第6講 遺留分対策の実務|多額の相続で争点になりやすいポイント

第6講 遺留分対策の実務|多額の相続で争点になりやすいポイント

富裕層の相続で遺留分が重くなるのは、単に「最低限の取り分」が問題になるからではありません。実際には、遺留分は、誰に権利があるのか、何を基礎に計算するのか、どの財産をいくらで評価するのか、そして最終的に誰がどの順序で金銭を負担するのか、という複数の論点が一気に噴き出す場面です。しかも現在の遺留分制度は、2019年7月1日以後に開始した相続について、従前の「遺留分減殺請求」ではなく、「遺留分侵害額請求」という金銭請求の形に改められています。本稿は、この現行ルールを前提に述べます。

1 まず、誰に遺留分があるのか

遺留分は、相続人であれば誰にでもあるわけではありません。現行民法は、兄弟姉妹以外の相続人に遺留分があるとし、直系尊属のみが相続人である場合は全体で3分の1、それ以外の場合は全体で2分の1としています。したがって、富裕層の相続でまず確認すべきなのは、「相手に遺留分がある類型なのか」です。兄弟姉妹しか問題にならない事案では、遺留分対策それ自体の比重はかなり下がります。

2 多額の相続で本当に揉めるのは、「制度の有無」より「計算の中身」である

法務省の説明資料では、遺留分はおおむね、遺留分を算定するための財産の価額 × 総体的遺留分率 × その者の法定相続分で求め、その上で具体的な侵害額を算出する建付けが示されています。そしてその基礎財産は、相続開始時の積極財産+一定の生前贈与−債務で考えるのが基本です。つまり、富裕層の相続で争いが激しくなるのは、「遺留分があるかないか」より、「基礎財産に何を入れるのか」「その価額をいくらとみるのか」のほうです。

実務感覚でいえば、財産額が大きくなるほど、預金のように金額が明快な財産ばかりでは済まなくなります。非上場株式、収益不動産、同族会社との貸借関係、大口の生前贈与などが絡むと、遺留分の争点は「法理の争い」より「評価と証拠の争い」になりやすいのです。これは条文の構造上も自然で、遺留分制度は結局、算定基礎と負担関係を確定しなければ動かないからです。

3 生前贈与は、かなり手前まで振り返って見られる

遺留分対策で見落としやすいのが、生前贈与です。法務省の説明では、相続人に対する生前贈与は原則10年以内、第三者に対する生前贈与は原則1年以内のものが、遺留分算定の基礎財産に入ります。さらに現行民法1044条は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした贈与については、期間を超えて算入する建付けを維持しています。

もっとも、相続人に対する贈与なら何でも10年分入る、という理解は雑です。法務省の立案資料では、現行1044条が903条を準用していることから、相続人に対する贈与は、原則として婚姻・養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与、すなわち特別受益に該当する性質のものが問題になると整理されています。したがって、富裕層の相続では、「過去に資金移動があった」だけでなく、「それがどの趣旨の移転だったのか」を記録で詰めておかないと、遺留分の局面で一気に蒸し返されます。

4 現行制度では、争いは最終的に“金銭負担”に収れんする

2019年改正の核心の一つは、遺留分権利者が受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を求める制度に改まったことです。法務省も、現行制度のポイントを、遺留分侵害額請求によって生ずる権利を金銭債権化したことにあると説明しています。したがって、現行実務で本当に重要なのは、「何を返すか」よりまず「いくら支払うことになるのか」です。

この点は、富裕層の相続では特に重い意味を持ちます。自社株や賃貸不動産のように、帳簿上は高額でもすぐに現金化しにくい財産に偏っていると、遺留分侵害額請求はそのまま資金繰り問題になります。しかも法務省は、受遺者・受贈者が金銭を直ちに準備できない場合、裁判所が請求により支払期限を許与できると説明しています。裏を返せば、期限の猶予はあり得ても、金銭負担そのものが消えるわけではありません。遺留分対策は、評価対策であると同時に、流動性対策でもあります。

5 誰が払うのか、どの順番で払うのかも重要である

受益者が一人とは限らない以上、「誰が負担するのか」も実務では大きな論点です。民法1047条は、受遺者と受贈者があるときは受遺者が先に負担するとし、さらに受贈者が複数いるときは、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担するというルールを置いています。多額の相続では、同じ一族内でも複数の贈与や遺贈が層になっていることが多いため、この順序関係を踏まえずに「とりあえず一番多くもらった人が払うだろう」と考えるのは危険です。

6 生前放棄で片付けようとしても、簡単ではない

遺留分対策として「では先に放棄してもらえばよいのではないか」という発想はよく出ます。しかし、民法1049条は、相続開始前の遺留分の放棄は家庭裁判所の許可を受けたときに限って効力を生ずるとしています。しかも、共同相続人の一人が放棄しても、それが他の共同相続人の遺留分に当然に影響するわけではありません。したがって、単なる念書や家族間メモで「遺留分は主張しません」としても、それだけで安全だと見るのは危ういです。

7 会社オーナーの家では、普通の遺留分対策だけでは足りないことがある

事業承継が絡む場合は、遺留分はさらに難しくなります。中小企業庁の案内では、後継者が遺留分権利者全員との合意と所要の手続を前提に、経営承継円滑化法による遺留分に関する民法の特例を利用できるとされています。資料上も、推定相続人全員と後継者の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可が必要と整理されています。つまり、自社株が中核資産である家では、単に遺言で「後継者に全部相続させる」と書くだけでは足りず、法定の特例まで視野に入れた設計が問題になります。

8 実務上の対策は、「遺留分を消す」より「遺留分が争点化したときの傷を浅くする」ことにある

ここまでを見ると分かるとおり、遺留分対策の本質は、魔法のように遺留分を消し去ることではありません。むしろ現実的なのは、①遺留分権利者の有無と範囲を早めに見極めること、②生前贈与の記録と趣旨を整理しておくこと、③評価が割れやすい財産を把握すること、④金銭請求に耐えられる資金手当てを考えること、⑤会社オーナーなら特例や持株対策まで含めて検討すること、という順序で傷を浅くしていくことです。現行法は、算定基礎・負担順序・期間制限をかなり明文化していますから、逆にいえば、準備不足のまま相続が始まると争点が見えやすくなったともいえます。

9 期間制限は短い。ここは甘く見ないほうがよい

遺留分侵害額の請求権は、民法1048条により、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないとき、または相続開始の時から10年を経過したときに消滅します。多額の相続では、財産調査だけで時間がかかりがちですが、だからこそ初動が重要です。評価や資料収集に時間がかかる事案ほど、「まだ金額が固まらないから請求もしない」という進め方は危険になりやすいです。

10 まとめ

多額の相続で遺留分が厄介なのは、遺留分それ自体が特別に複雑だからというより、高額・非流動・評価困難な財産と結び付いたときに破壊力が増すからです。現行法では、遺留分は金銭請求です。したがって、富裕層の遺留分対策の核心は、単に「誰にどれだけ残すか」ではなく、どの贈与が算入されるのか、どの財産がいくらと評価されるのか、誰がどの順序で負担し、支払原資をどう確保するのかを早めに設計することにあります。生前放棄は簡単ではなく、会社オーナーなら特例の活用余地まで検討対象になります。遺留分対策とは、突き詰めれば、分け方の技術であると同時に、評価と資金繰りの技術でもあるのです。

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