第3講 誰が相続人になるのか|配偶者・子・親・兄弟姉妹の基本
第3講
誰が相続人になるのか|配偶者・子・親・兄弟姉妹の基本

相続の話は、つい「遺産がいくらあるか」「どう分けるか」という方向に意識が向きがちですが、法律上は、その前に必ず確定しなければならないことがあります。それは、そもそも誰が相続人なのか、という点です。これは相続実務の土台であり、ここが曖昧なままでは、遺産分割協議も成立しませんし、不動産の相続登記も進まず、金融機関の手続でも止まりやすくなります。しかも、相続人の範囲は「普段仲の良かった家族」や「面倒を見ていた親族」で決まるのではなく、原則として民法の定めによって決まります。第3講では、まず相続人が誰になるのかという基本構造を整理します。
まず出発点として、被相続人、すなわち亡くなった人に配偶者がいる場合、その配偶者は常に相続人になります。ここでいう配偶者とは、法律上の婚姻関係にある者を意味します。長年連れ添っていても、婚姻届を出していない内縁関係の相手は、原則として法定相続人にはなりません。この点は感覚的には不公平に思われることもありますが、民法上の相続制度は戸籍上の身分関係を基礎にして動いています。したがって、実務では、まず戸籍上の配偶者がいるかを確認することになります。別居中であっても、離婚が成立していなければ配偶者ですし、逆に事実上夫婦同然でも婚姻関係がなければ配偶者相続人ではありません。相続では、この「実質的な家族」と「法律上の家族」がずれる場面がしばしば問題になります。
その上で、配偶者以外の相続人には順位があります。第一順位は子です。被相続人に子がいれば、原則として親や兄弟姉妹は相続人になりません。ここでいう子には、婚姻中の子だけでなく、認知された子、養子も含まれます。逆に、単に血縁があるだけで法律上の親子関係が成立していない者は、当然には相続人になりません。たとえば、婚外子であっても認知がされていれば相続人になりますが、認知がないままでは原則として法定相続人とは扱われません。養子についても同様で、実子でなくても養子縁組が有効に成立していれば、相続人となります。このように、相続人になるかどうかは、感情や生活実態だけでなく、戸籍上・法律上の親子関係の有無で決まるのが原則です。
子が相続人になるというのは、一見分かりやすいようでいて、実務では意外に複雑です。たとえば、前婚の子がいる場合、現在の家族と別居して長年交流がなかったとしても、その子は相続人です。被相続人の現在の配偶者や、その家族がその存在を把握していないこともありますが、知らなかったからいないことにはなりません。また、被相続人が再婚していても、前婚の子の相続権はなくなりません。相続の現場では、「今の家族だけで話が進むと思っていたのに、前妻との子がいた」という場面で一気に紛争性が高まることがあります。したがって、相続人の確定は、見た目の家族関係や同居関係だけではなく、戸籍をたどって客観的に確認しなければならないのです。
もし被相続人に子がいない場合、第二順位として直系尊属が相続人になります。直系尊属とは、典型的には父母、さらに父母が亡くなっていれば祖父母など、上の世代の直系親族を指します。ここでも近い世代が優先されるため、父母が生きていれば祖父母は相続人になりません。逆に、子が一人でもいれば、父母は相続人にはなりません。実務上、親が子より長生きしている例も少なくありませんから、被相続人に子がいない独身者の相続では、父母が相続人になることがあります。また、結婚していても子がいなければ、配偶者と父母が共同相続人となる場面もあります。このような場面では、配偶者としては「長年連れ添った自分が中心だ」と感じやすい一方、被相続人の親も法定相続人として関与するため、相続手続が感情的にも難しくなることがあります。
さらに、子も直系尊属もいない場合、第三順位として兄弟姉妹が相続人になります。兄弟姉妹が相続人になるのは、被相続人に子も親もいないときです。この点も誤解が多く、たとえば「独身だから兄弟が当然相続する」と思われがちですが、父母が生きていれば兄弟姉妹は相続人ではありません。逆に、被相続人に配偶者がいても子も親もいなければ、配偶者と兄弟姉妹が共同相続人になります。兄弟姉妹が相続人になる事案では、人数が多くなりやすく、しかも被相続人と疎遠であることも多いため、手続上の負担が一気に増します。連絡先が分からない、関係が薄い、相続に積極的でない、印鑑証明の取得や書類返送が進まない、といった実務的な困難が生じやすいのもこの類型です。
