職場におけるハラスメント――「人間関係の問題」ではなく、法的に管理すべき経営リスクです

「厳しく指導しただけだ」「昔からこの程度は普通だ」「本人が気にしすぎている」――。
職場におけるハラスメントの問題では、こうした言い分がしばしば聞かれます。しかし、現代の労務管理において、ハラスメントは単なる感情のもつれや相性の問題ではありません。労働者の人格権・就業環境に関わる問題であり、放置すれば、職場秩序の崩壊、人材流出、休職・離職、企業評価の低下、さらには法的紛争へと直結し得る重大なリスクです。
しかも、問題となる「職場」は、狭い意味でのオフィス内に限られません。出張先、業務で使用する車内、取引先との打合せ場所、さらには実質的に職務の延長といえる懇親の場まで含まれ得ます。つまり、会社が「勤務時間外だから」「社外だから」と言って簡単に切り離せるものではないのです。
代表的なハラスメントの類型
まず、職場で問題となりやすいのはパワーハラスメントです。
厚生労働省は、職場のパワーハラスメントを、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、と整理しています。逆にいえば、適正な業務指示や合理的な指導まで、直ちにハラスメントになるわけではありません。問題は、「指導」の名を借りて、人格否定や威圧、見せしめ、排除が行われていないかという点にあります。
典型例としては、①身体的な攻撃、②精神的な攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大な要求、⑤過小な要求、⑥個の侵害、の6類型が示されています。暴言や侮辱だけでなく、無視、隔離、能力とかけ離れた過重業務、逆に仕事を与えないこと、私生活への過度な立入りも、法的には十分に問題となり得ます。
次に、セクシュアルハラスメントです。
これは、「職場」において行われる、労働者の意に反する「性的な言動」により、労働条件上の不利益を受けたり、就業環境が害されることをいいます。行為者は上司や同僚に限られず、取引先や顧客もなり得ます。また、異性間に限らず、同性間でも成立し得る点は重要です。古い感覚で「冗談」「軽口」と片付けられていた言動が、現在では明確に違法性を帯びる場面は少なくありません。
さらに、妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメントも見落とせません。
妊娠や出産、育児休業等の利用に関する言動によって就業環境を害する行為は、いわゆるマタハラ・パタハラ・ケアハラとして問題になります。加えて、妊娠・出産や制度利用を理由とする解雇、減給、降格、不利益配置転換、雇止めなどは、単なる「ハラスメント」にとどまらず、不利益取扱いとして別途違法となり得ます。ここは企業側が最も誤解しやすく、かつ紛争化しやすい領域です。
企業に求められるのは「相談窓口を置くこと」だけではありません
ハラスメント対策というと、「とりあえず窓口を作ればよい」と考えられがちです。ですが、法と指針が求めているのは、もっと立体的な体制整備です。
具体的には、事業主には、①方針の明確化と周知・啓発、②相談に適切に対応する体制整備、③相談後の迅速かつ正確な事実確認と被害者・行為者への適正対応、④プライバシー保護と相談等を理由とする不利益取扱いの禁止の周知、などが求められています。妊娠・出産等ハラスメントについては、背景要因の解消に向けた業務体制整備も必要です。
ここで重要なのは、制度の有無ではなく、機能しているかです。
規程が存在していても、相談した人が不利益を受ける、調査が形だけ、管理職が「大ごとにするな」と抑え込む――そのような運用では、むしろ企業の責任は重くなります。ハラスメント事案では、初動対応の拙さが二次被害を生み、訴訟や労働局対応で決定的な不利を招くことが少なくありません。
実務で問われるのは「証拠」と「初動」です
被害を受けた側にとって大切なのは、感情的に耐え続けることではなく、事実を整理し、記録を残すことです。
日時、場所、発言内容、同席者、チャットやメール、録音の有無、業務への影響、体調変化――こうした要素は、後に事実認定の重要資料になります。特に、ハラスメントは密室化・反復化しやすく、「言った・言わない」の争いになりやすいため、客観資料の有無が結論を左右します。これはパワハラでもセクハラでも同様です。
企業側から見ても、初動でやるべきことは明確です。
被害申告を軽視せず、まずは安全配慮の観点から接触回避や配置調整の必要性を検討しつつ、先入観なく双方から事情を聴取し、記録を残し、関係資料を保全することです。処分ありきでも、放置ありきでもいけません。重要なのは、調査の中立性と、就業環境の回復を軸にした対応です。
2026年10月1日施行予定の改正も見据えるべきです
2026年10月1日からは、カスタマーハラスメント対策と、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務となる予定です。国はすでに指針も公表しており、職場のハラスメント対策は「社内の人間関係」だけを見ていれば足りない時代に入っています。顧客対応や採用活動まで含めた統合的な対策が、今後の標準になります。
つまり、ハラスメント対策は、もはや「問題が起きたときに考える」テーマではありません。
就業規則、相談体制、研修、管理職教育、採用現場、顧客対応マニュアルまで含めて、平時から整えておくべきコンプライアンスの中核です。法改正に先回りして体制を整える企業と、場当たり的に後追いする企業とでは、紛争発生時のダメージに大きな差が出ます。
お困りの際は、早い段階でご相談ください
職場のハラスメントは、被害者にとっては「もう少し我慢すべきか」と迷いやすく、企業にとっては「大げさにしたくない」と先送りされやすい問題です。
しかし、我慢や先送りが、事態を好転させるとは限りません。むしろ、対応が遅れるほど、関係はこじれ、証拠は散逸し、解決コストは増大します。社内対応、労働局への相談、交渉、仮処分・訴訟など、取るべき手段は事案によって異なります。会社で適切に対応してもらえない場合、厚生労働省も、近くの総合労働相談コーナーでの無料・匿名相談を案内しています。
ハラスメントは、被害者の尊厳を損なうだけでなく、組織そのものの信頼を蝕みます。
だからこそ、法的観点から、冷静に、しかし先延ばしにせず対応することが重要です。問題が表面化してから慌てるのではなく、予防・初動・是正まで見据えた備えこそが、健全な職場を守ります。