第35講  主婦・家事従事者の逸失利益|収入がないのに賠償される理由

第35講
主婦・家事従事者の逸失利益|収入がないのに賠償される理由

交通事故の損害賠償では、「収入がない人には逸失利益はないのではないか」と誤解されることがあります。しかし、実務では、専業主婦をはじめとする家事従事者についても、後遺障害による逸失利益が認められます。これは、家事労働が無償であっても、社会的・経済的価値を持つ労働と評価されるからです。

考えてみれば、家事労働は、炊事、洗濯、掃除、買物、育児、介護、家計管理など、多くの役割を含みます。これを外部に依頼すれば、本来相応の費用がかかるはずです。家事従事者は、それを家庭内で担うことによって、家族の生活を支えています。したがって、事故によって家事能力が低下した場合、その損失を「逸失利益」として評価するのは自然なことです。

実務では、家事従事者の基礎収入として、賃金センサスの女性労働者平均賃金が用いられることが多いです。これは、家事労働の市場価値を直接示す統計がないため、一定の代替指標として平均賃金を用いる考え方です。もっとも、年齢や家族構成、家事の実態によって、具体的評価は個別に変わりえます。

ここで重要なのは、家事従事者であることは、単に戸籍上の肩書や形式で決まるわけではないという点です。実際に日常的に家事を担っていたのか、家族のために継続的な家事労働を行っていたのかが重視されます。そのため、パート勤務をしながら主として家事を担当していた人についても、家事従事者性が認められることがあります。逆に、家事への関与がごく限定的である場合には、全面的な家事従事者としての評価が難しいこともあります。

後遺障害との結びつきも問題です。たとえば、上肢や下肢の障害、頚部・腰部の痛み、可動域制限などは、家事労働への影響が比較的説明しやすい類型です。掃除機をかける、重い鍋を持つ、洗濯物を干す、買物袋を運ぶ、子どもを抱き上げるといった動作に具体的な支障が出るからです。他方で、家事への影響が抽象的にしか語られない場合には、労働能力喪失をどこまで認めるかが争われます。

また、家族の援助によって家事がなんとか維持されている場合もあります。しかし、これは「損害がない」ということを意味しません。本来本人が担っていた家事を、配偶者や子ども、親族が肩代わりしているのであれば、それは事故による負担転嫁であり、家事能力の喪失が現れているといえます。ここでも、現実に外注費を支出したかどうかだけでなく、家庭内でどのような支障が生じているかを具体的に示すことが大切です。

さらに、主婦の逸失利益では、「高齢だから家事能力の評価は低いのではないか」「子どもが独立しているなら家事量は少ないのではないか」といった反論が出ることがあります。しかし、家事労働は年齢が高くてもなお継続するのが通常であり、配偶者との二人暮らしであっても家事の必要性は失われません。したがって、一律に低くみることはできません。

このように、主婦・家事従事者の逸失利益は、「収入がないのに賠償される特別な例外」ではなく、無償労働の経済的価値を正当に評価するものです。次回は、将来の進路や職業がまだ確定していない学生・若年者の逸失利益を見ていきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA