、海外の非上場持分、外国ファンド、特殊な金融商品ほど、「だいたいこのくらい」と雑に置いて進めるのは危険です。評価の根拠資料が薄い財産ほど、相続人間でも税務上でも火種になります。
なお、金融商品が絡む相続では、相続税だけでなく、一定の場合に所得税側の特別な論点が出ることもあります。たとえば、非居住者への相続等で、被相続人が一定の有価証券やデリバティブ等を1億円以上保有し、かつ一定の居住要件を満たす場合には、国外転出(相続)時課税が問題となり得ます。これは典型論点ではありませんが、海外口座や大型の証券ポートフォリオがある事案では、「相続税だけ見れば足りる」とは言い切れないことを示しています。
4 法人スキームは、「会社の財産」と「個人の財産」を混同しないことが出発点である
富裕層の相続で見落としやすいのが、資産管理会社や関係会社を使った保有です。ここで最初に押さえるべきなのは、会社法3条が定めるとおり、会社は法人であるという点です。つまり、会社名義の不動産や預金は、直ちに被相続人個人の遺産ではありません。被相続人の遺産になるのは、通常はその会社の株式・持分、会社に対する貸付金、未収配当、役員貸付・立替精算関係などの個人側の権利義務です。会社の中に資産があるからといって、その資産そのものを相続財産として数えると、整理がずれます。
この切り分けは、実務では極めて重要です。たとえば、被相続人が不動産を直接持っているのか、資産管理会社の株式を通じて間接保有しているのかで、分割の方法も評価もまったく変わります。前者なら不動産そのものの帰属が問題になりますが、後者ではまず株式評価が問題となり、あわせて会社に対する貸付金や個人保証の有無、役員借入金・仮払金の整理も必要になります。相続税では貸付金なども課税財産になり、債務は一定の範囲で控除対象になりますから、法人スキームがある事案ほど、個人・会社・関連会社の貸借関係を一覧化する作業が欠かせません。
5 「探し方」は、財産の類型から逆算するほうが早い
把握しにくい財産を探すときは、最初から「どこかに隠れていないか」と感覚的に探すより、財産類型から逆算したほうが実務的です。相続税の対象に、有価証券、貸付金、出資、信託に関する権利などが入る以上、確認対象も自然に決まってきます。つまり、証券会社の年間取引報告書や残高報告書、外国口座のステートメント、会社の決算書・株主名簿・申告書、被相続人と会社との金銭消費貸借契約書、海外送金記録など、その財産類型の存在と帰属を示す資料から集めるのが合理的です。これは制度上の記載・評価項目からみても自然な進め方です。
特に海外資産では、国税庁は国外財産の取得・運用・処分に係る書類の提示・提出を求める制度を前提にしており、これがない場合には加算税の軽減が受けられない、あるいは加重される場面があると案内しています。したがって、国外財産がある事案では、残高だけでなく、取得経緯と運用履歴の資料を最初から保存・確保するという発想が重要です。相続人間の説明のためだけでなく、税務対応としても意味があります。
6 「見つからない前提」で進めるのは危ない
海外資産は税務署に把握されにくいと思われがちですが、今はその前提で動くのは危険です。国税庁は、100万円超の国外送金・国外からの受金について金融機関から調書提出を受ける制度を持ち、国外財産調書や租税条約等に基づく情報交換も活用しています。実際、国税庁が公表した令和6事務年度の相続税調査では、海外資産に係る申告漏れ等の非違件数は209件、申告漏れ課税価格は97億円とされています。海外資産がある案件ほど、最初から「どうせ見えないだろう」ではなく、見つかる前提で正確に整理するほうが安全です。
7 まとめ
海外資産・金融商品・法人スキームが絡む相続で本当に難しいのは、財産が複雑だからではなく、財産の見え方と法的な帰属がずれやすいことです。海外にある、証券口座に入っている、会社の中にある、という見え方だけでは整理になりません。相続税の対象になる財産は幅広く、課税財産の範囲は相続人・被相続人の属性でも変わり、金融商品は評価方法まで詰める必要があり、会社が絡めば会社財産と個人財産を切り分けなければならないからです。
したがって、この種の案件では、最初にやるべきことは「分け方を考えること」ではなく、財産目録の精度を上げることです。名義、所在国、権利の種類、評価根拠、関連会社との関係、負債や貸借関係まで一枚の表に落とし込めれば、遺産分割も申告も一気に進みやすくなります。逆に、ここを曖昧にしたまま話し合いに入ると、分け方の対立に見えていたものが、実は財産認定や評価の未整理だった、ということになりがちです。本講のテーマは、まさにそこにあります。