第8講 就業規則はどこまで効くのか|見たことのないルールで縛られるのか

第8講 就業規則はどこまで効くのか|見たことのないルールで縛られるのか

会社でもめたとき、よく出てくるのが「就業規則に書いてあります」という言葉です。残業、遅刻、休職、懲戒、退職金、異動、服務規律など、会社側は何かあると就業規則を持ち出します。もっとも、労働者の側からすると、「そんな規則は見たことがない」「入社時に説明も受けていない」ということが少なくありません。では、見たことのない就業規則でも効くのでしょうか。結論からいえば、就業規則はたしかに強い効力を持ちますが、その前提として合理的な内容であり、かつ周知されていることが必要です。厚生労働省も、就業規則には労働契約を補充する効力があるが、そのためには労働者への周知が必要だと整理しています。

1 就業規則は、労働契約の中身を埋める役割を持つ

労働契約では、採用時の通知書や雇用契約書にすべてが細かく書かれているとは限りません。休職制度、懲戒事由、退職金、服務規律、各種手当の細目などは、就業規則に回されていることが多いです。この点について厚生労働省は、就業規則には、労働契約に記載のない労働条件を補充する効力があると説明しています。つまり、個別契約に空白があるとき、就業規則がその中身を埋めることがある、ということです。

ここで大事なのは、「就業規則はただの社内メモではない」ということです。合理的で周知された就業規則なら、労働契約の内容そのものに入り込んできます。だから会社側も就業規則を重視しますし、労働者側も「契約書しか見ていない」では不十分になることがあります。

2 ただし、就業規則なら何でも効くわけではない

就業規則が効くための出発点は、労働契約法7条です。厚生労働省の解説では、労働契約締結時に、使用者が合理的な労働条件を定めた就業規則を労働者に周知させていた場合に、労働契約の内容はその就業規則に定める労働条件によるとされています。逆にいえば、合理性か周知のどちらかを欠けば、当然にはその効力を主張できません。

このため、「就業規則にあるから」で議論を終わらせてはいけません。問題は、そこに書かれている内容が合理的か、そして、その規則がきちんと周知されていたかです。見たことのないルールで縛られるのか、という問いに対する答えは、「周知されていなければ、その主張はかなり弱い」ということになります。

3 周知とは、「実際に読んだ」ことまでは要らないが、「いつでも見られる状態」は要る

ここは誤解しやすいところです。就業規則の効力に必要なのは、全労働者が隅々まで読んで理解していることではありません。厚生労働省の労働契約法解釈通達は、周知とは、掲示、備え付け、書面交付、電子媒体での常時確認可能な状態などの方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことだとしています。そして、そのように周知されていれば、労働者が実際に読んでいたかどうかにかかわらず、法7条の「周知」に当たると整理しています。

つまり、「読んでいなかったから無効だ」というだけでは足りません。他方で、「イントラに入れてあったはずだ」「本社には置いてあった」というだけでも足りないことがあります。現実にその職場、その労働者が、見ようと思えばいつでも確認できる状態にあったかがポイントです。

4 周知の方法にはルールがある

厚生労働省は、就業規則の周知方法として、労働者一人ひとりへの配付、各職場の見やすい場所への掲示・備え付け、電子媒体に記録して常時モニター画面等で確認できるようにする方法などを挙げています。事業者向けQ&Aでも、労基法106条1項と労基則52条の2に基づき、見やすい場所への掲示・備え付け、書面交付、電子機器の設置による公開などが例示されています。

したがって、実務では、「就業規則はどこにあったのか」「誰でも見られたのか」「入社時や変更時に配られたのか」「電子データならアクセス方法が案内されていたのか」を確認する意味が大きいです。特に、現場労働者に実質上アクセス手段がないのに、本社サーバだけに保存していたような場合は、会社側の周知主張が弱くなりやすいです。これは法文の丸写しではなく、厚労省の示す周知概念からの実務的整理です。

5 周知されていない就業規則は、効力が問題になる

厚生労働省の資料は、かなりはっきりと、周知がなされていない就業規則には効力が認められないと述べています。変更後の就業規則についても同じで、変更したならその変更内容も周知が必要です。

この点は特に、懲戒や服務規律の場面で重要です。厚生労働省の事業者向けQ&Aは、懲戒規定が記載された就業規則が周知されていない場合、使用者は懲戒できないと、フジ興産事件を引いて説明しています。つまり、「ルールは内部的にはあった」では足りず、そのルールを労働者に届く形にしていなければ、制裁の根拠として使いにくいのです。

