第27講 パワハラとは何か|厳しい指導との境目はどこにあるのか

第27講 パワハラとは何か|厳しい指導との境目はどこにあるのか

職場で「これってパワハラですか」と相談される場面は非常に多いのですが、実務では、単に言い方がきつかったとか、上司が怖かったというだけで直ちにパワハラになるわけではありません。現在の法制度では、職場におけるパワーハラスメントは、①優越的な関係を背景とした言動で、②業務上必要かつ相当な範囲を超え、③その結果として労働者の就業環境が害されるものをいう、と整理されています。厚生労働省の指針は、この三つの要素をすべて満たすものがパワハラであり、客観的に見て業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラには当たらないと明示しています。

ここでまず重要なのは、「優越的な関係」は上司と部下だけに限られないということです。指針では、職務上の地位が上位の者による言動だけでなく、業務上必要な知識や経験を持つ同僚、あるいは集団での言動のように、受け手が抵抗や拒絶をしにくい関係も含まれるとされています。したがって、名目上は対等な同僚であっても、実際には逆らえない立場関係があれば、パワハラの土台は成立し得ます。

次に核心となるのが、「厳しい指導」と「違法なパワハラ」の境目です。この点について厚生労働省の指針は、業務上必要かつ相当な範囲を超えたかどうかを、言動の目的、経緯、業務の内容、態様、頻度、継続性、受け手の状況、問題行動の有無や程度などを総合して判断するとしています。つまり、注意・叱責それ自体が禁止されているわけではなく、何を目的に、どのような方法で、どの程度繰り返し行われたかが問われるのです。

このため、実務上は「注意した内容」よりも、「注意の仕方」が問題になることが少なくありません。たとえば、遅刻や重大なミスに対して一定程度強く注意すること自体は、指針上も直ちにパワハラとはされていません。他方で、人格を否定する言動、必要以上に長時間にわたる叱責、大勢の前での威圧的な叱責、相手の能力を罵倒するメールの一斉送信などは、典型的にパワハラに該当し得る例として挙げられています。要するに、仕事の誤りを正すことと、人間としての価値を傷つけることは別であり、後者に踏み込んだ時点で違法性が強くなります。

厚生労働省は、職場のパワハラを代表的に六つの類型で示しています。すなわち、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害です。ただし、これはあくまで代表例であって限定列挙ではなく、六類型にぴたりと当てはまらないから問題ない、ということにはなりません。実際の現場では、長期間の無視、見せしめ的な叱責、到底達成不可能な目標設定、逆に仕事を与えない干し上げ、私生活への過度な干渉などが複合して現れることが多いです。

また、「就業環境が害された」といえるかは、本人がつらかったと感じたかだけでなく、社会一般の労働者が同様の状況で看過できない程度の支障を感じるか、という観点で判断するのが基本です。指針はこれを「平均的な労働者の感じ方」を基準にすると説明しています。もっとも、同時に、相談者の心身の状況や当時の受け止めにも十分配慮しながら事実確認をすべきともされており、結局は抽象論だけでなく、個別事情を丁寧に積み上げることが大切になります。

会社側の責任という観点では、パワハラは「加害者個人が悪い」で終わる問題でもありません。労働施策総合推進法の改正により、事業主にはパワハラ防止措置を講じる義務が課されており、厚生労働省は、方針の明確化と周知、相談窓口の設置、相談への適切な対応、事実確認、被害者への配慮、行為者への措置、再発防止、プライバシー保護、相談等を理由とする不利益取扱いの禁止などを必要な措置として示しています。つまり、会社が相談を受け流したり、窓口だけ作って動かなかったり、相談した社員を不利益に扱ったりすれば、会社自身の責任が正面から問題になります。

労働者側の実務では、パワハラ事件は「ひどい言動があった」という抽象的な訴えだけでは弱くなりがちです。いつ、どこで、誰が、何を、どんな場面で言ったか、その前後にどんな業務上の出来事があったか、周囲に誰がいたか、繰り返しがあったか、相談後に会社がどう動いたかを、録音、メモ、メール、チャット、相談履歴、診断書などで具体化していく必要があります。第29講で詳しく扱いますが、パワハラは再現性のある記録があるかどうかで、見え方が大きく変わる分野です。

結局のところ、パワハラかどうかの分かれ目は、「業務上の注意だったか」ではなく、「そのやり方が人を職場で正常に働けなくするほど逸脱していたか」にあります。仕事上のミスを指摘し、改善を求めることは会社にとって必要です。しかし、その過程で人格否定、見せしめ、威圧、孤立化、過剰な負荷、私生活侵入に及ぶなら、それはもはや適正な指導ではなく、違法なハラスメントとして評価され得ます。パワハラの本質は、注意の内容よりも、権力関係を背景にした言動の逸脱にあると押さえておくべきです。

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