第13講 固定残業代はどこまで有効か|名前だけで残業代込みにできるのか

第13講 固定残業代はどこまで有効か|名前だけで残業代込みにできるのか

求人票や雇用契約書で、「営業手当」「業務手当」「職務手当」「固定残業代込み」と書かれていることがあります。会社側はしばしば、「うちは残業代込みの給料です」と説明します。しかし、法的には、名前だけで残業代込みにすることはできません。厚生労働省は、固定残業代を採用する場合、名称にかかわらず、それが何時間分でいくらなのか、固定残業代を除いた基本給がいくらか、固定時間を超えた分は追加で払うことを明示する必要があると案内しています。

その一方で、固定残業代という仕組み自体が当然に違法というわけでもありません。最高裁平成30年7月19日判決は、使用者が時間外労働等の対価として定額の手当を支払うことにより、労基法37条の割増賃金の全部または一部を支払う方法自体は直ちに違法ではないとしています。問題は、その手当が本当に時間外労働等の対価として位置づけられているか、そして法定計算を下回っていないかです。

1 固定残業代は「違法な制度」ではないが、「雑な制度」は通らない

まず出発点として、固定残業代制度そのものは法律で一律に禁止されていません。最高裁は、基本給や諸手当にあらかじめ割増賃金相当額を含めて支払う方法自体は直ちに労基法37条に反しないと示しています。

ただし、ここで誤解してはいけないのは、「定額で払っているから何でも有効」ではないということです。厚生労働省のリーフレットでも、固定残業代を採るなら、固定残業時間と金額、固定残業代を除いた基本給、超過分の追加支払を明示する必要があるとされています。要するに、制度そのものはありうるが、どこからが通常賃金で、どこからが割増賃金なのかが見える形になっていないと危ないということです。

2 最重要なのは、「普通の給料部分」と「残業代部分」が判別できるかである

固定残業代で最も重要なのは、通常の労働時間の賃金部分と、時間外労働等に対する対価部分とを区別できるかです。厚生労働省のリーフレットは、記載例として、基本給をまず示し、そのうえで「何時間分の時間外手当としていくらを支給する」と分けて書く形を示しています。

逆に、この区別ができないと厳しくなります。厚生労働省リーフレットが紹介する最高裁平成24年3月8日判決の要旨でも、基本給の中に通常賃金部分と時間外割増部分を判別できない場合、その支払によって法定の割増賃金が支払われたとはいえないと整理されています。つまり、「月給◯円、残業代含む」とだけ書いてあるようなものは、それだけではかなり危ういです。

3 「営業手当」「業務手当」など、名前は決定打にならない

ここで実務上よくあるのが、残業代相当額を別の名前の手当にしているケースです。営業手当、業務手当、職務手当、調整手当など、名前はさまざまです。しかし、厚生労働省は、固定残業代とは名称にかかわらず一定時間分の時間外・休日・深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金を指すとしています。

したがって、「残業手当」という名前でなくても、それが本当に時間外労働等の対価として設定されているなら固定残業代になりえます。逆に、「業務手当」「販売手当」と書いてあっても、時間外労働の対価であることが説明されておらず、通常の職務給や成果給の性質しか見えないなら、残業代の支払とは認められにくいです。厚労省リーフレットが紹介する東京地裁判決の要旨も、その方向を示しています。

4 最高裁は「何時間分かが明示されていないと全部無効」とまでは言っていない

ここは少し丁寧に見た方がよいところです。固定残業代の説明として、「何時間分かが書いてなければ全部無効」と単純に言われることがあります。しかし、最高裁平成30年7月19日判決は、ある手当が時間外労働等の対価として支払われるものかどうかは、契約書等の記載内容だけでなく、会社の説明内容や実際の勤務状況なども含めて判断すべきだとしています。

この判決では、業務手当について、契約書、採用条件確認書、賃金規程などに時間外労働対価としての位置づけがあり、金額も実際の残業状況と大きくかい離していないことなどから、時間外労働等の対価性を認めうるとされました。つまり、区別表示は非常に重要だが、裁判所は文言だけでなく全体事情も見ているということです。

