第10回 配置転換・出向・転勤を断れるか|人事異動が違法になる場合

第10回 配置転換・出向・転勤を断れるか|人事異動が違法になる場合

会社から突然、「来月から別部署へ」「他県の支店へ異動してほしい」「関係会社へ出向してほしい」と言われることがあります。こうした人事異動について、会社には一定の裁量がありますが、無制限ではありません。配置転換・転勤・出向は同じ「異動」でも法的な重さが少しずつ異なり、就業規則や労働契約の内容、業務上の必要性、不当な動機の有無、労働者側の不利益の大きさによって、命令が有効かどうかが変わってきます。

1 まず、配置転換・転勤・出向は分けて考える

一般に、同じ会社の中で担当業務や部署を変えるのが配置転換、就業場所の変更を伴うものが転勤、在籍したまま他の会社で働く形になるのが在籍出向です。厚生労働省のモデル就業規則でも、就業場所・従事業務の変更と、関係会社への在籍出向とは条文上分けて置かれていますし、労働契約法も出向命令については別に権利濫用の規定を置いています。

2 原則として、会社は人事異動を命じることがある

日本の実務では、就業規則に人事異動条項があり、勤務地や職種を限定する特別の合意がない場合、会社は業務上の必要に応じて就業場所や従事業務の変更を命じ得るのが出発点です。厚生労働省のモデル就業規則も、「業務上必要がある場合」に就業場所や業務の変更、在籍出向を命じることがあるとし、特別な合意がない限り変更は可能だと解説しています。厚生労働省のQ&Aや裁判例整理でも、勤務地や職種が限定されていない契約では、個別同意なしに転勤や配置転換を命じ得るという整理が示されています。

3 ただし、人事異動命令権は無制限ではない

転勤や配置転換命令が問題になるのは、会社に業務上の必要性がない場合だけではありません。厚生労働省の裁判例整理では、業務上の必要性があっても、不当な動機・目的がある場合や、労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には、権利濫用となり得るとされています。厚生労働省のQ&Aも、東亜ペイント事件を踏まえ、転勤命令権は無制約に行使できず、濫用は許されないと整理しています。

ここでいう「不利益」は、単に通勤時間が少し伸びるといった程度では足りないことが多い一方、転居を伴う異動、家族介護との衝突、生活基盤の大きな崩壊、退職に追い込む意図がうかがえる異動などでは問題化しやすくなります。厚生労働省の裁判例整理でも、家族介護の事情を重く見て、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益があるとして配転や出向を無効とした事例が紹介されています。

4 勤務地限定・職種限定の合意があると話は変わる

人事異動で特に重要なのは、勤務地限定や職種限定の合意があるかどうかです。厚生労働省のQ&Aでは、勤務地を限定したいなら、その条件を明確に伝え、労働条件通知書・労働契約書・就業規則の内容を確認すべきだとされています。さらに、2024年4月1日からは、労働条件明示の際に、就業場所・業務の内容だけでなく、その変更の範囲まで明示することが必要になっています。

そして、職種や業務内容を特定のものに限定する合意がある場合には、会社はその合意に反する配置転換を個別同意なしに命じる権限をそもそも持たない、と厚生労働省の裁判例整理は明示しています。2024年4月26日の最高裁判決として紹介されている滋賀県社会福祉協議会事件でも、その方向が確認されています。ですから、「正社員だから何でもやらされる」という理解は正確ではなく、採用時の合意や明示内容が大きく効いてきます。

5 出向は、配置転換より一段重い

在籍出向は、働く場所が他社に及ぶため、配置転換や転勤より一段重い人事異動です。労働契約法14条は、使用者が出向を命じることができる場合であっても、その出向命令が必要性や対象労働者の選定事情などに照らして権利濫用に当たるときは無効としています。厚生労働省の裁判例整理でも、就業規則や労働協約に出向期間、地位、賃金、退職金など出向者の利益に配慮した詳細な規定があり、必要性・人選・処遇・手続に問題がない場合には、個別同意なしの在籍出向が認められ得るとされています。

反対に、出向規定の根拠が乏しい、必要性や人選に合理性がない、生活関係や労働条件に著しい不利益がある、といった場合には、出向命令は不安定になります。厚生労働省系の解説でも、在籍出向には就業規則等の明確な根拠が重要だとされています。

6 育児・介護・健康事情は、軽く扱ってよい事情ではない

転勤や配置転換の適法性を考えるうえで、家庭事情や健康事情はかなり重要です。育児・介護休業法26条について、厚生労働省のパンフレットは、事業主が労働者を転勤させようとする場合には、その育児または介護の状況に配慮しなければならないと説明しています。配慮の例として、子の養育や家族介護の状況を把握すること、本人の意向を斟酌すること、代替手段の有無を確認することなどが示されています。

また、健康診断、長時間労働者への面接指導、ストレスチェック後の医師意見などを踏まえ、労働時間短縮や配置転換その他健康保持上必要な措置を講ずることがあると、厚生労働省のモデル就業規則は整理しています。つまり、健康悪化があるのに一方的な異動を強行するだけでなく、本来は健康確保の観点から別の配慮が必要となる場面もあります。

7 では、異動命令は断れるのか

結論として、常に断れるわけでも、常に従わなければならないわけでもありません。勤務地・職種の限定がなく、就業規則にも異動条項があり、業務上の必要性があり、不当目的もなく、不利益も通常甘受すべき範囲にとどまるなら、命令は有効とされやすいです。他方、限定合意がある、家族介護や育児との衝突が大きい、健康上の問題がある、退職圧力の一環とみられる、生活上の不利益が極端に大きいといった事情があれば、争える余地が出てきます。厚生労働省のモデル就業規則も「正当な理由なくこれを拒むことはできない」という整理であって、裏を返せば正当理由が問題になることを前提にしています。

8 突然異動を言われたときの初動

実務上は、その場で感情的に拒絶するよりも、まず資料を確認することが大切です。雇用契約書、労働条件通知書、就業規則、人事異動条項、採用時の説明資料を見て、勤務地や職種に限定があるのか、変更の範囲がどう明示されていたのかを確認する必要があります。2024年4月以降は変更の範囲の明示が必要になっているため、この点はかなり重要です。

そのうえで、異動先、業務内容、開始時期、期間、転居の要否、住宅補助や単身赴任の扱い、出向なら賃金・評価・退職金・指揮命令関係がどうなるかを、できれば書面で確認したいところです。育児、介護、通院、持病、家族の事情がある場合には、それを早めに具体的に伝えておくことも重要です。これは、後で「会社は事情を知らなかった」と言わせないためでもありますし、育児・介護については法令上の配慮義務ともつながるからです。

まとめ

配置転換・転勤・出向について、会社には一定の人事権があります。しかし、それは就業規則や契約内容を前提に、業務上の必要性があり、不当な動機がなく、労働者に著しい不利益を与えない範囲で認められるものです。勤務地限定・職種限定の合意があれば会社の裁量は狭くなりますし、出向はさらに慎重な検討が必要です。育児・介護・健康事情も、単なる「私的事情」として片づけてよい論点ではありません。異動命令を受けたときは、「会社が言っているから従うしかない」とも、「気に入らないから拒否すればよい」とも考えず、まずは契約・就業規則・事情の具体性を点検することが重要です。

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