第31講 普通解雇はどこまで許されるのか|能力不足・勤務不良を理由とする解雇
第31講 普通解雇はどこまで許されるのか|能力不足・勤務不良を理由とする解雇

普通解雇は、会社が従業員に何らかの問題があると考えて、一方的に労働契約を終了させる場面ですが、日本の労働法ではかなり強く制限されています。労働契約法16条は、解雇が「客観的に合理的な理由」を欠き、「社会通念上相当」でない場合には、権利濫用として無効になると定めています。厚生労働省の解説でも、普通解雇については、就業規則上の解雇事由に当たるかがまず問題となり、そのうえでなお相当性が検討されると整理されています。
この「普通解雇」は、懲戒解雇や整理解雇とは少し性質が違います。厚生労働省は、普通解雇の合理的理由の典型として、①労務提供の不能、②能力不足・成績不良・勤務態度不良・適格性欠如、③職場規律違反・職務懈怠、④経営上の必要性などを挙げています。第31講で中心になるのはこのうち②で、つまり「仕事ができない」「勤務態度が悪い」「期待した適性がない」と会社が言ってくる場面です。
ただし、実務で最も重要なのは、能力不足や勤務不良があると会社が主張するだけでは、解雇はなかなか有効にならないという点です。厚生労働省の雇用指針は、長期雇用システムの下で働く労働者については、単に能力不足や成績不良というだけでなく、その程度が重大か、改善の機会を与えたか、改善の見込みがないかを慎重に判断し、容易に解雇を有効と認めない事例があると明示しています。つまり、「向いていない気がする」「数字がよくない」「ミスが多い」といった抽象的な不満では足りず、かなり具体的な経過の積み上げが必要です。
このため、能力不足型の普通解雇では、裁判所が見やすいポイントはかなりはっきりしています。厚生労働省の整理では、企業の種類・規模、職務内容、採用理由、能力や勤務態度に何がどこまで求められていたか、勤務不良の程度や回数、改善余地の有無、会社の指導の有無、他の労働者との均衡などが考慮要素になります。要するに、解雇の有効性は「結果が悪かったか」だけでなく、「会社が何を期待して採用し、どこまで注意・指導・配置上の工夫をしたか」で決まるのです。
ここで労働者側に有利に働きやすいのが、指導や改善機会の不足です。厚生労働省の2024年資料でも、勤務成績不良や能力不足を理由とする解雇について、注意・改善指導をしていない点が考慮され、著しい勤務成績不良や能力不足があったとはいえないとされた裁判例が紹介されています。現場感覚でいえば、会社が普段はろくに指導せず、評価面談も曖昧なまま、ある日突然「能力不足だから解雇」と言い出す事案はかなり危うい、ということです。
さらに、配置転換や担当変更などの解雇回避措置も無視できません。普通の社員については、日本型の雇用実務を背景に、いきなり解雇に進む前に、配置の見直し、指導、改善計画などをどこまで試みたかが実質的に問われやすいです。他方で、厚生労働省の雇用指針や裁判例整理では、高度な専門性を期待され、特定職務の即戦力として中途採用された管理職・技術職・営業職などについては、期待した能力を欠いていた場合に、比較的解雇が有効と認められる事例もあるとされています。つまり、同じ「能力不足」でも、新卒から長く一般職として働いている人と、特定ミッションの即戦力採用者とでは、裁判所の見方が変わり得ます。
この違いは実務上かなり大きいです。一般的な社員については、「少し成績が悪い」「上司と合わない」「指示待ちが多い」程度では足りず、繰り返しの問題行動、相応の指導、それでも改善しない経過が必要になりやすいです。これに対し、職種限定で高待遇の中途採用者については、そもそも採用時にどのレベルの能力を前提にしていたかが強く問われ、他職種への配転を検討しなかったことが直ちに解雇無効につながらない場合もあります。厚生労働省の裁判例整理でも、そのような方向性が明示されています。
勤務不良を理由とする解雇でも同じです。遅刻、命令違反、協調性欠如、報告不足などが問題になることはありますが、それが一度二度あっただけで普通解雇が当然に有効になるわけではありません。厚生労働省の整理でも、勤務態度不良や職務懈怠については、その態様、程度、回数、改善余地などが考慮されるとされており、単発の不満や上司の主観だけで押し切れる構造にはなっていません。結局は、何がどれだけ問題で、どんな注意をし、それでもどう改善しなかったのかが問われます。
労働者側の実務としては、会社から「能力不足」「勤務態度不良」と言われたら、まず抽象語を具体化させることが重要です。いつ、どの業務で、どんなミスや不良があり、何回注意され、どんな改善指導があり、評価資料や面談記録にどう書かれているのかを確認すべきです。厚生労働省も、解雇理由の主張立証では就業規則上の解雇事由該当性が中心争点になるとしており、会社はかなり具体的な事実を出してこなければならない建て付けです。逆にいえば、会社の説明が抽象的で、経過資料も乏しければ、普通解雇の有効性は大きく揺らぎます。
要するに、能力不足や勤務不良を理由とする普通解雇は、会社が思っているよりずっと高いハードルがあります。会社に必要なのは、単なる不満や印象ではなく、具体的な問題事実、相応の注意指導、改善機会、それでもなお雇用継続が難しいといえる経過です。そして、そのハードルは、長期雇用を前提とする一般社員では高く、特定職務の即戦力採用ではやや下がることがあります。第31講で押さえるべきなのは、普通解雇は「できない人を切る制度」ではなく、「相当程度の理由と経過がそろったときに限って許される制度」だということです。