5 ただし、超えた分を追加で払わないならアウトになりやすい

固定残業代が有効でも、会社が得をし放題になるわけではありません。厚生労働省は、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働分については、追加で割増賃金を支払うことを明示すべきだとしています。

そして最高裁平成30年7月19日判決も、労基法37条は法定計算による額を下回らない額の割増賃金支払を義務づけているにとどまると述べています。裏からいえば、法定計算額を下回るなら足りない分を払わなければならないということです。固定残業代制度があっても、超過分不払いは普通に未払残業代の問題になります。

6 求人票や募集要項の段階でも、表示はかなり厳しく見られる

固定残業代の問題は、入社後だけでなく採用段階から始まっています。厚生労働省は、募集・求人の場面で固定残業代制度を採るなら、固定残業時間と金額、固定残業代を除外した基本給額、超過分追加支払を明示するよう求めています。2024年4月以降の労働条件明示ルールの案内でも、固定残業代を採用する場合の記載例が具体的に示されています。

ですから、「月給30万円(固定残業代含む)」のようなざっくりした求人は、それだけでかなり危ういです。何時間分なのか、そのうち通常賃金はいくらなのかが分からないからです。採用時の誤認を招く表示は、後の紛争でも会社側に不利に働きやすいです。

7 固定残業代があるからといって、労働時間管理が不要になるわけではない

会社が時々やる誤解として、「固定残業代を払っているから労働時間は細かく見なくてよい」というものがあります。しかし、超過分の追加支払が必要である以上、実労働時間の把握は不可欠です。最高裁平成30年7月19日判決では、タイムカードや休憩時間中労働の管理状況も事実関係として検討対象になっていますし、そもそも追加支払の要否を判断するには実労働時間を把握しないといけません。

したがって、固定残業代制度の会社でも、勤怠管理が雑なら別途未払残業代が発生しやすいです。固定残業代は、労働時間管理の免罪符ではありません。これは判例の構造上ほぼ必然です。

8 固定残業代の争点は、実務ではだいたい三つに分かれる

実務上の争点は、大きく三つです。
一つ目は、そもそもその手当が残業代として位置づけられているか
二つ目は、通常賃金部分と残業代部分が区別できるか
三つ目は、固定分を超えた残業について追加支払がされているかです。これは、厚労省の表示ルールと最高裁平成30年7月19日判決の考え方を整理すると、かなり素直に導けます。

逆に言えば、この三点がきちんとしていれば、固定残業代制度は一定範囲で有効に機能しえます。会社側も、単に「込みです」で済ませず、設計と説明を丁寧にしないと危ないということです。

9 労働者側が最初に見るべき資料

固定残業代が問題になったら、まず見るべきは、求人票、労働条件通知書、雇用契約書、賃金規程、就業規則、給与明細です。そこに、基本給と固定残業代が分けて書かれているか、何時間分か、超過分追加支払の記載があるかを確認します。厚労省の記載例に照らすと、ここがかなり重要です。

そのうえで、実際の勤怠と照らし、固定時間を超えていないか、深夜や休日労働が別途発生していないかを見ます。固定残業代があっても、深夜や法定休日の扱いが雑な会社は珍しくありません。固定分が何をカバーする制度なのかも、資料で確認した方がよいです。

10 まとめ|「込み」という言葉だけでは、残業代を飲み込めない

固定残業代制度は、それ自体が直ちに違法なわけではありません。最高裁も、定額手当で割増賃金の全部または一部を支払う方法自体は否定していません。けれども、そのためには、その手当が時間外労働等の対価として位置づけられていること、通常賃金部分と区別できること、法定額を下回らないこと、超過分を追加で支払うことが必要です。

したがって、「残業代込み」「みなし残業込み」「業務手当に含む」といった言葉だけでは足りません。込みという表示だけでは、残業代を飲み込めない。ここを押さえておくと、求人票でも雇用契約書でも、かなり冷静にチェックできるようになります。

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