ここで重要なのは、配偶者以外の相続人には順位があるということです。第一順位の子がいれば、第二順位の親は出てこず、第三順位の兄弟姉妹も出てきません。第二順位の親が出てくるのは、子がいない場合だけです。第三順位の兄弟姉妹が出てくるのは、子も親もいない場合だけです。相続人の範囲は広く見えても、実際にはかなり整理された順位構造になっています。この順位を正確に理解していないと、関与すべき人とそうでない人を混同し、「本来相続人でない人にまで説明や同意を求めていた」「逆に本来必要な相続人を落として手続を進めていた」という問題が起きます。
また、相続人であるかどうかと、遺産を実際に取得するかどうかは、必ずしも同じではありません。たとえば、相続人であっても相続放棄をすれば最初から相続人でなかったものとみなされますし、遺言によって特定の財産が特定の者に承継されることもあります。しかし、それでも出発点として「誰が法定相続人なのか」を押さえることには大きな意味があります。なぜなら、遺言の有無や内容を評価するにも、相続放棄の必要性を考えるにも、法定相続人の範囲が土台になるからです。相続の実務では、まず法定相続人を確定し、その上で遺言、放棄、分割、遺留分といった各論に進んでいくのが基本です。
ここで実務上の感覚として押さえておきたいのは、「相続人らしい人」が相続人とは限らず、逆に「普段関わっていなかった人」が法定相続人であることがある、ということです。たとえば、被相続人の介護を長年担っていた親族が、法律上は相続人でないことがあります。反対に、長年疎遠だった前婚の子が、きわめて重要な相続人として登場することがあります。相続は、家族の実感と民法上の整理がズレやすい分野です。そのため、相続開始後に「この人も関係あるのか」「あの人は相続人ではないのか」という驚きが生じることは珍しくありません。しかし、手続はその驚きに合わせて変わってはくれません。戸籍と法律に基づいて冷静に整理する必要があります。
さらに、相続人が複数いる場合、相続開始と同時に遺産は相続人全員の共有状態に置かれるのが原則です。したがって、誰か一人が「自分が長男だから全部仕切る」「同居していたから自分の判断で進める」と考えても、それだけでは法的な正当性はありません。もちろん、現実の手続では中心になって動く人が必要ですが、その人が単独で自由に処分できるわけではなく、他の共同相続人との関係を意識する必要があります。ここを履き違えると、初動段階の預金引出しや不動産管理、家財処分などが、後に紛争化しやすくなります。誰が相続人かを確定することは、単に名簿を作る作業ではなく、誰の同意や関与が必要なのかを明らかにする作業でもあるのです。
もっとも、ここまで述べたのはあくまで基本形です。実務では、子が先に亡くなっている場合の代襲相続、兄弟姉妹が先に亡くなっている場合の甥姪の関与、相続欠格や廃除、養子縁組の有無、離婚歴や認知の問題などが加わると、相続人の範囲はさらに複雑になります。したがって、相続人の確定は、単純な家系図の把握で済むこともあれば、出生から死亡までの戸籍をたどってはじめて判明することもあります。「家族だから分かっているはずだ」という感覚は、相続ではしばしば危険です。むしろ、家族だからこそ思い込みが入りやすいのです。
結局のところ、相続人の確定で押さえるべき基本は明快です。配偶者は常に相続人であり、これに加えて、第一順位の子、第二順位の直系尊属、第三順位の兄弟姉妹という順で相続人が決まる。前の順位の者がいれば、後の順位の者は相続人にならない。相続人になるかどうかは、原則として戸籍上・法律上の身分関係で決まる。まずはこの骨格を正確に理解することが重要です。この基本が入っていれば、その後に代襲相続や養子、前婚の子などの個別論点が出てきても、どこに位置付ければよいかが分かりやすくなります。
相続の初動でありがちな失敗は、財産調査だけを急いで、当事者の確定を後回しにすることです。しかし、相続は「誰が当事者か」が決まらなければ、結局どの手続も中途半端になります。相続人の範囲は、相続の全工程を支える土台です。ここを正確に押さえることが、後の混乱を減らす最初の一歩になります。
第4講では、子や兄弟姉妹が既に亡くなっている場合に、孫や甥姪が相続人として出てくる「代襲相続」を扱います。基本形だけでは処理できない相続の典型的な複雑化ポイントに入っていきます。