第3講 症状固定とは何か|治療終了との違いをどう考えるか

第3講 症状固定とは何か|治療終了との違いをどう考えるか

交通事故の治療がしばらく続くと、被害者の方が必ずといってよいほど直面する言葉があります。それが「症状固定」です。もっとも、この言葉は日常生活ではほとんど使われませんし、医師の説明、保険会社の連絡、インターネット上の記事などで見聞きしても、意味が曖昧なまま受け止められていることが少なくありません。特に多いのが、「症状固定と言われた=もう治療を受けてはいけないのか」「治療終了と同じことなのか」「まだ痛いのに打ち切られるのはおかしいのではないか」といった疑問です。症状固定は、後遺障害と賠償実務の分岐点になる重要な概念ですから、ここで一度きちんと整理しておく必要があります。

まず、症状固定とは、一般に、治療を続けてもこれ以上の大きな改善が見込みにくくなった状態をいいます。言い換えれば、症状が完全に治ったという意味ではなく、医学的にみて回復の程度が頭打ちになり、今後は大きな改善よりも、残った症状と付き合っていく段階に入ったと評価される状態です。したがって、「症状固定=治癒」ではありません。痛みやしびれ、可動域制限、違和感などが残っていても、医学的には症状固定と判断されることがあります。この点を理解していないと、「まだつらいのに、なぜ症状固定なのか」という感覚的な反発だけが先に立ってしまい、実務上の対応を誤りやすくなります。

ここで特に注意したいのは、症状固定と治療終了は、似ているようで重なりきらないということです。たしかに、症状固定が問題になる頃には、保険会社から治療費対応の終了を打診されることが多く、外形上は「治療が終わる」局面と重なります。しかし、法律上・実務上の症状固定は、「治療費を誰が負担するか」という問題そのものではなく、「これ以降の損害をどう評価するか」という損害区分の問題です。症状固定前は、治療費、通院交通費、休業損害など、主として治療継続を前提とした損害が問題になります。これに対して、症状固定後は、残った症状を前提に、後遺障害慰謝料や逸失利益といった将来損害の評価が前面に出てきます。つまり、症状固定とは、損害賠償の構造が切り替わる時点でもあるのです。

このため、保険会社とのやり取りでは、症状固定の問題が治療費打切りの話と一体化して語られやすくなります。たとえば、「そろそろ症状固定ではないか」「今月末で治療費対応を終了したい」といった連絡が来ることがあります。しかし、ここで押さえるべきなのは、保険会社が治療費をいつまで支払うかという判断と、医学的・法的に本当に症状固定といえるかは、必ずしも同じではないということです。保険会社は支払対応の観点から一定の区切りを示してきますが、それがそのまま医学的な症状固定時期と一致するとは限りません。症状がなお改善傾向にあるのか、必要な検査や治療が尽くされているのか、主治医がどう見ているのかといった事情を踏まえて考える必要があります。

もっとも、被害者側としても、「痛みがある限りいつまでも症状固定ではない」と考えるのは適切ではありません。交通事故の症状、とりわけ頸椎捻挫や腰椎捻挫、神経症状などでは、一定期間を経ても症状が完全には消えず、ある程度残存することがあります。だからといって、改善可能性が乏しいまま漫然と通院だけを続けても、後になって「必要性の薄い通院ではないか」と見られることがあります。実務では、症状の経過、治療内容、画像や検査所見、通院頻度などを踏まえながら、「この時点で治療による大きな改善は見込みにくい」と評価される局面が訪れます。症状固定は、被害者にとって不本意であっても、どこかで避けられない問題として現れることが多いのです。

では、症状固定時期は誰が決めるのでしょうか。実務上は、まず主治医の判断が重要です。後遺障害診断書も通常は症状固定を前提に作成されますから、医師が「症状固定」と判断することには大きな意味があります。ただし、最終的に賠償実務上どの時点を症状固定とみるかは、必ずしも主治医の一言だけで確定するわけではありません。示談交渉や訴訟では、治療経過全体を見て、相当な症状固定時期が争われることもあります。たとえば、医師が長めに治療を継続していても、保険会社側はもっと早い時点で固定していたと主張することがありますし、逆に保険会社が早期打切りを図っていても、被害者側がその後の治療の必要性と有効性を立証して、より遅い時点の症状固定が認められることもあります。

症状固定時期が重要なのは、それによって損害額が変わるからです。たとえば、休業損害は通常、症状固定前までが中心になりますし、通院慰謝料も症状固定までの通院期間や実通院日数をもとに検討されます。他方で、後遺障害慰謝料や逸失利益は、症状固定後に残った障害を前提に議論されます。したがって、症状固定時期が早く認定されれば、その分、傷害部分の損害が圧縮されやすくなりますし、逆に遅くなれば治療中損害の範囲が広がりやすくなります。だからこそ、症状固定は単なる医学用語ではなく、賠償額の構造に直結する実務上の争点なのです。

また、症状固定の理解を誤ると、後遺障害認定の準備にも影響します。前講で触れたとおり、後遺障害等級認定は、症状固定後に作成される後遺障害診断書を中心資料として進みます。つまり、症状固定は、後遺障害の申請に進む前提になる局面です。まだ治療継続の余地があるのに拙速に症状固定としてしまうと、必要な検査や症状整理が不十分なまま申請に入ってしまう危険があります。逆に、いつまでも症状固定を先送りすると、後遺障害認定の準備が遅れ、資料の整理が不十分になったり、通院の意味づけがあいまいになったりすることもあります。どのタイミングで症状固定として次の段階に進むかは、治療と賠償をつなぐ重要な判断です。

ここで、被害者の方が実務上とくに気をつけたいのは、「症状固定と言われたから終わり」ではないということです。症状固定は、治療と賠償の一区切りではありますが、被害者にとっての不利益確定を意味するものではありません。むしろ、その時点から、残った症状をどのように診断書に反映させるか、どの検査資料を整えるか、どのように後遺障害認定につなげるかという次の段階が始まります。症状固定はゴールではなく、傷害部分の実務から後遺障害部分の実務へと重心が移る転換点だと理解した方が実態に合っています。

一方で、症状固定後も通院自体が一切無意味になるわけではありません。症状固定後であっても、痛みの緩和や現状維持のための治療、生活上の支障を軽減するための通院が続くことはあります。ただ、その費用が交通事故賠償としてどこまで認められるかは別問題です。症状固定後の治療費は、原則として事故との相当因果関係や必要性がより厳しく見られる傾向があり、当然に全てが賠償対象になるとは限りません。この点でも、症状固定は「医療行為が絶対に終わる時点」ではなく、「賠償上の扱いが変わる時点」として理解するのが適切です。

結局のところ、症状固定とは、事故後の症状がなお残っている中で、これ以上の大きな改善可能性が乏しくなり、賠償実務上も治療中損害から後遺障害損害へと評価の軸が移る時点を意味します。それは治癒でもなければ、必ずしも保険会社の一方的判断そのものでもありませんし、痛みが残る限り永遠に先送りできるものでもありません。症状固定をめぐる局面では、主治医の見解、治療経過、検査内容、通院状況を踏まえながら、今どの段階にいるのかを冷静に見極めることが必要です。ここを正確に理解することが、後遺障害認定にも、その後の示談交渉にもつながっていきます。

次回は、「後遺障害が認定されると何が変わるのか|慰謝料・逸失利益とのつながり」を扱います。後遺障害等級が、実際にどのように賠償額へ影響するのかを、実務の感覚に即して整理していきます。

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