6 就業規則は会社の「最低基準」にもなる

就業規則は、会社が労働者を縛るためだけのものではありません。厚生労働省のQ&Aによれば、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定めた個別労働契約の部分は無効となり、その部分は就業規則の基準によることになります。これが、いわゆる最低基準効です。

たとえば、就業規則では通勤手当を支給すると定めているのに、ある従業員だけ個別に「あなたには出さない」としても、就業規則の基準を下回る限り、その個別合意はそのまま通らない方向になります。つまり、就業規則は会社の共通ルールであると同時に、個別契約がそれを下回ることを防ぐ役割も持っています。

7 逆に、就業規則より有利な個別契約は残る

ここも重要です。厚生労働省のQ&Aは、就業規則の基準を上回る労働条件を個別契約で定めた場合には、その部分は就業規則の影響を受けず、個別契約で定めた条件によると説明しています。つまり、就業規則は万能の上書き装置ではありません。労働者に有利な個別合意まで自動的に消すわけではない、ということです。

したがって、会社が「就業規則を変えたから、あなたの個別約束も消えます」と言ってきたときは注意が必要です。第7講で見た不利益変更の問題にもつながりますが、有利な個別契約を就業規則だけで簡単に飲み込めるわけではありません。

8 法律や労働協約に反する就業規則は通らない

就業規則があるからといって、その内容が何でも許されるわけではありません。厚生労働省のQ&Aは、就業規則は法令や労働協約に違反してはならず、就業規則と労働協約が異なる場合には労働協約が優先すると説明しています。また、労基法に達しない契約部分が無効になるのと同様、就業規則自体も上位規範を下回ることはできません。

たとえば、法律上必要な割増賃金を払わない、年休を法律より不利にする、解雇自由を宣言する、といった規定は、そのまま有効にはなりません。就業規則は強いですが、法律の上には立てません。

9 常時10人以上なら作成・届出義務がある

就業規則の存在自体についても、会社規模によって義務が違います。厚生労働省のQ&Aによれば、常時10人以上の労働者を使用する使用者は、労基法89条に基づき、始終業時刻、賃金、退職など一定事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければなりません。パートやアルバイトもここでいう労働者に含まれます。

もっとも、ここで注意したいのは、10人未満だと就業規則が一切効かない、という意味ではないことです。厚生労働省の労働契約法解釈通達は、労契法7条の「就業規則」には、労基法89条で作成義務がある事業場のものだけでなく、10人未満の事業場で任意に作成した規則も含まれると整理しています。つまり、小規模事業場でも、合理的で周知された規則なら問題になります。

10 就業規則を見せてもらえないときは、それ自体がおかしい

厚生労働省の事業者向けQ&Aは、労働者が就業規則を見せるよう求めた場合、使用者はこれを見せなければならないと明示しています。しかも、単に求められたときにだけ見せればよいのではなく、会社側から積極的に周知措置を取っておく必要があるとされています。

ですから、会社ともめたときに「就業規則は社外秘だから見せない」「管理職しか見られない」と言われたら、その時点でかなり怪しいです。少なくとも、就業規則を根拠に不利益取扱いや懲戒を主張するなら、労働者が確認できる状態にしていなければ筋が通りません。

11 実務では何を確認すべきか

就業規則をめぐる争いでは、まずその規則そのものを入手することが先です。最新版だけでなく、採用時点の版、変更前の版、賃金規程・退職金規程・服務規程などの関連規程も重要です。そのうえで、どこに置かれていたのか、配布されたのか、掲示されていたのか、電子閲覧が可能だったのかを確認します。特に、不利益変更や懲戒の場面では、その時点で周知されていたかが決定的に重要です。

また、個別契約や採用時説明との関係も見なければなりません。就業規則が最低基準として働く場面なのか、逆に個別の有利合意が残る場面なのかで、結論はかなり変わります。就業規則だけ見ても足りず、契約書、通知書、給与明細、過去の運用も一緒に読む必要があります。

12 まとめ|見たことのないルールで、当然には縛れない

就業規則は、会社の共通ルールとして強い効力を持ちます。合理的で周知された就業規則は、労働契約を補充し、場合によっては個別契約の不足部分を埋めます。他方で、周知されていない就業規則は効力が問題になり、特に懲戒や不利益変更の根拠としては弱くなります。

ですから、「見たことのないルールで縛られるのか」という問いへの答えはこうです。知ろうと思えばいつでも見られる状態に置かれていたなら、読んでいなくても効くことがある。だが、そもそも周知されていないなら、当然には縛れない。 そして、就業規則は会社に有利なだけでなく、個別契約がそれを下回ることを防ぐ最低基準としても働きます。ここを押さえると、会社の「就業規則に書いてあります」という言葉を、かなり落ち着いて分解できるようになります。

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