第5回 育休取得者への不利益取扱い・ハラスメント|会社が負う法的リスク
育児・介護休業法の実務では、「育休を申し出たら評価が下がった」「復帰後に事実上の左遷をされた」「制度の利用を相談しただけで上司や同僚から圧力を受けた」といった場面が、単なる人間関係の問題ではなく、法的問題になることがあります。厚生労働省は、育児休業等の申出・取得等を理由とする不利益取扱いの禁止と、上司・同僚等によるハラスメント防止措置を、いずれも事業主が対応すべき重要事項として位置づけています。
まず整理しておきたいのは、**「不利益取扱い」と「ハラスメント」**は似ているようで別の問題だということです。不利益取扱いは、解雇、雇止め、降格、減給、不利益な人事評価、不利益配置など、労働条件や地位に直接響く取扱いです。これに対しハラスメントは、制度利用を妨げる言動や、利用したことを責める言動などによって、労働者の就業環境を害する問題です。実務ではこの二つが重なって現れやすく、たとえば「迷惑だ」と言われ続けたうえで、査定でも不利に扱われる、といった形になります。
法律上、禁止される不利益取扱いはかなり幅広く、厚生労働省の資料でも、解雇、契約更新拒否、更新回数上限の引下げ、退職や非正規化の強要、就業環境を害すること、自宅待機命令、本人の希望を超える形での時短等の強制、降格、減給や賞与での不利益算定、昇進・昇格での不利益評価、不利益配置、派遣先による役務提供拒否などが列挙されています。つまり、問題は「クビにしたかどうか」だけではありません。評価、配置、契約更新、処遇変更まで含めて見なければなりません。
しかも、禁止の対象は育児休業そのものだけではありません。厚生労働省の現行解説では、子の看護等休暇、所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限、所定労働時間の短縮措置、始業時刻変更等の措置、柔軟な働き方を実現するための措置、仕事と育児の両立に関する個別の意向聴取の措置等まで、広く法の対象に含まれています。2025年改正で制度が拡充された以上、会社側が「育休ではないから軽く扱ってよい」と考えるのは危険です。
ハラスメントの場面でも、厚生労働省はかなり具体的な典型例を示しています。たとえば、育児休業の取得を上司に相談したところ「男のくせに育児休業を取るなんてあり得ない」と言われて取得を諦めざるを得なかった例や、産後パパ育休の取得を周囲に伝えたところ同僚から「迷惑だ。自分なら取得しない。あなたもそうすべき」と言われて苦痛を感じた例が、公式資料で挙げられています。さらに、2024年改正内容の解説資料でも、子の卒園式のための子の看護等休暇について上司に相談したところ「迷惑だ」といった反応を示す例が典型例として示されています。つまり、制度利用に対する露骨な圧力だけでなく、「空気で諦めさせる」ような言動もリスクになります。
このため、会社に求められているのは、単に「ハラスメント禁止」と口で言うことではありません。厚生労働省は、事業主に対し、方針の明確化と周知、相談体制の整備、相談後の迅速かつ正確な事実確認、被害者・行為者への適正対処と再発防止、プライバシー保護と相談等を理由とする不利益取扱い禁止の周知、さらに業務体制の整備など原因・背景要因の解消措置を求めています。そして、これらは業種・規模にかかわらずすべての事業主に義務付けられています。
不利益取扱いが違法かどうかでは、因果関係の見方も重要です。厚生労働省の公式資料では、妊娠・出産・育児休業等の事由と不利益取扱いとの間に因果関係があれば違法であり、原則として、その事由の終了から1年以内に不利益取扱いがなされた場合は「契機として」いると判断すると説明されています。さらに、1年を超えていても、人事異動、人事考課、雇止めなど実施時期が事前に決まっている、または定期的に行われる措置については、事由終了後の最初のタイミングまでの間に不利益取扱いがなされれば、「契機として」いると判断され得ます。
労働者側の実務で大事なのは、「これは違法かもしれない」と思った場面で、言われた内容や時期を曖昧にしないことです。育休や子の看護等休暇の申出日、会社の返答、査定や配置変更の時期、上司や同僚の発言内容、メールやチャットの記録などを残しておくことで、後から因果関係を検討しやすくなります。法的な救済ルートとしては、会社内の相談窓口のほか、都道府県労働局雇用環境・均等部(室)への相談、都道府県労働局長による紛争解決援助、さらに調停制度も用意されています。また、労働者が援助を求めたことを理由に、会社が解雇その他の不利益取扱いをすることも禁止されています。
会社側から見ると、この論点は損害賠償だけの問題ではありません。厚生労働大臣は、法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して報告を求め、助言、指導、勧告をすることができ、さらに勧告に従わない場合にはその旨を公表することができます。しかも、この公表の対象には、不利益取扱いやハラスメント防止措置に関する規定も含まれています。したがって、対応を誤ると、個別紛争にとどまらず、行政対応や対外的信用の問題にも発展し得ます。
2025年改正後の実務では、会社が警戒すべき場面はむしろ増えています。子の看護等休暇、残業免除、柔軟な働き方措置、個別周知・意向確認、個別の意向聴取と配慮など、対象制度が広がった分だけ、「育休ではないから厳しく対応しても大丈夫」という旧来の感覚は通用しにくくなっています。制度が広がった今ほど、管理職の発言、査定コメント、復帰後の配置、業務の与え方が法的に問われやすい時代だといえます。
まとめ
この最終回で押さえておきたいのは、育休取得者への不利益取扱い・ハラスメントの問題は、「休ませるかどうか」ではなく、「制度利用をめぐって会社がどう扱ったか」全体が問われるという点です。解雇や雇止めだけでなく、降格、減給、不利益評価、不利益配置、退職強要、相談しにくい空気づくりまで、法的問題になり得ます。しかも対象は育児休業だけでなく、子の看護等休暇、残業免除、時短、柔軟な働き方措置等にも広がっています。
企業実務としては、就業規則を整えるだけでは不十分で、管理職教育、相談窓口、記録、復帰後の配置・評価運用まで含めて設計しなければなりません。労働者側としても、「嫌な思いをした」で終わらせず、いつ、誰が、何を言い、どの処遇が変わったのかを押さえることが重要です。育児と仕事の両立支援は、制度の有無だけでなく、制度を使った人をどう扱うかで、その会社の法令遵守が問われます。
