第32講 遺留分侵害額請求とは何か|昔の減殺請求と何が違うのか

第32講

遺留分侵害額請求とは何か|昔の減殺請求と何が違うのか

遺留分の話で、実務感覚が大きく変わったのがここです。今の制度では、遺留分を侵害された相続人は、原則として**「金銭を請求する」ことになります。法務省は、相続法改正により、遺留分に関する権利の行使によって遺留分侵害額に相当する金銭債権が生ずる**仕組みに改めたと説明しています。民法1046条も、遺留分権利者は受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができると定めています。

これに対して、改正前の制度は遺留分減殺請求でした。法務省の改正前説明資料では、旧制度について、遺留分権利者が遺留分減殺請求をした場合には、受遺者又は受贈者が受けた遺贈又は贈与のうち、遺留分侵害額に相当する部分は無効となるという整理が示されています。さらに法務省の見直し資料でも、旧制度は、減殺請求によって当然に物権的効果が生ずる規律であったと説明されています。要するに、昔は「物や持分そのものを取り返す発想」が前面にあり、今は「まず金銭で精算する発想」に変わったのです。

この違いは、実務では非常に大きいです。旧制度の下では、たとえば不動産が一人に遺贈されていた場合、減殺請求によってその不動産について共有関係が生じ、登記や管理が複雑になりやすいという問題がありました。これに対し、現行法では、遺留分権利者は原則として金銭請求をするにとどまるため、遺言で取得した財産そのものの帰属をできるだけ動かさずに済むようになっています。法務省が改正の内容として「金銭債権化」を前面に出しているのは、まさにこの実務上の混乱を減らすためです。

もっとも、今の制度でも、遺留分侵害額請求は自動でお金が振り込まれる仕組みではありません。民法1046条が定めているのは、あくまで請求権です。つまり、侵害されているから当然に回復するのではなく、遺留分権利者の側で請求しなければなりません。法務省の改正説明でも、「遺留分を侵害された相続人は…金銭を請求することができる」とされており、これは権利行使を前提とする制度であることを示しています。

請求の相手方も重要です。民法1046条は、請求先を受遺者又は受贈者としています。しかも同条は、受遺者には、特定財産承継遺言によって財産を承継した相続人や、相続分の指定を受けた相続人も含むとしています。したがって、「遺言で多くもらったのが他の相続人である」場合でも、遺留分侵害額請求の相手になり得ます。相続人か第三者かより、「誰が遺留分を侵害する利益を受けたか」で見るのが基本です。

さらに現行法では、金銭請求に変わった一方で、請求された側の負担にも配慮する仕組みがあります。法務省は、受遺者又は受贈者が金銭請求を受けた場合、裁判所に対し、金銭債務の全部又は一部の支払について相当の期限を許与するよう求めることができると説明しています。つまり、現行法は「とにかく即時一括で払え」というだけの制度ではなく、場合によっては支払猶予を裁判所に求める余地も置いています。

適用時期も大事です。この金銭請求型の新しい遺留分制度は、令和元年7月1日以後に開始した相続に適用されます。国税庁の質疑応答事例でも、その前提で民法1046条の「遺留分侵害額の請求」が整理されています。したがって、相続開始時期によっては、なお旧法の遺留分減殺請求が問題になる事案もあり得ます。相続実務では、まず「その相続がいつ始まったのか」を確認しないと、新旧どちらの制度で考えるべきかを誤ります。

結局のところ、昔の遺留分減殺請求は、侵害部分について物や持分そのものを動かす発想が強く、現場では共有関係や登記の混乱を生みやすい制度でした。これに対して、今の遺留分侵害額請求は、原則として金銭で精算する制度です。だから、現在の相続実務では、「遺留分を請求する」とは、まず物を取り返すことではなく、お金を請求することだと理解しておくべきです。

第33講では、ここをさらに具体化して、遺留分はどう計算するのか|基礎財産・贈与加算・割合の基本を扱います。遺留分は制度趣旨だけでなく、計算の順番を押さえないと使いこなせません。

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