第35講 不当解雇を争うとき何を請求するのか|地位確認・未払賃金・仮処分
第35講 不当解雇を争うとき何を請求するのか|地位確認・未払賃金・仮処分

不当解雇を争うとき、労働者が裁判所に向かってする請求は、単に「この解雇はひどい」という抽象的な非難ではありません。法的には、まず解雇が無効であることを前提に、なお労働契約上の地位が続いていることの確認、そして解雇期間中に支払われなかった賃金の請求を組み立てるのが基本形です。労働契約法16条は、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合には無効とすると定めており、現行法の中心はあくまでこの「無効だから雇用関係は続いている」という構造にあります。なお、厚生労働省の近時資料でも、解雇無効時の金銭救済制度はなお「引き続き導入を検討」する段階とされており、少なくとも現時点では、一般的に金銭だけで終局させる独立の法制度が既に完成しているわけではありません。
このため、第一の請求が地位確認請求です。これは、「自分は今も会社の従業員である」という地位の確認を求めるものです。解雇無効を正面から争う以上、核心はここにあります。労働審判法も、対象となる紛争を「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項」と定めており、裁判所の案内でも、労働審判手続は解雇や給料不払など、個々の労働者と事業主との労働関係トラブルを解決するための手続と説明されています。つまり、解雇事件の本体は、まず「切られたかどうか」ではなく、「今も雇用関係が続いているかどうか」にあるのです。
第二の請求が、いわゆる未払賃金請求、実務でいうバックペイです。解雇が無効なら、労働契約は法律上は続いていますから、本来なら解雇後も賃金が支払われるべきだったという構成になります。厚生労働省の検討資料でも、バックペイは民法536条2項に基づく未払賃金債権として整理されており、労働契約が終了していないことに加え、労働者に就労の意思があることが要件になると説明されています。したがって、解雇を争うときは、「解雇は無効です」という抽象論だけでなく、「その結果として、解雇日以降の賃金を支払ってください」という金銭請求を必ずセットで考えるのが通常です。
ここで実務的に重要なのは、地位確認と未払賃金は別々の請求に見えて、実際にはかなり密接に結び付いているという点です。地位確認だけを取っても、生活再建としては不十分なことが多いですし、逆に賃金だけを欲しいと言っても、その賃金がどの法的地位から発生するのかが問題になります。だから、解雇無効事件では、「労働契約上の地位を有することを確認する」と「○年○月分以降の賃金を支払え」という二本立てが基本になります。裁判所の労働審判書式でも、実際に「地位確認等請求」という形が用意されており、この組合せが標準的なメニューであることがうかがえます。
もっとも、本案訴訟や労働審判の結論まで待っていられないことがあります。そこで出てくるのが仮処分です。民事保全法23条2項は、仮の地位を定める仮処分について、争いのある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため必要なときに発することができると定めています。解雇事件で典型なのは、「従業員としての地位を仮に定める」「賃金を仮に支払え」という形の仮処分で、厚生労働省の裁判例紹介でも、解雇を無効として地位保全・賃金仮払いの仮処分を申し立てた事例が紹介されています。要するに、仮処分は本案の先取りではなく、結論が出るまで生活や地位を崩壊させないための応急措置として使うものです。
この仮処分がいつ有力かというと、典型的には、解雇直後で収入が断たれ、生活維持に切迫性がある場合です。逆にいえば、仮処分は本案より要求水準が低い簡易な制度というより、「緊急性・必要性」を別途厳しく問われる制度です。裁判例でも、賃金仮払いについて生活維持費との差額の限度で必要性を認めるような判断がみられ、単に「争っているから全部仮払い」という発想にはなっていません。したがって、仮処分は、解雇無効を争うすべての事案で機械的に付けるものではなく、生活の急迫性や就労・賃金確保の緊急性が強い事案で特に検討すべき手段だと理解するのが正確です。
手続選択との関係では、労働審判も重要です。裁判所は、労働審判手続について、解雇や給料不払などの紛争を、原則3回以内の期日で、迅速・適正・実効的に解決する手続だと説明しています。また、まず調停による話合いを試み、まとまらなければ労働審判を示し、それに異議が出れば訴訟に移行するとされています。ですから、解雇事件でも、事実関係と証拠がある程度整理できており、早期に結論や調整を得たい事案では、地位確認と未払賃金の請求を労働審判に乗せる選択肢が十分あり得ます。反対に、争点が非常に多く、複雑な人事評価や長期の経過、膨大な証拠が絡む事案では、裁判所自身も「限られた期日の中で審理を終えることが難しそうな事案にはなじまない」と明示しています。
したがって、実務的にはこうなります。復職意思があり、解雇無効を正面から争うなら、中心は地位確認+バックペイです。生活の切迫性が強ければ、これに地位保全・賃金仮払いの仮処分を重ねて考えます。比較的早く現実的な解決を探るなら、労働審判に乗せる選択が出てきます。ここで大切なのは、「不当解雇を争う」と言っても、実際には一つの請求だけでは足りず、地位、金銭、スピード、緊急性のどれを優先するかで、組み合わせるメニューが変わるということです。これは条文の知識だけでは見えにくいのですが、事件の初動では極めて重要です。
要するに、第35講で押さえるべきことは、不当解雇事件の本体は「慰謝料請求」ではなく、まず雇用関係が続いていることを確認し、その間の賃金を回収することにある、という点です。そして、結論まで待てないときに仮処分があり、迅速解決を狙うときに労働審判がある。つまり、解雇紛争の法的メニューとは、地位確認・未払賃金・仮処分・労働審判をどう組み合わせるかの設計図だということです。